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■特集 衝動制御の障害の鑑別と治療
●間歇性爆発性障害
山田 了士
間歇性爆発性障害(intermittent explosive disorder : IED)は,ストレスや誘因の大きさとははなはだしく不釣り合いな激しい暴力の爆発が主症状の障害である。近年の疫学調査でIEDはこれまで考えられていたよりも頻度が高いことが報告されている。IEDの研究はまだ歴史が浅いが,臨床的に際立った特徴が指摘されており,患者を理解し治療するためにその内容をよく知っておく必要がある。この総説では最近の知見とともに,てんかんをはじめとする他の疾患との関連についても触れておきたい。
Key words:intermittent explosive disorder, impulse control disorder, aggression, review
●クレプトマニア(窃盗癖)について―嗜癖行動障害としての検討―
河本 泰信
窃盗癖は,抵抗困難な窃盗衝動を特徴とし,行為の不合理性と反復性をもって病的とされる。窃盗行為と同様に贖罪行為にも万能感が生じ,両者を報酬とした嗜癖メカニズムを形成していることを病態として示した(窃盗―贖罪サイクル)。そして,幼児期の盗み体験から生じた母への葛藤との関連性を検討した。精神療法としては,行動療法や認知療法が主となる。進行例では,贖罪行為をいったん棚上げした上で,罪悪感の処理が必要となる。その場合,内観療法が比較的導入しやすい。薬物療法は,naltrexoneと同様の抗渇望効果を有するtopiramateやaripiprazoleなどを試みる。一方,気分障害あるいは強迫性障害の病態が関与している場合は,SSRIやSNRI,あるいは,気分安定薬の併用を行う。いずれにしても,標準となる治療法が確立されていないので,試行錯誤にならざるを得ないのが現状である。
Key words:kleptomania, behavioral addiction, guilty, expiation, Naikan therapy
●病的ギャンブリング―その鑑別と対応―
佐藤 拓 宮岡 等
「ギャンブリングを止められなくなる」ことは1つの症状を示しているものと考えられる。個々の病的ギャンブラーが抱える問題は多様であり,その回復支援や対応については,さまざまな視点から検討することが有効であると考えられる。本稿ではいくつかの鑑別点を挙げ,それぞれについて対応上のポイントを述べた。鑑別を行う目的は,回復支援や治療対象者の選別や区別化にあるのではなく,ギャンブリングの問題を抱えるそれぞれの人たちへの最適な援助を目指すことにある。ギャンブリングの問題は,嗜癖を専門としない精神科医療機関においても対応が求められることがあり,一般精神科医師も最低限の知識と地域における関連機関についての情報を得ておく必要がある。平成23年度厚生労働科学研究宮岡班の報告では,嗜癖問題を専門としない精神科医療機関でも使用できる「ギャンブリングの問題を持つ人が受診した際の対応フローチャート」が示されており,本稿では一部を抜粋した。是非参考にしていただきたい。
Key words:pathological gambling, addiction, dependence, gambling disorder, impulse control disorder
●放火癖―診断,アセスメント,治療―
小畠 秀吾 北原 舞
放火癖は議論の多い診断概念である。19世紀のEsquirol当時からその用語の指し示す範囲は幅広く多様であり,臨床単位としての有効性には疑問が残るものであった。モノマニー概念がいったん退潮した後,20世紀に入って北米を中心に放火癖概念は復権したが,そこでもその実体に関する議論は十分になされないまま用語のみ一人歩きした感がある。今日のDSM―Ⅳ―TRの基準でも,怒りや不満の解消を動機とする放火や,酩酊下の放火の扱いについて,個々の評価者により解釈の差異が生じる余地があり,必ずしも診断の均質性が保たれるとは限らない。放火の反復行動パターン化は,個人と社会環境の相互的影響の中から形成されることを踏まえ,リスク・アセスメント方法について紹介し,治療の面からは認知行動療法的アプローチ,薬物療法などについて略述した。
Key words:firesetting, pyromania, DSM―Ⅳ―TR, assessment, treatment
●過食と排出行為を持つ摂食障害
鈴木 健二
摂食障害の中核群は食べずにやせていく拒食症であり,その対極にあるのが,過食と様々な排出行為を行う過食・排出型の摂食障害である。過食・排出型は,強い過食欲求から過食をしてしまい,摂食障害に共通するやせ願望から自己誘発嘔吐や下剤乱用などの排出行為を行って太ることから逃れようとするタイプである。過食・排出型の摂食障害は遷延化する傾向があり,慢性期の摂食障害の大半を占めており,addictive behavior disorder(行動嗜癖)と捉えることができるし,脳内報酬系が関与していると考えられる。治療的にはSSRIの効果は限定的であり,粘り強い支持的な治療が必要である。
Key words:eating disorder, binge―purging type, addiction
●医療観察法病棟の事例
壁屋 康洋
医療観察法病棟ではリスクアセスメント等の手法を用いて他害行為につながる要因を分析し,治療プログラムによってその改善を図り,さらにサポート体制の構築を通じて重大な他害行為の再発防止と社会復帰を目指している。本論では覚せい剤の後遺症による幻聴に従って強制わいせつを犯した事例の治療を取り上げ,①性暴力のリスクアセスメント(PCL―R,SVR―20,SORAG),②アセスメントに基づいた心理的アプローチ(物質乱用,内省,衝動性へのアプローチ),③通院医療機関への引き継ぎ(クライシスプラン,物質乱用への治療継続)という治療の流れを記述した。事例を通じて医療観察法病棟における心理治療の要素と展開を紹介し,特に他害行為の再発防止と社会復帰を目指す上でのアセスメントと地域でのサポート体制の重要性を論じた。
Key words:medical treatment and supervision act, risk assessment, sex offending
●反復する強迫的性行動(非接触型)に対する地域における治療
斉藤 章佳 深間内文彦
警察庁は平成23年4月から13歳未満の子どもを狙った性犯罪者について,法務省から提供された出所後の住居を正確に把握するため,本人同意のもと所轄の警察署が定期的に自宅を訪問すると発表している。そして,再犯の危険性が高い場合は面談による指導警告や専門治療の紹介も行うということである。また大阪府では,昨年「大阪維新の会」の圧勝に終わった選挙後まもなく,18歳未満の子どもに対する性犯罪前科者に対して,出所後居住地届け出を義務付ける全国初の条例案が議会で可決されるなど,性犯罪者の社会内処遇のあり方について世間の動きが慌ただしくなってきている。本稿では,現在議論が高まりつつある性犯罪者に対する地域における治療について,特に非接触型(露出・窃視・窃触・フェティシズムなど)に焦点を当て,榎本クリニックで実施しているプログラムの取り組みを報告し,改めてこの問題を多面的に議論する機会になればと考えている。
Key words:sexual―related crimes, community treatment, relapse prevention, medication, SAG
●性暴力行動の評価と介入
藤岡 淳子
性暴力行動の査定には,その攻撃性も評価することが不可欠である。性暴力行動そのものの態様,性暴力者の感情調整,衝動制御,および攻撃に対する態度を評価すると同時に,リスク・アセスメント尺度を併用して,再犯リスクを評価する必要がある。性暴力に対しては,リスク・マネジメントを行う必要があるからである。性暴力行動変化のための介入は,犯行サイクルと維持サイクルを知り,対応のプランを立てて実行していく,認知行動療法を基盤とした自己制御モデルが中心となり,そこに再発防止モデルや,グッド・ライフ・モデルを組み合わせたプログラムが開発されているが,実際には,変化への動機づけと正直な開示が鍵となる。専門家によって治してもらうというよりは,本人が回復への力を発揮していくことが目標となる。専門家の果たす役割も大きい自己制御モデルと,当事者主体の回復モデル,そして環境に働きかける社会モデルの3つを活用することが望まれる。
Key words:sexual offence, risk management, self―regulation model, good―lives model, recovery model
●強迫買い,買い物依存
西村 直之
Compulsive buying(CB)(強迫買い,買い物依存)は,古くからその存在を知られながらも,臨床的位置づけが決まらないさまよえる精神医学的問題の1つである。購買への過度の囚われと衝動的で反復される過剰な浪費行動を特徴としている。本邦においては,疫学データは乏しく実態は不明である。海外文献では,10歳台後半からみられ,発症の平均年齢は30歳台と報告されている。CBの臨床的な位置づけは,嗜癖関連障害,感情障害,強迫性障害などの一形態として議論されており,いまだに定まっていない。現在のところは衝動統制の障害に位置づけられている。抑うつ,不安,アルコール・薬物依存,問題ギャンブリングとの重複が知られており,パーソナリティ障害,PTSDとの関連や世代間伝達が報告されている。有効性が確立した治療法はないが,SSRIやオピオイド拮抗薬などによる薬物療法,認知行動療法,自助プログラム,相互援助グループ(Debtors Anonymousなど)への参加などについての効果が報告されている。
Key words:compulsive buying, shopping, spending, impulse control disorder
●事故頻発者
吉田 信彌
事故頻発者の定義を厳密化していくと,研究対象にできる事故は自動車事故に限られてきた。自動車運転者の適性研究が明らかにした事故頻発者の特徴の1つは,動作機能と認知機能を対比して,動作機能のほうが優勢であることである。Drakeの仮説が支持された。そこでは2つの機能間の関係を問題にし,そこに衝動性の概念を導入することなく済ましてきた。運転中の怒りや焦りは衝動性の発露と考えやすいが,質問紙法でとらえた感情の傾向性には限界がある。それゆえ適性検査の中に個人の衝動を測定しようという試みにそれほど生産性があるとは考えにくいが,自動車事故全体の趨勢を規定する時代のモーメントのようなものとして衝動概念を新しく練り直す可能性までは否定できない。
Key words:accident repeater, aptitude test, Drake’s hypothesis, premature response, SART (Speed Anticipation Reaction Test)
●薬物の副作用による衝動制御の障害
仙波 純一
衝動性はさまざまな精神疾患に見られるが,向精神薬の作用としても出現し臨床的な問題を引き起こす。生化学的にはドーパミンが行動や情動の開始や賦活に関与し,セロトニンがこれに抑制的に働いていると考えられる。このどちらかに作用する薬物は衝動性や攻撃性と関係しうる。治療薬の中では,ベンゾジアゼピン系薬物において敵意,攻撃性,興奮などの逆説的な反応が知られている。抗うつ薬では,SSRIにおいて攻撃性や衝動性を緩和するという報告と,逆に亢進させるという報告とがある。いわゆる賦活症候群は後者の一部と考えられる。ドーパミン作動薬を服用中のパーキンソン病患者に,病的賭博,強迫的な買い物,強迫的な性行動,むちゃ食いなどの衝動制御障害が見られることがある。乱用薬では,コカインや覚せい剤による突然の攻撃性,アナボリック・ステロイド乱用による衝動行為が報告されている。しかし,実際の攻撃性や衝動性の発現は,対人関係を含む社会的あるいは環境的要因,精神発達的要因,個人の心理的な要因などによっても大きく影響されていることに留意すべきである。
Key words:impulsivity, aggression, psychotropic drugs
●衝動性抑制と経済的意思決定
高岸 治人 福井 裕輝
衝動性をどのように制御するかは日常生活を送る上で重要な問題である。本稿の目的は衝動性を測定するツールである最後通告ゲームを紹介し臨床現場で用いることのメリットについて述べることとする。最後通告ゲームとは2名1組でお金のやりとりを行う課題であり,社会心理学,経済学,神経科学など幅広い分野で広く用いられている。これまでの研究によって,最後通告ゲームでの意思決定には衝動性が大きく関与することが明らかになっている。たとえば,急性トリプトファン枯渇法を用いて脳内セロトニン濃度を低下させると非合理的な選択をしてしまうことや,腹内側前頭前皮質を損傷した患者も同様に非合理的な選択をしてしまうことが明らかになっている。最後通告ゲームは対人場面での意思決定を測定することができるため,臨床現場で患者が訴える社会生活での問題行動の一側面を定量的にとらえることができる可能性がある。本稿の最後に最後通告ゲームを臨床現場で用いることの問題点について言及する。
Key words:impulsiveness, economic game, decision making
●皮膚炎と掻破行動―皮膚・自己,その境界と統合―
境 玲子
リエゾン精神科医として皮膚科臨床に関わった経験をふまえて,本邦のpsychodermatology(サイコデルマトロジー:精神皮膚科学,皮膚心身医学)の現状を概観し,皮膚炎患者における痛みと痒み,痒みと掻破行動との関連について考察した。また,精神科・皮膚科両科の臨床の親和性を指摘しつつ,精神科臨床を皮膚の視点からとらえ直すとともに,精神医学的病態ごとに,それぞれの自己像と「皮膚・自己」の境界,それらをとりまく「亜空間と社会」との関係について,図式化を試みた。皮膚・自己,亜空間と社会の境界を認識しつつ,それぞれの境界の統合・調和と安定化,そして,亜空間に厚みと豊かさをもたらす関わりについて考察した。
Key words:atopic dermatitis, consultation―liaison psychiatry, psychosomatic disease, psychodermatology, scratching behavior
■研究報告
●器質疾患や原病の悪化との鑑別が必要であったセロトニン症候群4症例
嶋津 奈 大迫 智佳 石束 嘉和
常用量のセロトニン作動薬でセロトニン症候群をきたした4症例を報告した。症例は,高齢者のせん妄,逃避的な患者の解離様症状,統合失調症が疑われた患者の軽躁と幻聴,うつ病患者の亜昏迷状態などの精神症状を示し,器質因の除外や原病の悪化との鑑別が必要で診断が遅れた。セロトニン症候群は精神症状が多彩で,診断を確定する上で特異的な検査もないことから見逃されやすく,早期に発見するには,身体症状や神経学的所見を積極的に確認することが重要であることを指摘した。
Key words:serotonin syndrome, miltazapine, hallucination
■臨床経験
●統合失調症の抑うつ症状とanhedonia(快楽喪失)に対してaripiprazoleと心理・社会的アプローチが有効であった2症例
中川 東夫 岩崎 真三 渡辺健一郎 池原 理恵 高山 栄伸 宮下 重義
統合失調症の抑うつ症状とanhedonia(快楽喪失)が,aripiprazole(APZ)と心理・社会的アプローチにより改善した2症例を報告する。症例1は33歳の男性,神経症様症状で発症し,約4年を経て幻覚妄想に基づく抑うつ症状を呈した。その後意欲減退,興味・関心の喪失などを認め,anhedoniaの出現後に感情鈍麻を認めた時点でAPZが投与された。症例2は39歳の女性,発症時から心理・環境要因に由来する不安・抑うつ症状が10年以上続き,その後幻覚妄想,意欲減退,関心の喪失などを認め,anhedoniaの出現後に感情鈍麻を認めた時点でAPZが投与された。両例とも他の非定型抗精神病薬からAPZへの切り替えにより統合失調症の抑うつ症状のみならずanhedoniaも改善した。また,2症例ともに心理・社会的アプローチとの併用が有効であった。本邦で唯一のドパミンD2受容体部分作動薬であるAPZは,セロトニン5―HT1A受容体部分作動作用とセロトニン5―HT2A受容体拮抗作用とを併せ持ち,統合失調症の症状選択肢を広げる新たな治療薬となりうると思われる。
Key words:depressive symptom, anhedonia, schizophrenia, aripiprazole, psychosocial approach
●Lithium carbonateにてセネストパチーが改善した1例
竹内 大輔 小野 寿之 玉井 顯 西本 武史 和田 有司
気分障害で入院中の患者において下肢の異常感覚とこれに関する妄想が出現した症例を経験した。異常感覚や妄想を標的に抗精神病薬を投与しても効果がなかったが,lithium carbonateを投与したところ,これらの症状が改善した。また,過去30年間に本邦で報告されたセネストパチー患者43症例を検討したところ,薬剤を選択する際には抗精神病薬だけに固執するのではなく,抗うつ薬の選択を考慮することも同程度の重要性を持つと考えられた。また,既往あるいは経過中に躁症状が出現した患者に対しては,lithium carbonateが奏効する傾向があるように思われた。
Key words:lithium carbonate, cenesthopathy, bipolar affective disorder
●抑肝散が有効であったCharles Bonnet症候群の1例
中山 寛人
Charles Bonnet症候群(以下CBS)は,意識障害や認知機能障害を伴わない幻視を特徴とする症候群である。視力障害は近年使用されている診断基準には含まれないが,リスクファクターとして知られている。CBSに確立した治療アプローチはなく,抗てんかん薬,非定型抗精神病薬,塩酸donepezilの有効性が症例報告され,最近では忍容性の高さから抑肝散の使用も増えている。今回,視神経炎による視力障害と夫の入院という心理社会的要因を背景にもち,抑肝散が有効であったCBS症例を経験した。抑肝散の作用機序は複雑であり,セロトニン2A受容体ダウンレギュレーション作用,セロトニン1Aパーシャルアゴニスト作用,細胞外グルタミン酸濃度是正作用などが報告されている。CBSを疑う患者を診た際には,その病態の多様性から縦断的な視点をもち対応すべきであり,忍容性の高い抑肝散は治療選択肢の1つとして使用を検討する価値があると考える。
Key words:Charles Bonnet syndrome, Yokukansan, visual hallucinations
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