●真のBPSDと偽のBPSD―パーソン・センタード・ケアの視点から―
水野 裕
急性期の認知症治療病棟を運営している経験に基づき,BPSDと呼ばれ,入院を求められる事例の多くは,認知障害があるがゆえに,本人の苦痛,ペース,習慣的な行動などが尊重されていないために引き起こされている「偽のBPSD」が多い。「真のBPSD」とは,いつでもどこでも,誰が対応しても殴り続けているか,噛み付き続けている人であって,場所や関わる人,環境が変わればなくなるものは「偽のBPSD」であると思われる。これらの起きる背景には,パーソン・センタードなアプローチから考えれば,「くつろぎ・アイデンティティ・愛着や結びつき・たずさわること・共にあること」のニーズが満たされないための興奮,攻撃的行動であると解される。しかし,これらが行われないのは,決して知識不足などではなく,「重度の認知症になったら,不快など感じないし,好きな色や場所などの感覚もない,ましてや対人関係など発生するわけがない」という固定観念や偏見(オールドカルチャー)が真の理由であると思われる。
Key words:dementia, BPSD, person-centred care, psychological needs, old culture
●妄想はどんなときに生じるか―BPSDの対応を再考する―
高橋 幸男
21年に及ぶ集団精神療法を試みた重度認知症患者デイケアの経験によれば,認知症の妄想は,統合失調症の妄想とは違い家族など身近な人をめぐって妄想に発展し,家庭内でトラブルになることが多かった。認知症の人が普段どういう思いで暮らしているのか,周囲の人たちとの間でどのような事態が生じているのかを知ることは,妄想など認知症の人のBPSDの発現機序を理解するのに役立つはずである。そこで認知症の人の言葉(つぶやきや手記)に注目した。多くの認知症の人たちの言葉から,認知症の人の不安やつらさの内実を知るとともに,認知症になることは身近な人とのつながりをなくすことだと知った。さらに認知症の経過には,妄想(BPSD)発現に至る多くの認知症の人に共通する心理社会的な特徴(“からくり”と呼ぶ)があることを見出した。妄想の発現機序を“からくり”を確認することで理解することができ,対応についても道筋がついた。
Key words:day-care for dementia patient with severe BPSD, group psychotherapy, BPSD, delusion, phobia about dementia
●デイサービス利用の意義―認知機能と「生活」の向上―
長沼 亨
わが国では介護認定を受けた高齢者の約半数に認知症がみられ,その多くは在宅で生活をしている。在宅生活を送る認知症高齢者と家族を支える介護サービスとしてデイサービスが挙げられる。2010年度時点で,介護認定を受けている在宅高齢者のおおむね4人に1人が利用しており,認知症患者の家族が介護から一時的に解放されるレスパイトケアとして期待され,認知症高齢者の在宅支援において重要な役割を担っている。もの忘れ外来通院患者においてデイサービスを利用している患者の認知機能低下抑制に好影響を与えるとの報告もある。デイサービスのサービス特性から,閉じこもり予防が間接的に好影響を与えることも示唆されている。デイサービスの有効性について非薬物療法の観点から考察する。
Key words:day service, cognitive function, The Japanese version of the Montreal Cognitive Assessment (MoCA-J), non-pharmacological therapy
●薬物を用いない認知症治療法―さまざまな非薬物治療の現在―
宮永 和夫
認知症疾患治療ガイドラインと補完代替療法の中から,認知症の中核症状やBPSDに有効と報告されている非薬物治療の概略を解説した。認知症疾患治療ガイドラインからは,現実見当識訓練や認知リハビリテーションなど認知に焦点をあてたもの,回想法やバリデーションなど感情に焦点をあてたもの,芸術療法など刺激に焦点をあてたもの,行動療法やリハビリテーションなど行動に焦点をあてたものの4アプローチについて述べた。補完代替療法からは,薬効食品・健康食品,アロマテラピーや温泉療法について述べた。また,その他の療法として運動療法を追加した。いずれもグレードC(科学的根拠はないが,行うように勧められている)だが,薬物療法に併用すべき重要な治療法と判断される。
Key words:cognitive rehabilitation, exercise therapy, medicinal food and health food, complementary and alternative therapies
●認知症薬物療法における副作用による生活機能低下
大石 智 宮岡 等
薬物療法では治療目的を達成するために効能効果を考えて薬剤を選択するとともに,治療目的の達成を阻害する副作用への対応は重要である。認知症薬物療法で用いられる抗認知症薬,向精神薬,漢方薬にも多くの副作用が生じうる。医師は副作用を理解し,副作用が生じた際には速やかな対応が必要になる。副作用への対応の鍵は早期発見である。だが認知症患者は副作用に伴う心身の不調を言葉で表現できないことが多い。このため副作用の発見は遅れやすい。さらに副作用に伴う心身の不調は,認知症の症状として認識されやすく,さらなる薬剤の追加や増量を招くことがある。副作用に伴う心身の不調は生活機能の低下として見出すことができる。生活機能の低下を見出すためには認知症患者の生活を観察することが必要になる。認知症薬物療法の適正化のためにも,各薬剤の副作用とそれがもたらす生活機能の低下を知り,「生活をみる」という姿勢をもつことが求められる。
Key words:pharmacotherapy for dementia, adverse event, life function
●認知症を取り囲むケアシステム―医師の立場から精神科外来との関係を中心に―
遠藤 英俊
認知症を取り囲むケアシステムは,新しい国の政策により大きく影響を受けている。精神科外来においても,かかりつけ医や認知症サポート医といった他の専門家との関係性や役割が大きく変わろうとしている。認知症疾患医療センターの多くは精神科病院が業務を担当し,BPSDで介護者が困ったときには精神科を受診するなどしてスムーズに対応できる地域の構築が求められている。認知症の連携加算などもその方向性を示すものである。認知症ケアパスにおける位置づけも明確化され,精神科は一般の医師との連携を深め,さらにその機能を高めることが重要である。また国の目標として地域包括ケアは,可能な限り一日も長く自宅で療養することを目的としている。そのためには地域が高齢者を支援するシステムが必要となる。すなわち精神科医の参画も必要である。
Key words:community care, care path, BPSD, outpatient clinic
●介護保険における認知症に対する治療的アプローチ
粟田 主一
「生活をみる認知症診療」という観点から,今日の介護保険の治療的な意義を考察した。地域包括支援センターや居宅介護支援事業所の相談支援やサービスの利用調整には「積極的に傾聴し,共感し,信頼関係を構築する」「問題解決に向けてともに歩む」という理念がある。訪問サービスには「その人の生活の場,日々の暮らし,生活のしづらさ,不安な思いを理解しながら,具体的な生活支援を提供していく」という姿勢がある。通所サービスには「人と人との交流の場を創り,アクティビティーを高める」「健康管理を行う」「家族介護者を休息させる」「個々の人の症状や状態に合わせた個別的な生活支援を提供する」という特性があり,認知症の行動・心理症状の軽減効果が認められる。認知症の人の「生活支援」とは,相互に信頼し,尊重し,助け合う,人と人との関係性の構築を支援していくことにほかならず,そのような意味で精神療法的な意義を有している。認知症の人の暮らしを支える介護保険サービスの基盤には,そのような「生活支援」の理念が不可欠であろう。
Key words:long-term care, psychotherapy, home-visit service, day service, life support