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■特集 生活をみる認知症診療
●認知機能より生活を診るアルツハイマー病診療―張り合いの追求と精神療法の重要性―
上田 諭
 アルツハイマー病(AD)の治療とは何を治すのかと考えるとき,生物学的視点と症候学的視点の両方から考える必要がある。生物学的に認知機能だけを見ている診療は治療としては不十分である。症候学的視点を取り込んで,張り合いのある生活こそが目標になるべきである。ADの人は自己肯定感と役割,人との関係性を失っていく。その回復こそが治療であり,生活への注目が不可欠である。行動心理症状(BPSD)の背景にも生活は大きく関わっている。診療では,活動性と社会性をもった生活を介護者とともに考えたい。同時に,多くを失い動揺する本人の心情を尊重することも重要である。診療では,介護者の話を聞くこと以上に,本人に向き合う精神療法を行うことに意味がある。家族に対しては,本人の心情への理解を求め,常に尊重して介護することが大切であることを教える。社会全体が,認知症を困った現象として「対策」の対象とばかり見る傾向がある。そこには重要な視点が欠落している。本人の心情や願望と生活のあり方を考えることである。それを抜きにした議論には大きな欠陥と問題がある。認知症診療においてもそれはまったく同様である。
Key words:Alzheimer’s disease, cognitive function, daily living, social role, psychotherapy

●認知症の症候学―人との関係性という視点から―
松田 実
 人の幸せは周囲の人との関係性によって左右されることが多いが,認知症はこの関係性を破壊する病気である。ほとんどの認知症に根治的治療がない現在,認知症診療が果たすべき役割は,正しい診断だけではなく本人と介護者への丁寧な説明と指導であり,その中に本人と周囲の人との関係性を修復する視点をもっていることが重要である。認知症の個々の症状も,認知症者と周囲との関係性によって修飾されていることを,「同じことを何度も尋ねる」という症状,家族の誤認,取り繕い,物盗られ妄想などを例に解説し,こうした症状の少なくとも一部は,周囲との関係性が改善されることによって,軽減することを強調した。
Key words:dementia, symptomatology, social psychology, human interaction, BPSD

●認知症の説明モデル―「疾患モデル」から「人生行路モデル」へ―
山崎 英樹
 戦後に進められた医療の福祉化政策のなかで急速に整備された病院施設では,感染症が主体であった戦前の隔離モデルを抜け出せないまま,疾患モデルによるヘルスケア資源の乱用や専門家支配,脳神話,さらに客体化された個人の機能回復を自立や自己決定に求めるという危うい価値観が醸成されてきた。認知症500万人時代を迎え,認知症は老いか病気か,という二項対立を止揚させるべき時代がもはや来ている。そこで,かつての調査をもとに認知症のライフコースモデル(人生行路モデル)を提唱した。自らの人生行路に認知症という事態を重ねたとき,家族や介護者とともに“人生の意味”と“個の超越”に通じるスピリチュアリティを自他非分離の共創の場に求めることが可能となる。そうした共創の場がコミュニティに広がり,人生行路は気づけばはじめから一人ではなかったと深く悟ったとき,人は安堵して旅立つことができるかもしれない。
Key words:explanatory model, disease model, life course model, spirituality, spiritual community network

●認知症外来で不可欠な介護・生活指導
高橋 正彦
 認知症外来における,家族支援の手順について概説した。認知症外来では必ず,患者本人に対する支援と同時進行で,介護家族に対する心理教育が行われなければならない。初診時,家族に対し明確に診断名を伝え病気の理解を深めてもらう工夫は必要である。さらに,今後の病気の進展や基本的介護法などの基礎知識の提供が必要である。外来での個別介護指導以外に,地域の介護教室などを利用する集団療法的アプローチがある。さらに,本人の心理状態の安定のために,①生活リズムを整える,②社会性・役割の提供,③自尊心・プライドの維持といった点に注意を払うとよいことを伝える。患者のBPSDの一部は家族の接し方によって良くも悪くもなる。中でも盗害妄想や嫉妬妄想は家族が心理的距離を適正にとることによりかなり改善することも多い。終末期におけるターミナルケアの方針決定での家族の苦悩や,看取り終えた後のグリーフケアについては今後の課題である。
Key words:dementia, family intervention, grief care, BPSD

●ほめるリハビリテーションで認知症の人の生活を支える
山口 晴保
 認知症は生活障害であり,生活障害を改善し,行動・心理症状を低減するリハビリテーション(リハ)が必要である。しかし,認知症では病識が低下し,他者との良好な関係保持に必要な社会的認知機能も低下している。したがって,認知症のリハは,セラピストの押しつけではなく,本人が納得して自発的に参加すること(自律性:autonomy)が必要になる。本人の声に耳を傾け,共感し,本人の身になって困難を感じ取り,上手に賞賛し,一緒に乗り越えようとする態度をセラピストが示す必要がある。筆者の提唱する脳活性化リハ5原則は,楽しく(快),コミュニケーションしながら,患者が役割を演じ,それをほめ,失敗を防ぐように支援して成功体験を積むことで,リハへの参加意欲を高め,効果を引き出しやすくする。認知症なので指示が通らないとあきらめるのではなく,指示が通る方法を見つけ出すこと(positive thinking)でリハが可能になり,効果が生まれる。
Key words:dementia, brain-activating rehabilitation, reward, motivation

●真のBPSDと偽のBPSD―パーソン・センタード・ケアの視点から―
水野 裕
 急性期の認知症治療病棟を運営している経験に基づき,BPSDと呼ばれ,入院を求められる事例の多くは,認知障害があるがゆえに,本人の苦痛,ペース,習慣的な行動などが尊重されていないために引き起こされている「偽のBPSD」が多い。「真のBPSD」とは,いつでもどこでも,誰が対応しても殴り続けているか,噛み付き続けている人であって,場所や関わる人,環境が変わればなくなるものは「偽のBPSD」であると思われる。これらの起きる背景には,パーソン・センタードなアプローチから考えれば,「くつろぎ・アイデンティティ・愛着や結びつき・たずさわること・共にあること」のニーズが満たされないための興奮,攻撃的行動であると解される。しかし,これらが行われないのは,決して知識不足などではなく,「重度の認知症になったら,不快など感じないし,好きな色や場所などの感覚もない,ましてや対人関係など発生するわけがない」という固定観念や偏見(オールドカルチャー)が真の理由であると思われる。
Key words:dementia, BPSD, person-centred care, psychological needs, old culture

●妄想はどんなときに生じるか―BPSDの対応を再考する―
高橋 幸男
 21年に及ぶ集団精神療法を試みた重度認知症患者デイケアの経験によれば,認知症の妄想は,統合失調症の妄想とは違い家族など身近な人をめぐって妄想に発展し,家庭内でトラブルになることが多かった。認知症の人が普段どういう思いで暮らしているのか,周囲の人たちとの間でどのような事態が生じているのかを知ることは,妄想など認知症の人のBPSDの発現機序を理解するのに役立つはずである。そこで認知症の人の言葉(つぶやきや手記)に注目した。多くの認知症の人たちの言葉から,認知症の人の不安やつらさの内実を知るとともに,認知症になることは身近な人とのつながりをなくすことだと知った。さらに認知症の経過には,妄想(BPSD)発現に至る多くの認知症の人に共通する心理社会的な特徴(“からくり”と呼ぶ)があることを見出した。妄想の発現機序を“からくり”を確認することで理解することができ,対応についても道筋がついた。
Key words:day-care for dementia patient with severe BPSD, group psychotherapy, BPSD, delusion, phobia about dementia

●デイサービス利用の意義―認知機能と「生活」の向上―
長沼 亨
 わが国では介護認定を受けた高齢者の約半数に認知症がみられ,その多くは在宅で生活をしている。在宅生活を送る認知症高齢者と家族を支える介護サービスとしてデイサービスが挙げられる。2010年度時点で,介護認定を受けている在宅高齢者のおおむね4人に1人が利用しており,認知症患者の家族が介護から一時的に解放されるレスパイトケアとして期待され,認知症高齢者の在宅支援において重要な役割を担っている。もの忘れ外来通院患者においてデイサービスを利用している患者の認知機能低下抑制に好影響を与えるとの報告もある。デイサービスのサービス特性から,閉じこもり予防が間接的に好影響を与えることも示唆されている。デイサービスの有効性について非薬物療法の観点から考察する。
Key words:day service, cognitive function, The Japanese version of the Montreal Cognitive Assessment (MoCA-J), non-pharmacological therapy

●生活に活かす回想法―自己効力感や自尊感情の観点から―
扇澤 史子  望月 友香  山中 崇  黒川由紀子
 本稿では,一事例を通して,本人と家族双方の「生活に活かす回想法」の意義について考察した。第一に,回想法は認知症の人に,繰り返し安心して語れる場を保障するとともに,曖昧になった記憶や見当識の認識を促し,環境との「基本的つながり感」を補う。第二に,回想法での断片的なエピソードは,ライフヒストリーとして紡がれ,そこに込められた現在の気持ちを日々のケアに活かすことができる。第三に,回想法での専門家の関わりから,家族は,本人の話に真剣に耳を傾けることの重要性を学ぶ。時に,回想法は,生活支援として,医療だけでなく介護を利用することの重要性を伝えるクッションとしての役割を果たすこともある。このように過去の一隅を照らされ,生き抜いてきた人生の意味を模索することで,失われた自己効力感あるいは自尊感情を取り戻すことは可能であり,ここに「生活に活かす回想法」の意義があると考えられる。
Key words:dementia, reminiscence, life review, self-esteem, self-efficacy

●薬物を用いない認知症治療法―さまざまな非薬物治療の現在―
宮永 和夫
 認知症疾患治療ガイドラインと補完代替療法の中から,認知症の中核症状やBPSDに有効と報告されている非薬物治療の概略を解説した。認知症疾患治療ガイドラインからは,現実見当識訓練や認知リハビリテーションなど認知に焦点をあてたもの,回想法やバリデーションなど感情に焦点をあてたもの,芸術療法など刺激に焦点をあてたもの,行動療法やリハビリテーションなど行動に焦点をあてたものの4アプローチについて述べた。補完代替療法からは,薬効食品・健康食品,アロマテラピーや温泉療法について述べた。また,その他の療法として運動療法を追加した。いずれもグレードC(科学的根拠はないが,行うように勧められている)だが,薬物療法に併用すべき重要な治療法と判断される。
Key words:cognitive rehabilitation, exercise therapy, medicinal food and health food, complementary and alternative therapies

●認知症薬物療法における副作用による生活機能低下
大石 智  宮岡 等
 薬物療法では治療目的を達成するために効能効果を考えて薬剤を選択するとともに,治療目的の達成を阻害する副作用への対応は重要である。認知症薬物療法で用いられる抗認知症薬,向精神薬,漢方薬にも多くの副作用が生じうる。医師は副作用を理解し,副作用が生じた際には速やかな対応が必要になる。副作用への対応の鍵は早期発見である。だが認知症患者は副作用に伴う心身の不調を言葉で表現できないことが多い。このため副作用の発見は遅れやすい。さらに副作用に伴う心身の不調は,認知症の症状として認識されやすく,さらなる薬剤の追加や増量を招くことがある。副作用に伴う心身の不調は生活機能の低下として見出すことができる。生活機能の低下を見出すためには認知症患者の生活を観察することが必要になる。認知症薬物療法の適正化のためにも,各薬剤の副作用とそれがもたらす生活機能の低下を知り,「生活をみる」という姿勢をもつことが求められる。
Key words:pharmacotherapy for dementia, adverse event, life function

●認知症を取り囲むケアシステム―医師の立場から精神科外来との関係を中心に―
遠藤 英俊
 認知症を取り囲むケアシステムは,新しい国の政策により大きく影響を受けている。精神科外来においても,かかりつけ医や認知症サポート医といった他の専門家との関係性や役割が大きく変わろうとしている。認知症疾患医療センターの多くは精神科病院が業務を担当し,BPSDで介護者が困ったときには精神科を受診するなどしてスムーズに対応できる地域の構築が求められている。認知症の連携加算などもその方向性を示すものである。認知症ケアパスにおける位置づけも明確化され,精神科は一般の医師との連携を深め,さらにその機能を高めることが重要である。また国の目標として地域包括ケアは,可能な限り一日も長く自宅で療養することを目的としている。そのためには地域が高齢者を支援するシステムが必要となる。すなわち精神科医の参画も必要である。
Key words:community care, care path, BPSD, outpatient clinic

●介護保険における認知症に対する治療的アプローチ
粟田 主一
 「生活をみる認知症診療」という観点から,今日の介護保険の治療的な意義を考察した。地域包括支援センターや居宅介護支援事業所の相談支援やサービスの利用調整には「積極的に傾聴し,共感し,信頼関係を構築する」「問題解決に向けてともに歩む」という理念がある。訪問サービスには「その人の生活の場,日々の暮らし,生活のしづらさ,不安な思いを理解しながら,具体的な生活支援を提供していく」という姿勢がある。通所サービスには「人と人との交流の場を創り,アクティビティーを高める」「健康管理を行う」「家族介護者を休息させる」「個々の人の症状や状態に合わせた個別的な生活支援を提供する」という特性があり,認知症の行動・心理症状の軽減効果が認められる。認知症の人の「生活支援」とは,相互に信頼し,尊重し,助け合う,人と人との関係性の構築を支援していくことにほかならず,そのような意味で精神療法的な意義を有している。認知症の人の暮らしを支える介護保険サービスの基盤には,そのような「生活支援」の理念が不可欠であろう。
Key words:long-term care, psychotherapy, home-visit service, day service, life support

■研究報告
●自殺関連行動を繰り返して入院した精神科患者の臨床的特徴
高浜三穂子  林 直樹  五十嵐 雅  今井 淳司  石本 佳代  徳永 太郎  岡崎 祐士
 現在,自殺関連行動(suicidal behavior : SB)を頻回に繰り返す患者が,救急医療機関や精神科診療において重大な問題となっている。それへの対応を進めるためには,頻回SBの既往の臨床的意味を把握することが重要である。本研究では,頻回SB患者の特徴を明らかにするために,都立松沢病院にSBを事由として入院した155人の患者に対する調査データに基づいて,対象患者を既往におけるSB(入院直前のSBを含む)が4回以上の頻回SB群と3回以下の非頻回SB群とに分け,両群の精神科診断やSBに関連した臨床的特徴を比較し,さらに頻回SBを簡潔に説明する臨床的特徴を選び出すためのロジスティック回帰分析(ステップワイズ法)を行った。その結果,頻回SB群では,境界性パーソナリティ障害や不安障害,気分障害の診断が多いこと,養育期の身体的虐待を認めることが多いなどの臨床的特徴が確認された。また,頻回SB群では,抑うつ症状,自殺意図,攻撃性,入院直前のSBによる身体損傷が重症であり,入院前の対人関係のライフイベントや悩みなどが多く認められていた。さらに,頻回SBを目的変数とするロジスティック回帰分析の結果では,境界性パーソナリティ障害,不安障害の診断,および精神病性障害がないことが頻回SBの関連要因であるという所見が得られた。これらの知見は,頻回SBを呈する患者が自殺ハイリスクであると考えられること,特定の精神障害と関連していることを示している。今後の課題は,これらの所見をどのように頻回SB患者の診断・治療において役立てるかについての検討を進めることである。
Key words:suicidal behavior, repeated suicidal attempt, borderline personality disorder, psychiatric diagnosis

■臨床経験
●醜形恐怖症状に情景付加幻聴を伴った3例
森山 泰  吉野 相英  今坂 康志  村松 太郎  加藤元一郎  三村 將
 他者等の存在を契機として生じる幻聴を情景付加幻聴と呼ぶことがある。この醜形恐怖症状に情景付加幻聴を伴った3例を報告する。いずれも醜形の確信は強固で妄想性障害に該当したが,それぞれ強迫スペクトラム圏,精神病圏,発達障害に伴う二次障害と考えられた。治療反応性も症例によって異なり,強迫スペクトラム圏と考えられた症例1ではSSRIが著効し,精神病圏と考えられた症例2ではSSRIにも抗精神病薬にも反応しなかった。発達障害を伴った症例3では抗精神病薬とatomoxetineの併用が有効であった。醜形恐怖症状に情景付加幻聴を伴った3例は症候学的に多様であり,その治療反応性もさまざまであった。
Key words:auditory hallucination associated with someone passing on the road, body dysmorphophobia, treatment response


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