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■特集 統合失調症患者の回復と生き方
●精神科臨床における眼力と眼差し─永田俊彦先生の業績をめぐって─
広沢 正孝
 故永田俊彦先生(以下永田と記載)の業績を紹介した。永田の業績は,主に統合失調症をめぐる精神病理であるが,それは永田自身が生涯,病者の視点に立って,「精神病」の本質を追究し,それを必ず臨床に還元しようとする強い意思から生まれてきた仕事である。おもな業績は,統合失調症の経過論,とりわけ急性期症状消褪直後の寛解後疲弊病相を鍵概念としたものであり,これらを通して,「欠陥」という一言で括られてしまっていた統合失調症の慢性期に,「精神療法」の意義を見出した点にある。しかしそのほかにも,統合失調症患者を囲む環境と精神病理,統合失調症の寡症状化や神経症症状をめぐる考察,さらには抑うつ症状などにも秀逸の研究がある。いずれの業績も,上述の臨床・研究姿勢が強く反映されており,鍛えあげられた「精神病」を見抜く永田の眼力と,いつも変わらぬ病者への温かな眼差しは,現代の精神科医のひとつの範となるであろう。
Key words:Dr. Toshihiko Nagata, clinical psychopathology, schizophrenia, psychotic patient

●「寛解後疲弊病相」(永田)とその転帰について― 永田論文における“臨床の視線”の真正性(authenticity)―
岩井 圭司
 永田俊彦の「精神分裂病の急性期症状消褪直後の寛解後疲弊病相について」(精神医学, 23(2);123─131, 1981.)論文について,統合失調症の治療と経過研究における永田の姿勢を中心に論評した。永田は,多数例の長期観察をむねとする経過論にも,少数の言語的表現能力に秀でた患者を少数選んで行う臨床観察のいずれにも与せず,ごく一般的な統合失調症患者の自験例の緊密な治療的関与によって得られた所見に基づいて研究を行った。そしてそのことによって初めて,統合失調症の急性期症状消褪後にもいわゆる欠陥症状が一過性に出現することがあること,Blankenburgのいう「自然な自明性の喪失」も必ずしも統合失調症の基本障害ではなく離脱可能なものであることを見い出し得た。永田の方法は,語本来の意味における“evidence─based”な方法論であると考えられた。
Key words:schizophrenia, remission, loss of common sense, residual symptoms

●永田論文「分裂病性残遺状態における挿話性病理現象」について
市橋 秀夫
 永田論文「分裂病性残遺状態における挿話性病理現象」について紹介し,若干の考察を加えた。永田は一見安定しているかのように見える残遺状態を治療的に観察し,そこにさまざまな神経症様の症状や知覚潰乱状態を挿話性に呈する症例に注目し,その症状の特徴を記載し,それらの症状が寛解とシュープの変曲点となり得ることを示した。こうした微細な精神症状に注目し,寛解の糸を探る治療的視点は今日においても治療的に大きな価値があると評価した。
Key words: episodic pathological phenomenon, schizophrenia, residual, neurotic symptoms

●寛解,再燃,砂丘現象(永田)─統合失調症の残遺,欠陥状態とは何か?─
津田 均
 永田俊彦氏が,目覚めの体験,挿話性病理現象,砂丘現象で述べたことのエッセンスは,一部の欠陥状態までを含めた統合失調症の残遺状態とは,そこから寛解過程でもあり,それと背中合わせに再燃過程でもあるような「過程」が発動するポテンシャルを持ったなにがしかであるということであろう。この過程はしばしば「身体」を通路とする。この過程が多くの場合「砂丘現象」として現われるのは,それが頓挫し,あたかも何ら跡を残さないがごとくに終わるからである。統合失調症の精神病理学モデルは,この永田氏の観察を含まなければならないが,現在のもっとも洗練されたモデルもその要請にこたえてはいない。本稿では,「目覚めの体験」から自殺に至った自験例を呈示するとともに,クリティカルな局面が時間をかけて乗り越えられた自験例に言及した。本稿は,永田氏の論文が要請するところにこたえるモデルを呈示するものではないが,現在「神経心理学的」と呼ばれる欠損症状に潜む社会性,関係性,自己性の問題を指摘し,「身体」を通路とする「過程」の精神病理学と治療論が必要であることを提唱する。
Key words:remission, recurrence, a sand hill phenomenon, awakening, residual states of schizophrenia

●統合失調症患者の目覚めの体験と精神科リハビリテーション
広沢 正孝
 統合失調症患者の「目覚め」の体験とは,寛解後疲弊病相ないしはいわゆる欠陥状態にある者が体験する,共同存在への「目覚め」であり,患者は突然「自己が他者との間で生きている」という感覚を体験する。この「目覚め」は統合失調症患者に健常者の世界体験をもたらし,逆にこの体験の陳述は,われわれに彼らが生きていた世界を逆照射してくれる。当現象は,統合失調症の経過(中井)でみると,寛解前期から寛解後期へ移行する「第2の臨界期」を特徴づけるものであり,患者にとっては寛解と再燃の道を分ける鍵となる体験でもある。永田が提唱した当現象は,今日もその治療的意味は大きいが,精神科リハビリテーション手段が豊富になった今日,この体験のされ方に多少の幅が出てきているようにも思われる。今回はデイケア現場で出会った症例をもとに,精神科リハビリテーション現場での「目覚め」の特徴に触れた。
Key words:experience of awakening, schizophrenia, relapse, psychiatric rehabilitation, day care

●統合失調症圏の病態における放浪
宮田 善文  加藤 敏
 統合失調症圏の病態ではしばしば放浪がみられる。1982年の論文で永田は統合失調症者の放浪について,笠原の「出立」の観点を援用して詳細に論じた。統合失調症者の放浪には主に,向こう見ずに自ら進んで行われる型(Kulenkampff型)と,病勢を受け流すようにして行われる型(永田型)があるとされる。永田は後者に重点をおいて論じたが,能動的な性質をもつ放浪も存在すると筆者らは考える。さらに現代のポストモダン社会においては,価値観の多様化,情報網,交通網の発達等の社会構造の変化から,破綻に終わるとされているKulenkampff型の放浪,すなわち顕在発症した後の放浪でさえも,曲がりなりにもなんとか社会に適応し,放浪を持続できる事例も増えてきていると思われる。放浪にはレジリアンスとしての要素があり,レジリアンスとして働くか否かは社会や環境の要因が重要となってくる。
Key words:schizophrenia, pathological vayage, coping, philobatism, nomad

●中年期・老年期と統合失調症─晩期寛解論(永田,1984)を中心に─
村上 靖彦
 Kraepelin, E.にまで遡る教科書的定義に従えば,統合失調症は「経過とともに病勢が進行し,最終的には人格荒廃状態に至る」精神疾患とされているが,しかし現実の臨床場面でみる限りにおいて,統合失調症の患者の一部には,加齢とともに病勢が停止し,あるいは改善される傾向がみられることはよく知られた事実である。統計的にもそのような事実は晩期寛解(Spätremission)あるいは晩期軽快(Spätbesserung)として報告されている。永田はこれらの臨床的事実に基づき,新しい視点から晩期寛解についての精神病理学的考察を試みようとしている。ここでは,これらの考察にみられる斬新な見解に焦点を当て,彼の統合失調症の回復過程に関する見解と併せて,彼の臨床的実践の一端を紹介させていただくことにした。
Key words:schizophrenia, late remission, recovery, residual state, deficit

●統合失調症の内発的な回復傾向について─レジリアンスと日常生活の創造性─
小林 聡幸
 統合失調症は難治であるとともに,自然な,あるいは内発的な回復傾向を持つ疾患であることが知られている。本稿では,統合失調症における,養生,コーピング,自己治癒についての既存の文献に触れた。養生という言葉は,中医学由来で,精神医学では中井らが,自然回復力を妨害せず,病をもっともよい形で経過させることだとしている。生命を養う養生に対して,コーピングは積極的に病に対処する含意があるが,広く捉えると統合失調症の基本的事態に対する生体側の広義の対処も含むことになり,妄想などの陽性症状をここに含める見方も可能である。そうすると病的体験が一定の力動的な展開ののち「締めくくられる」ことに力点を置いた宮本の自己治癒も非常に近いものと言える。最近注目されているレジリアンスという概念は内因性レジリアンス(加藤)という捉え方をするなら,宮本の自己治癒概念と相覆う。さらに日常生活の創造性の回復に及ぼす影響について考察を試みた。
Key words:schizophrenia, coping behavior, self─healing, resilience, creativity

●統合失調症の残遺状態と欠陥状態
松本 雅彦
 精神科医療の対象が拡大し多様化するなかで,統合失調症への関心が薄れつつある現状を指摘し,その背景について若干の分析を施した。その統合失調症も軽症化・多様化してはいるが,四半世紀前の永田俊彦論文「分裂病残遺状態─その症候論(欠陥と残遺)」で展開されている急性症状消失後にみられる精神病理像の精緻な記述は今日でも意義を失ってはいない。統合失調症は直線的に不可逆へと進むプロツェスを辿るのではない。その経過を長期にわたって追うことにより,残遺・欠陥状態にあって一見固定化しているとみられる病者たちも,つねに再発の可能性を孕んでいると同時に寛解過程に向けて「生きている」姿が浮かび上がってくる。日々の臨床で,そのような視点を維持し続けることの重要性を論じた。
Key words:schizophrenia, residual state, deficit, remission

●統合失調症の人々の生き方を許容する地域社会は可能か?─永田・水嶋論文「東京下町の慢性分裂病者について─地域住民の分裂病者に対する許容性とその社会的背景─」(1978)によせて─
高木 俊介
 永田ら(1978)は,東京下町における在宅通院統合失調症患者の統計的資料と症例報告により当該地域の住民が統合失調症患者に対して高い「許容性」を有することを示し,その背景を分析した。現時点で本論文を評価するため,日本社会全体の変化と調査対象となった地域社会の変化を「社会学的視点」と「人類学的視点」から論じた。永田らが本論文で示した,統合失調症患者が地域で受け入れられながら暮らしていく姿は,今日の地域精神医療を実践する者にとっても多くの示唆と希望を与えてくれるものである。
Key words:stigma, schizophrenia, community, social change

●抑うつ症状と統合失調症
山科 満
 抑うつ症状と統合失調症の関係について,永田の論文「分裂病の『抑うつ』症状について」に則して論じた。病初期の抑うつの場合,基底症状が存在し,かつ患者の態度に「苦悩と無関心」というべき乖離した態度が認められれば,診断特異性が高いと考えられる。急性期消褪後は,英語圏では精神病後抑うつとして反応性の感情が強調されるが,わが国では「疲弊・消耗」という身体的な基盤を持った事態とみなされ,こちらの方が治療的である。この時期の抑うつには「反応性」「急性期と連続するもの」「自明性の喪失および基底症状の内省」「回復過程」という4つの層が認められ,「反応性とエネルギー水準の低下」「疾病固有の病理と回復の力動」という二重の複合体という構造がある。この病理構造を知悉した上で,分裂気質の表れ方を手がかりにすれば,統合失調症における多様な抑うつ症状の理解が可能である。
Key words:schizophrenia, depression, postpsychotic, basic syndrome

●《特別寄稿》統合失調症の顕在発症に抗する防御症状─症状布置を把握するための一視点─
中安 信夫
 永田が,ヒステリーが統合失調症過程に防衛的に機能すること,および内因性若年─無力性不全症候群が統合失調症症状の発現を抑制するとともに統合失調症症状の原基ともなりうるという両義性を有していると指摘したことは夙に知られているが,この指摘に触発されて,筆者はヒステリー〈転換症,解離症〉,内因性若年─無力性不全症候群〈体感異常,離人症,思考障害〉に加えて強迫症の3種が統合失調症の顕在発症に抗する防御症状たりうることを症例を挙げて示し,かつその防御機能の因ってきたるべきところを論じた。その議論を通して,精神科臨床においては症状の原発─続発,および本稿で論じた防御症状に限らず,明らかに了解可能な反応,対処行動等の続発の機制を考慮すること,すなわち症状布置を把握することが患者の病態構造を理解し,ひいては的確な診断と多面・重層的な治療を行っていく上で重要であることを指摘した。
Key words:schizophrenia, first psychotic manifestation, defensive symptoms, hysteria, endogene juvenil─asthenische Versagenssyndrome, obsessive─compulsive disorder

■臨床経験
●入院下での認知行動療法的アプローチにより症状軽減が得られた気分変調性障害の1例
中津 啓吾  朝倉 岳彦  岡田 怜  板垣 圭  岩本 崇志  小早川英夫  竹林 実
 今回,倦怠感,希死念慮を主訴とする気分変調性障害の若年女性に対して,入院下での認知行動療法的アプローチを行い,抑うつ症状の軽減および対処行動の変化が得られた症例を経験した。患者の自己否定的スキーマは強固であり,認知再構成法の導入は困難と考え,行動活性化を技法の中心に据えた。本症例では,家庭環境の影響にて自宅療養が困難であり,認知行動療法に専念するための入院治療の導入は有効であった。気分障害に対する入院下での認知行動療法の効果についてさらなる症例蓄積および検討が必要と考えた。
Key words:cognitive behavioral therapy, dysthymic disorder, hospitalization

●Milnacipranとmirtazapineの併用療法に反応した難治性うつ病の2例
宮澤 泰輔  石田 明史
 臨床での薬物療法の問題点として何種類かの抗うつ薬にも反応を示さない難治性うつ病の存在がある。今回われわれは複数の抗うつ薬治療にて十分な効果が得られなかった難治性のうつ病にmilnacipran(SNRI)と従来の抗うつ薬とは異なる新規作用機序をもったmirtazapine(NaSSA)を併用して改善が得られた症例を経験した。お互いの薬理作用が違うことを利用して相乗的な効果が期待できるだけでなく,従来の抗うつ薬の問題点も解決できる可能性が示唆された。
Key words:treatment─resistant depression (TRD), milnacipran, augmentation, mirtazapine


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