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■特集 トラウマという視点から見た精神科臨床
●トラウマという視点から見えてくるもの
松本 俊彦
 精神科臨床では,患者が示す困難な症状や問題行動をトラウマという視点から捉え直すことで,治療の糸口が見えてくることがある。あるいは,治療者が症状や問題行動の困難さに耐えやすくなる,一種の「作業仮説」を与えてくれることがある。本稿では,地域における援助困難事例を提示し,症状や問題行動にはトラウマという視点から捉え直すことで,治療の糸口が見えてくる可能性を示すとともに,トラウマ関連障害患者との関わりにおいて注意すべきポイントを整理した。
Key words:trauma, psychotic disorder, borderline personality disorder, substance use disorder, eating disorder

●解離性障害における精神病様症状
柴山 雅俊
 解離性障害と統合失調症は,症候の類似性のためにときに鑑別が困難となる。そのため解離性障害が統合失調症と誤診されることがしばしばあり,注意を要する。一級症状のなかでも妄想知覚や物理的身体被影響体験は解離性障害ではみられない。鑑別において重要なことは,統合失調症を示唆する症候や主観的体験,そしてその背後にある構造の確認である。本論文では,Schneiderの一級症状のなかでも幻声,考想伝播,させられ体験を取り上げ,解離性障害と統合失調症の症候学的および構造的差異についてそれぞれ論じた。解離性障害と統合失調症の鑑別で重要なことは,解離では他者が自己の延長として現れ,他者と自己が区別困難な構造を持つのに対して,統合失調症では他者は自己と明瞭に区別され,「生まの他者性」を持っている。こうした他者性の理解については安永のパターン逆転やファントム空間論が有用であり,統合失調症の診断において重要な指標となる。
Key words:dissociative disorders, schizophrenia, psychotic—like symptoms, Schneiderian first rank symptoms

●トラウマから見た気分変動
白川美也子  鈴木 太
 トラウマが感情調整不全を生じることはよく知られている。DSM—5では小児期の慢性の感情調整不全について,重篤気分調節症disruptive mood dysregulation disorder(DMDD)と名づけられた新たな概念が「うつ病性障害」の一型として採用された。本稿では,児童期のDMDDを含めた模擬症例を4例提示し,慢性複雑性のトラウマ曝露に関連して発症する発達性トラウマ障害,複雑性PTSD概念とDMDD概念の繋がりに言及し,かつトラウマと単極性うつ病,双極性障害との関係について検討した。トラウマを経験し,気分変動を呈する症例に対する適切な診断と治療のためには,発達精神病理学に基づく成因論的な理解を踏まえた上で,操作的診断基準に基づいた包括的アセスメントを行い,病態に応じて,薬物療法などの生物学的治療と焦点化された精神療法を併用する多元的アプローチが有効であろう。
Key words:posttraumatic stress disorder, depression, disruptive mood dysregulation disorder, developmental trauma disorder, psychotherapy

●トラウマとアタッチメントの視点から見たアディクションの心理機序と援助
森田 展彰
 物質使用障害(substance use disorder)や病的ギャンブリング(pathological gambling)などのアディクションは,被害体験や不適切な養育体験を持つ者が多く,PTSD(posttraumatic stress disorder)を合併することが多い。本論では,両障害の重複状況について取り上げ,トラウマやアタッチメントの問題による苦痛を減じるために酒・薬物・賭博行為を用いているという自己治療モデルや複雑性PTSDモデルを示した。さらにそうしたモデルをもとにしたアディクションの治療について論じた。
Key words:addiction, substance use disorder, pathological gambling, psychological trauma, posttraumatic stress disorder (PTSD), attachment, complex PTSD, cognitive behavioral therapy (CBT)

●トラウマから見た子どもの発達障害―その理解と治療―
小野 真樹
 子どもが経験するトラウマの中では,虐待の影響が特に重要である。子ども虐待と発達障害との関係は深く,発達障害が被虐待の誘因となったり,虐待が原因で発達障害類似の症状が出現したりすることが知られている。近年子ども虐待などの小児期の慢性トラウマは,生物学的ストレスシステムを介して発達に様々な影響を及ぼしていることがわかってきた。ストレスホルモンであるコルチゾールの影響はよく研究されており,トラウマの結果脳に不可逆的損傷が生じることも知られている。また,解離はトラウマの重要な転帰である。トラウマが原因で生じる病態の一つにADHD様行動障害があるが,この病態と本来のADHDとの関係については,認知機能の特徴やストレスシステムの反応性の特徴,エピジェネティクスなどについて,次々と新しい知見が得られている。これらの理解をふまえて,治療にあたっては,子ども虐待と発達障害が織りなす多様で複雑な病理を念頭に置きながら対応することが重要である。
Key words:child abuse, developmental disorders, HPA axis, ADHD like symptoms, epigenetics

●トラウマから見た大人の発達障害―その理解と治療―
清水 光恵
 発達障害においては,不快だが比較的日常的な出来事を体験したのちに,それが長期にわたって繰り返し苦痛を伴って想起されることは,頻繁に見られる。これを仮に広義のトラウマと取るのなら,発達障害の患者は極めてトラウマを受けやすいと言える。つまり,発達障害においては,同級生からの深刻ではないいじめ,親・教員・上司からの叱責,部活動仲間・同級生・同僚からの批判など,ネガティブではあるが比較的日常的に見える出来事でも容易にトラウマ化しやすい。この現象について,自閉症スペクトラム障害の自験例を提示して検討し,次のような特徴を抽出した。まず,些細に見える意外な事象からトラウマが想起されることが特徴であるが,その背景として,患者は体験した諸事象を連合させてひとつの概念にまとめあげるときに,定型発達者では状況全体から見て問題になりにくいような,特定の付随的な事象が強調される。さらに,トラウマ記憶は長期間鮮明に保持され,突然想起が始まるなどの特徴について論じた。最後に,治療について述べた。
Key words:autism spectrum disorder, adult, stress, trauma, memory

●トラウマティック・ストレスから見た犯罪行動―その理解と治療教育―
藤岡 淳子
 犯罪行動の生起と維持には,トラウマティック・ストレスのみならず心理的ストレスの影響が大きい。日常生活での回避するほかない心理的ストレスは,認知と感情機能の発達を妨げ,自己と対人関係の形成を阻害する。したがって,トラウマ症状への医学的対応に留まらず,環境に適応し,社会の中で生きていく力を育成する必要がある。治療共同体はその目的に適した方法であり,安心できる共同体を作り,そこで体験を開示し,物語を作り直すことによって,犯罪から離れていくことが可能になる。
Key words:traumatic stress, criminal behavior, therapeutic community

●隠れた性虐待の評価と包括的支援
髙岡 昂太
 性虐待が隠れる要因には,支援者が持つ性虐待へのバイアスと,通告に対するバイアスが大きい。性虐待は加害者の手なづけによる支配構造が維持されやすく,子どもはすぐに事実を開示できないことが多い。支援者は性虐待を疑ったら,その段階で児童相談所への通告と警察への通報が必要不可欠である。しかし,性虐待の事実確認は児童相談所と警察が担当するため,通告段階では「誰が,何をしたか」という情報以外を子どもに聴いてはならない。子どもの負担を最小限にするためには,司法面接および全身医学診察,そして認知行動療法と家族支援を1ヵ所ですべて行う世界標準の子どもの権利擁護センターの創設が重要となる。また今後,児童と成人の性被害者支援において,セクシャルマイノリティへの配慮も課題になるだろう。孤立しがちな性被害者だからこそ,被害者のニーズに沿った対応が期待される。
Key words:sexual abuse, bias, forensic interview, investigation, child advocacy center

●隠れたドメスティック・バイオレンス被害の影響とその支援
信田さよ子
 ドメスティック・バイオレンス(DV)に対する包括的アプローチの中心に位置するのが被害者支援である。当事者が被害を訴え相談に訪れることは稀であり,別の問題として表現された背後に被害を発見する援助者の姿勢が必要である。被害者という自覚も自責感と恐怖から失われがちであり,グループカウンセリングにおける仲間意識と支え合いを核とした,長期にわたる支援が必須であると思われる。
Key words:domestic violence, support, victim, batterer, group counseling

●いじめ被害とPTSD
斎藤 環
 学校でのいじめの報告件数は依然として増加傾向にあり,いじめ自殺の報道が続く中,マスコミでは「いじめ後遺症」が問題となっている。いじめによる被害はしばしばPTSD事例をもたらすが,多くがひきこもってしまうため実態が十分に把握されていない。本稿ではまず5つの事例を紹介し,併せて文献的な検討を試みた。いじめ被害によるPTSDに関する論文は増加しつつあるが,学童期のいじめ被害が成人後のPTSDをもたらすとする報告はいまだ限られている。また,DSMの出来事基準を満たさないため,PTSDとの診断は難しいとする見解もある。次いでいじめの温床になりやすいスクールカーストと,いじめからひきこもってしまった事例の治療困難性について述べた。治療的支援を継続する必要性もさることながら,いじめ被害発生直後に,その長期的予後も視野に入れつつ専門家チームによる対応がなされることと,加害者に対しては配慮ある処罰がなされるべきであることを提言した。
Key words:school bullying, PTSD, Hikikomori, school caste, suicide

●触法精神障害者とトラウマ
永田 貴子  平林 直次
 触法精神障害者に対する専門的治療を求める世論の高まりを受け,「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療および観察に関する法律」(以下,医療観察法)が制定され,10年近くが経過した。触法精神障害者は,他害行為と精神障害という2つの前提となる体験を抱えている。それぞれの体験が,過去から続く心理的な外傷体験を内包し,現在の精神症状に影響を与えている。治療に関わる医療者は,精神病症状の背景に隠れがちな外傷体験を丁寧に見出し,一連の流れの中で他害行為を捉え直す必要がある。これまで,触法精神障害者の抱えるトラウマは,当事者,医療者双方から語られることが少なかった。医療観察法における多職種チーム,内省を深める種々の治療プログラム,地域ケア会議などの新たな取り組みが,どのように触法精神障害者のトラウマからの回復を促進し,再他害行為の防止につながる可能性があるかを検討する。
Key words:mentally disordered offenders, Medical Treatment and Supervision Act (MTSA), multiple disciplinary team (MDT)

●トラウマ治療の現在
森 茂起
 現在すでに多くのトラウマ治療の技法があるが,技法,多様な症状,大人治療と子ども治療,専門領域といった観点でさらなる統合が必要である。そのためにはトラウマ概念の領域横断的共有が求められる。PTSD理解の浸透がその共有のための窓口となり得るため,多くの臨床領域におけるPTSDのスクリーニングと心理教育の拡大が望まれる。また,幼児期からのトラウマ的現象を包括的にとらえるために,トラウマを環境からの脅威が個人の防衛能力を超える現象と考え,幅広い現象を包括的にとらえる必要がある。トラウマの作用は,解離として表れるため,解離に対する対処が重要である。治療技法だけでなく,教育や福祉も含む広い領域で共有し,治療,養育,教育による統合的対処が必要になる。治療も含め援助者の環境に非一貫性が存在すると解離を促進する恐れがあるため,支援環境の整備が必要であり,そのためにも心理教育の普及が必要である。
Key words:PTSD, dissociation, integrative psychotherapy, developmental trauma

●トラウマを扱う前に身に付けておくべき臨床作法
堀越 勝
 トラウマ体験者に介入する場合,該当者の状態や状況に合わせて介入法を選択することになる。介入法については様々な介入モデルが開発されており,実証的な検証結果などから選択肢が広がってきている。しかし,介入者自身の臨床技術やコミュニケーションの質などについて検証されることが少なく,本人が持ち合わせているスキルを応用することがほとんどである。トラウマ体験者は心に傷を負っており,対人関係に敏感で,介入に対しても警戒心が強い。こうした患者に対する介入には,一種の臨床作法がある。一つ目の作法は,相手を精神的に押さないこと。押すことで相手は防衛的になり,その後の介入が難しくなる。まず,相手の心のON・OFFに気づき,ONにする方法を学ぶ必要がある。二つ目としては,介入の順序を意識することが挙げられる。ケアのコミュニケーションの本質は介入の順序にあり,意識的に介入を組み立てることがトラウマ体験者への介入の助けとなる。
Key words:trauma, communication skill, PTSD, PFA (psychological first aid)

●トラウマ関連問題の治療者が心得ておくべきもの―環状島モデルを用いて―
宮地 尚子  菊池美名子
 トラウマは語りづらいものであると同時に,聴き手である治療者にも,ある種の困難をもたらすものである。本稿では,その困難に着目しながら,トラウマ関連問題に関わる治療者ができること,心得ておくべきことについて述べた。はじめに,トラウマの語りづらさの構造について,「環状島」モデルを用いて述べた。トラウマをめぐる語りは中空構造をしており,被害の核心には必ず沈黙の領域が存在する。しかし,トラウマは語れる/語れない,という極端な二元論には還元できない。語れる/語れないときの条件は,社会のあり方と大きく関わっている。また,トラウマの中には,比較的語ることが難しい性質のものがある。トラウマは語られないことによって,様々な悪影響があるだけではなく,より理解されにくくなり,社会の中で不可視化されていく。そのような状況のもと,精神科臨床で治療者のとりうる/とるべきアプローチについて,具体的に論じた。
Key words:trauma, narrative, silence, toroidal island, metaphor

■研究報告
●長期経過の中で重篤なパーソナリティ機能の低下に至った内因性若年―無力性不全症候群 endogene juvenil—asthenische Versagenssyndromeの1例―30年に及ぶ経過報告―
安田 学  加藤 敏
 内因性若年—無力性不全症候群はGlatzelとHuberが提唱した身体感情障碍,疎隔体験,思考障碍の三主徴からなる症候群であり,統合失調症の病態の近縁に位置する亜型とされている。わが国で1990年代頃に内因性若年—無力性不全症候群についての症例報告がいくつか出されたが,発症から数十年にわたる経過報告例はほとんどない。今回我々は,内因性若年—無力性不全症候群を発症し,約30年の経過で統合失調症を発症し,最終的には重篤なパーソナリティ機能および社会機能の低下をきたした1例を報告した。病状の進行とともに妄想も深化し,重症化していく過程と患者の置かれた社会的なコンテキストの視点,すなわち経過の節目での肉親の死が本症例の重篤化を理解する上で重要である。
Key words:juvenile asthenic failure syndromes, schizophrenia, personality dysfunctions

■臨床経験
●小脳性失調症と記銘力障害で発症した DNTC(diffuse neurofibrillary tangles with calcification)が疑われる1症例
小豆澤 毅  三間 清明  重籐 紀和
 症例は82歳女性。74歳頃から歩行障害を生じ,転倒・骨折を繰り返した。80歳時の胸腰椎圧迫骨折による整形外科入院を契機に認知症が表面化し,せん妄,歩行困難,記銘力障害,意欲発動性低下を主訴に精神科入院となった。入院時の頭部CT検査で淡蒼球,小脳歯状核,半卵円中心における左右対称性の著しい石灰化があり,同時に側頭葉の萎縮を認めた。認知症症状と伴に小脳性構音障害および小脳性運動失調を呈し,血中Ca・P・Mgや副甲状腺機能の異常がないことなどから,DNTC(石灰沈着を伴うびまん性神経原線維変化病)が疑われた。DNTCは原因不明の稀な疾患で,Fahr病との鑑別が課題となっているが,本症例では精神神経症状および頭部CT検査画像より臨床的にDNTCの可能性が高いと考えられた。
Key words:DNTC(diffuse neurofibrillary tangles with calcification), Fahr’s syndrome, bilateral ganglionic calcification

●生気悲哀を示した内因性うつ病7症例の検討
田中 恒孝  宮坂 義男  沖 貴仁
 内因性うつ病7症例の示した生気悲哀について検討した。対象の病前性格は執着気質およびメランコリー親和型,30歳から70歳代(外来4例と入院3例),発病回数1回が1例,複数回が6例,微小妄想が5例,制止が5例,不安焦燥は2例,日内変動は6例に認めた。生気悲哀は全身や局所の痛み,圧迫感,締めつけ感,ふさぎ感,しびれ,腹痛,吐き気,両眼の渋りやショボショボ感などであり,これら身体症状と精神症状が一体化して表現し難い身体的苦痛を伴う体験であり,心気症とは明らかに異なっていた。
Key words:traditional diagnosis, endogenous depression, hypochondriasis, vital sadness (vitale Traurigkeit)

■資料
●うつ自殺予防対策「富士モデル事業」5年間の報告
窪田 幸久  宮下 正雄  石田多嘉子  窪田 博  高木 啓  高山 大起  望月 美和  内田 勝久  松本 晃明
 富士モデル事業5年間の取り組みから,かかりつけ医で不眠を聞き取り,精神科に紹介するシステムは,精神科未受診の自殺念慮を有するうつ病患者を見出し,治療導入につなげるものとして機能することが示された。Mirtazapine,mianserin,trazodone等の鎮静作用を有する抗うつ薬による薬物療法を積極的に行うことで睡眠導入薬・抗不安薬の減量・中止を視野に入れた薬物療法の適正化を試みた。平成20年以降診療報酬点数において精神科医療連携加算が認められるようになり,平成24年度には重点疾患5疾病の一つに精神疾患が加えられるようになったように医療行政の観点からも,かかりつけ医と精神科の連携の重要性が増している。富士モデル事業の推進により,自殺予防には,かかりつけ医のうつ病治療への積極的な関与に加え,精神科との信頼関係に基づく確実な連携が最も重要であることが示されたものと思われる。
Key words:insomnia, depression, suicide, prevention, melancholy


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