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■特集—早期診断・早期治療の功罪
●医療化の功罪
名郷 直樹
 医療化はそれまで医療の対象ではない分野が新たに医療の対象とされることを指す。それにより恩恵を受ける人がいる一方,害を被る人もいる。この害の部分についての情報はきわめて制限されており,情報開示が必須である。その中には治療薬が開発されたために対象患者を探すという動きもあり,大きな問題である。医療化自体を止めることは難しいが,医療化の負の面について情報提供していくことがさらに重要になるだろう。
Key words:medicalization, harm, medical information

●統合失調症の早期徴候としての身近な仲間の中での「中心化(—局外化)」
岡崎 翼  加藤 敏
 両親を迫害の主とする家族内妄想を呈して顕在発症した統合失調症の症例を提示した。本症例では加藤が統合失調症初期段階に特徴的な病態として提唱した“初期全員一致性中心化(—局外化)”が顕在発症前に2回にわたって認められており,そのつど負荷的な社会的状況を回避することで顕在発症を回避していた。統合失調症の早期徴候としての初期中心化(—局外化)の重要性をあらためて指摘し,病態把握に際して症状と社会的状況との関わりにも注意をはらうべきであることを示した。
Key words:schizophrenia, early symptom, ARMS, latent schizophrenia, delusion of persecution

●統合失調症の早期介入の功罪
斎藤 環
 McGorryらの“ARMS”概念に代表される,統合失調症への「早期介入」について,批判的視点から検討を加えた。(1)ARMSから発症に至る可能性は高くない。(2)精神病の確実な予防手段は存在しない。(3)予防的な薬物療法は危険を伴う。(4)医療化とスティグマの問題がある。また,日本に独特の問題としては,(4)児童青年期精神医学の「後進性」,(5)診断技術の信頼性の低さ,(6)薬物療法偏重の傾向が指摘できる。以上により,早期介入研究のあり方は根本から見直されることが望ましい。
Key words:ARMS, early intervension, medicalization, stigma

●双極性障害の早期発見と治療
田中 輝明
 双極性障害には未だ克服すべき診断的課題が多く,早期診断は重要であるが過剰診断の危険を常に孕んでいる。近年,bipolarityや双極スペクトラム概念への関心が高まり,双極性障害診断の急増が懸念されている。Neuroprogressionモデルに従えば,早期治療は疾患の進行を予防する上で重要であるが,一方で過度の医療化も危惧される。病期分類は双極性障害の臨床に有用であり,その導入によって問題の解決が期待できる。
Key words:bipolarity, bipolar spectrum, overdiagnosis, neuroprogression, staging model

●子どもにおける躁うつ病の早期発見の意義と課題
十一 元三
 子どもの躁うつ病(双極性障害)を早期診断することの意義について論じた。はじめに児童期双極性障害をめぐる国内外の状況を過去の経緯とともに展望し,わが国の現状が本障害についてはまだ発展途上であることを述べた。次に,本障害を見過ごすことなく診断する精神医学的視点が,患者・関係者に対する利益のみならず,精神疾患全般に対する診断および病態把握の向上につながる可能性を有することを述べた。最後に,児童期双極性障害の診断を困難にする要因と,単極性のうつ病と短絡されがちなうつ症状の鑑別に関するする注意点を今後の課題として呈示した。
Key words:bipolar disorder, childhood onset, diagnosis, early intervention, comorbid disorder

●身体疾患患者におけるうつ病の早期発見・早期治療
岸 泰宏
 身体疾患にうつ病が合併すると,身体疾患の予後ならびに医療経済面での悪化がみられる。したがって,身体疾患に伴ううつ病の早期発見(特にスクリーニングを用いて)・早期治療が推奨されている。しかし,スクリーニングでうつ病を発見し,治療を行っても,うつ病の改善は望めない。身体疾患に伴ううつ病治療は早期発見・早期治療といった安易な方策では改善せず,体系立ったシステムの構築が必須となる。この分野でのスクリーニングによる早期発見・早期治療での有益性は認められず,薬剤の副作用を含めた不利益も認識しておくべきである。
Key words:depression, medical setting, screening, outcomes, collaboration

●自殺念慮の早期発見と求められる対応
大塚耕太郎  酒井 明夫  岩戸 清香  中村 光  赤平美津子
 自殺の危険性があるものへの対応では,1)丁寧に接する,2)話をよく聴く,3)相手のニーズを確認する,4)問題の背景を把握する,5)一方的に働きかけない,6)一緒に考える,ということを目標に対応することが望ましい。そして,支援にあたっては問題解決という視点で現実を捉え直し,ソーシャルワークによる連携を通して地域に繋げることも必要である。
Key words:suicide ideation, suicide, aftercare, suicide attempt, suicide prevention

●パニック障害の早期診断,早期治療の意義
塩入 俊樹  市川 直樹
 パニック障害は,進行すると広場恐怖やうつ病を併発し,著しい社会機能低下をきたす。であれば,パニック発作が1回だけ起こったようなまだ診断基準を満たさない時期に治療を行うべきか。あるいは,診断基準を満たしたなるべく早期に診断・治療に移るのがいいのか。完全な答えはない。大切なのは,我々精神科医が患者個々の症状や経過等を詳細に分析し,その情報を患者サイドに提示し,治療に関する具体的な選択肢を与える,shared decision making(SDM)の概念である。
Key words:panic attack, course, agoraphobia, depression, shared decision making(SDM)

●認知症の早期発見と抗認知症薬の意義—薬物より自己肯定感回復の対応を—
上田 諭
 認知症(アルツハイマー病)に対する「早期発見,早期介入」の啓発は盛んであるが,重要なのは,発見後にどう介入をするかである。効果が一定期間の症状進行の抑制可能性のみで,限界の多い抗認知症薬を開始するというだけの介入は意味が乏しい。本当の意義は,認知症が治らない病気であり,治さなくてよいと周囲が認識することである。周囲から孤立しがちで不安を感じている認知症の人に対し,物忘れはあっても現状のままのあなたでよい,十分役割があると知らせ,生き生きと張り合いをもって生活してもらうためのスタートを切ることである。診療においては,本人と向き合って耳を傾け,自尊心と自己肯定感を回復させる精神療法を行うべきであり,同時に,介護保険の導入を通じて活動性と社会性をもった生活を作る助言をする。認知症症状に器質的問題と精神的反応の問題があることは,先達が以前より指摘してきた。「脳」の問題だけでなく,生活と周囲との関係への目配り,精神療法を含めた「心」をみる診療が必須である。その態度が医師になければ,早期発見しても無益なことになりかねない。
Key words:Alzheimer disease, early recognition and intervention, antidementia medicine, psychotherapy, social psychology

●摂食障害の早期発見と対応
田村 奈穂  石川 俊男
 摂食障害は,若い女性に好発し,種々の身体・精神合併症がみられる予後不良な難治性疾患である。摂食障害は罹病期間や未治療期間が長くなるほど予後が悪くなると言われているため,早期発見・早期治療はきわめて重要である。早期発見・早期治療には様々な課題があり,摂食障害自体に早期発見しにくい要因があること,発見者となりうる学校の教諭(または養護教諭)や家族への啓発,専門医の養成,治療連携の整備などが挙げられる。
Key words:eating disorders, early detection and treatment, partnerships in treatment

●発達障害の子どもを早期発見・早期支援することの意義
本田 秀夫
 発達障害では,一次(神経心理学的特性),二次(行動学的特性),三次(反応性精神症状)という3つの階層の症状が想定できる。一次症状が重度であればあるほど低年齢のうちに社会不適応が出現しやすい。逆に,一次〜二次症状がごく軽微な場合,社会不適応の出現時期が思春期以降になるが,そのような例では三次症状が出現するや否や一気に重篤化することがある。発達障害の早期発見・早期支援の意義は,乳幼児期においては一次〜二次症状の増悪予防と三次症状の発生予防,思春期以降においては三次症状出現早期における危機介入にある。
Key words:developmental disorders, autism spectrum disorder, ADHD, early detection, early intervention

●大人の自閉症スペクトラム障害啓発の功罪
井上 勝夫
 大人の自閉症スペクトラム障害(autism spectrum disorder : ASD)臨床の必要性と診断の難しさに触れつつ,近年の大人のASD啓発の功罪を述べた。大人のASDに併存する精神障害は気分障害,不安障害の順で多く,大人を対象とした一般精神科臨床でASDの観点が適切に使われれば利益は大きいであろう。ただし,ASDの定型発達との連続性,ASD特性のまぎらわしさ,発達歴の蓋然性の問題から,ASD診断には一定の難しさがある。ASDの知識は児童精神科医から広がったが,一般精神科医と議論を重ねる前に世間一般に啓発されたことが,近年の混乱の一因と考えられる。ASDの曖昧な知識を持った者の安易な病院受診や,診察技能の不十分な精神科医による誤診やASDの過剰診断を招いている不利益は大きい。適切な大人のASD臨床のために,精神障害の鑑別手順の中でのASDの位置づけ,精神症候からのアプローチ方法,ASDの除外,臨床の利便性に配慮したASD特性評価と診断のあり方に関する議論の必要性を指摘した。
Key words:adult ASD, misdiagnosis, over diagnosis

●不眠の早期発見・早期治療の問題点
仙波 純一
 不眠は頻度が高い症状であるために早期発見と早期治療が強調されやすい。しかし,臨床医は疾患啓発活動の背景に注意しないと,過剰診断や過剰治療に陥りやすい。多くの睡眠薬の臨床試験は,原発性不眠症を対象として行われており,精神疾患に併存する不眠への効果については十分に検討されていない。過剰な薬物療法を避ける上でも,治療開始時に適切な睡眠衛生指導を行うことが不眠の治療では原則である。
Key words:early recognition, hypnotics, insomnia, over—diagnosis

●睡眠時無呼吸症候群の早期発見の意義
吉田 祥  神林 崇  清水 徹男
 閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)は治療されずに慢性化すると,小児例では心身の発達に影響を及ぼし,成人例では高血圧,様々な血管障害,生活習慣病,精神疾患などの誘因や増悪因子となりうる。このように心身ともに二次的な影響を及ぼすため,OSASは早期に発見し,早期に治療導入することが非常に重要である。また,その他の睡眠障害についても,早期発見の重要性について述べた。
Key words:cardiovascular disease, depression, portable monitoring device

●アルコール使用障害の早期介入
角南 隆史  武藤 岳夫  杠 岳文
 わが国ではアルコール依存症に対して断酒を唯一の治療目標とする「久里浜方式」と呼ばれる集団治療が長年行われてきたが,2次予防については有効な対策はとられてこなかった。1980年代から欧米を中心に飲酒量低減技法として効果検証研究が行われてきたブリーフ・インターベンションはすでにその有効性が確立されたと言え,わが国でも医療や職域での普及が期待される。さらに,アルコール依存症治療において節酒を第2の治療目標として容認することの是非とその在り方がわが国でも議論される時代になっている。
Key words:AUDIT, brief intervention, alcohol dependence, treatment goal, alcohol use disorders

●てんかんの早期診断・早期治療の課題
兼本 浩祐  田所ゆかり  郷治 洋子  大島 智弘
 てんかんの早期診断,早期治療のメリット・デメリットを,てんかん性脳波異常のみを示す場合,急性症候性発作,誘発されずに出現した初回発作,社会的に許容範囲の症状のみが出現するてんかん,早期診断・早期治療が重要な場合に分け,それぞれを検討した。病態によってはてんかんと診断しないことこそが患者・家族の全体としての利益を守る場合もありうることを論じ,早期の治療はもとより診断に際しても参加型意志決定が重要であることを指摘した。
Key words:first unprovoked seizure, acute symptomatic seizure, early diagnosis, shared decision making

●解離性障害を早期に診断するということ
鈴木 國文
 解離の早期診断の利点について,①背後の外傷的出来事に気づくこと,②境界型パーソナリティ障害など重篤な疾患の存在に気づくこと,③統合失調症などへの誤診から解離例を救い出すこと,という三点に焦点を当てて論じた。また,解離の早期診断の陥穽について,①「他者の視線の相関物」である解離病態は医療者の関心により複雑化する可能性があること,②過度な医療化による解離の文化的側面の無力化という二点に焦点を当てて論じた。
Key words:dissociative disorder, early diagnosis, benefit, disbenefit

●早期発見・早期治療と疾患啓発・疾患喧伝
井原 裕
 「疾患啓発」(disease awareness)ないし「疾患喧伝」(disease mongering)とは,薬剤の販売促進を意図して,早期診断・早期治療等の大義の下で疾患概念を拡大することである。それらは,同一の営みだが,その積極的な意義が強調されるときは前者で,その商業主義が批判される場合は後者で呼ばれる。対象疾患としては,境界領域,非致死性,非稀少性,長期投与などの条件があり,精神疾患は全条件を満たし理想的である。疾患啓発・疾患喧伝においては,人々に対して健康不安を,医師に対して誤診不安をあおることで,対象疾患の診断数を増やそうとする。しかし,今日,啓発が熱心に行われている軽症うつ病,双極性障害Ⅱ型,成人期ADHDなどの軽症精神障害は,併存症さえなければ予後良好であり,早期診断・早期治療の必要はない。
Key words:disease mongering, early diagnosis, early treatment, pharmaceutical industry, depression

●職域におけるメンタルヘルス活動—早期発見の意義と問題点—
鎌田 直樹
 近年,職域における長期休職者の大部分が精神障害に起因している。社員をうまく支援し休職に至らないように,各企業では様々なメンタルヘルス活動が行われている。中でも精神不調者の早期発見・早期介入はその中心的な活動であり多くの効果をもたらしている反面,質の問題,早期介入の手立てや事後フォローのあり方など数多くの課題も抱えている。
Key words:absenteeism, presenteeism, early intervention, insomnia, workplace

●教員における精神面の問題—早期発見の意義と問題点—
真金 薫子
 教員の精神疾患は,業務関連ストレス,特に児童生徒をはじめとする職場の人間関係をストレス要因とした適応障害の発症が多い。このため,早期発見により病状悪化が防げる可能性は高いものの,早期対処の方法には一考を要する。抑うつ状態を呈している場合においても,職場環境調整が有効な症例が多く,抗うつ薬投与や休養の指示については,有用性および職業的予後を十分考慮し,適応を慎重に判断することが求められる。
Key words:teachers’ mental health, work—related stress, human relationship in school, adjustment disorder

●産後の精神医学的リスクと早期対応
永田 雅子  本城 秀次
 精神医学的症状が女性の中でもっともの頻発するのが,妊娠・出産時であり,急激に状態が悪化しやすい。その後の女性のメンタルヘルスや,子どもの発達や適応にも影響を与えることから,早期対応が重要視されるようになってきている。心理社会的サポートの有効性も指摘されており,「母親としての自分」の傷つきにつながらないような配慮と何重にも見守られるケアを提供することがこの時期では重要となってくる。
Key words:postpartum period, mental health, early detection

■研究報告
●精神科外来患者における生活習慣および体重コントロールに対する意識調査
久保 慎司  岡本 龍一  川添 貴裕  小鳥居 湛
 統合失調症患者は一般成人と比較して肥満の割合が高いことが報告されているが,自己の体重に対する認識についての報告はない。また,統合失調症以外の精神疾患患者の肥満に関する報告も少ない。そこで,小鳥居諌早病院(以下,当院)に外来通院中の精神疾患患者に対して生活習慣および体重コントロールに関する意識調査を実施した。その結果,統合失調症圏の患者は肥満の割合が高い一方で,自己の体重について正しく認識している割合が高く,自己の生活習慣を健康的であると捉えている割合も高いことが示された。また,生活習慣改善に取り組んでいる割合やその内容については気分障害圏,神経症圏の患者と有意差は認められなかった。これらのことから,統合失調症圏の患者は体重増加と自己の生活習慣の問題を結び付けて捉えられていない可能性が示唆されたとともに,生活習慣の改善方法に何らかの問題を孕んでいる可能性が示唆された。
Key words:obesity, cognition, weight control, lifestyle, outpatient


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