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■特集 その患者に睡眠薬は必要か―眠れないという訴えにどう対応するか―
●不眠治療の本邦での現状
越前屋 勝
 本稿では,厚生労働科学特別研究事業による国内の処方実態調査と,国際麻薬統制委員会による薬剤消費量の国際比較調査から,本邦における不眠症薬物治療の現状を概説する。診療報酬データを用いた処方実態調査によると,睡眠薬の1日あたりの平均処方力価はflunitrazepam換算で2005年は0.96mg/日,2009年は1.10mg/日であった。睡眠薬の単剤処方は全体の70%以上を占め,3剤以上の処方率は約6%であった。また,3ヵ所の私立精神科病院の診療録データを用いた処方実態調査では,高齢者ほど超短時間型,短時間型の処方率が増加し,逆に中間型,長時間型の処方率が減少する傾向が観察された。睡眠薬の併用剤数は,単剤投与が62.0%,2剤併用が28.1%,3剤併用が7.5%,4剤以上併用が2.3%であった。国際麻薬統制委員会の報告によると,日本のベンゾジアゼピン系鎮静催眠薬の消費量は諸外国と比べて突出して多かった。臨床医は,睡眠薬の多剤併用・大量処方に陥らないように注意していく必要がある。
Key words:insomnia, benzodiazepine, polypharmacy

●睡眠薬の作用機序
仙波 純一
 睡眠薬は大きくベンゾジアゼピン受容体アゴニストとメラトニン受容体アゴニストに分けられる。さらに最近オレキシン受容体アンタゴニストが承認された。また抗ヒスタミン薬や鎮静的な抗うつ薬なども催眠作用を期待して用いられることがある。ベンゾジアゼピン受容体アゴニストはさらにベンゾジアゼピン系睡眠薬と非ベンゾジアゼピン系睡眠薬に分類される。後者は前者よりも筋弛緩作用が弱く持ち越し効果が少ないとされる。メラトニン受容体アゴニストは睡眠覚醒リズムに働きかけ,催眠作用をもたらしていると考えられる。オレキシン受容体アンタゴニストは覚醒機能を司るオレキシン系を抑制して睡眠を導くとされる。不眠の治療の際には,その性質や原因などを評価した上で睡眠指導を行い,必要があれば作用機序などに基づき適切な睡眠薬を選択し,適切な期間投与することが望まれる。
Key words:hypnotics, benzodiazepines, GABAA receptor, melatonin receptor, orexin receptor

●その不眠をどう治療するか,あるいは治療しないか
色本 涼  仲秋秀太郎
 高齢者の不眠は,身体機能の低下や脳の生理的変化だけでなく,対人交流や外出の減少といった社会生活上の変化,精神疾患や身体疾患の合併など,多彩な要因を背景として起こる。その結果,日中の活動を阻害し,QOL低下,うつ病・生活習慣病・癌など,さらなる疾患発症の誘因となるものである。高齢者の不眠症を適切に治療することは,その健康維持に寄与する可能性を含んでいる。高齢者の不眠症に対しての薬物療法には副作用の観点から限界があり,治療法は非薬物療法が中心となる。非薬物療法には,睡眠衛生指導,睡眠制限療法,刺激制御法,認知療法などがあり,十分なエビデンスもある。最近では,これら従来の行動介入療法を洗練させ,簡便化,より汎用化する試みがなされている。また一方で,高齢者の不眠症に対しては,若年者ほど従来の行動介入療法が有効でないという報告もあり,光療法,運動療法,音楽療法などの生物学的観点からアプローチした不眠治療も注目されている。多彩な治療選択肢があるなかで,個々の患者の不眠の背景にあるものを評価しつつ,それぞれに応じた治療法を選択していくことが必要であろう。
Key words:insomnia disorder, cognitive behavioral therapy, sleep restriction therapy, stimulus control therapy

●小児の不眠の訴えに対する診立てと対応
岡田 俊
 小児やその家族の睡眠習慣の変化により,近年,わが国の小児の睡眠は夜型へとシフトしており,不眠を訴える小児も少なくないことが報告されている。不眠の評価には,本人や家族の活動状況,睡眠習慣や食習慣,肥満,アデノイド・扁桃肥大,小顎症,低緊張の有無などの身体的評価を行うとともに,睡眠日誌やポリソムノグラフィーを用いた睡眠状況の正確な把握などが求められる。睡眠障害は抑うつ障害や双極性障害,自閉スペクトラム症やADHDにも併存することが多いほか,抗精神病薬や中枢刺激薬の投与により不眠をきたすこともある。薬物療法においては,ベンゾジアゼピン系の睡眠薬は奇異反応をきたしやすいことから回避されており,melatoninやramelteonについて若干の報告があるのみである。しかし,実態としては,小児に睡眠薬が投与されている例も少なくないと思われ,この点についてのエビデンスの蓄積も求められる。
Key words:insomnia, children and adolescents, diagnosis, treatment

●その不眠をどう治療するか,あるいは治療しないか―気分障害―
栗山 健一
 気分障害には高率に睡眠障害が合併し,特に不眠の合併率は高い。気分障害に合併する不眠は多彩であり,症状ごとに適切な治療法も異なる。さらに睡眠時無呼吸症候群やむずむず脚症候群,そして抗うつ薬やその他の身体合併症治療に伴う薬剤性不眠等の2次性不眠の合併も鑑別する必要がある。不眠は気分障害の症状形成や悪化に影響を与え,気分障害の改善後も不眠症状が遷延し再発要因となり得ることから,不眠に対する独立した治療の導入は気分障害の治療上重要な戦略となる。合併不眠の適切な取り扱いは,治療薬の最適化・最小化にも大きく貢献する。
Key words:insomnia, hypersomnia, mood disorder, major depression, bipolar disorder

●その不眠をどう治療するか,あるいは治療しないか―急性精神病状態―
中村 満
 急性精神病状態では,多彩な精神症状の陰に身体疾患が潜んでおり,速やかな鎮静を行い,精神疾患の診断確定と身体的評価に並行して,心身の安定を図らなければならない。常に患者の観察と評価を行い,刻々と変化する状態に応じる必要があり,鎮静方法は,即応性と確実性,そして安全性と軌道修正が可能なものが理想となる。その具体的な手順について,日本精神科救急学会ガイドライン2009年版をもとに,最近の知見を加えて解説した。
Key words:acute psychotic state, insomnia, rapid tranquilization, emergency psychiatry

●その不眠をどう治療するか,あるいは治療しないか―せん妄―
八田耕太郎
 せん妄に必発である不眠に対する睡眠薬使用の是非を考える際,せん妄が起きる前の不眠と起きてからの不眠とに分けて論じる必要がある。前者では,せん妄予防効果を期待でき重篤な副作用のないramelteonが好ましい。後者では,不眠はせん妄の一部であるため,せん妄治療効果が実証されている抗精神病薬を原則的には単剤で用いる。いずれも,ベンゾジアゼピン受容体作動薬の出番はほとんどない。
Key words:insomnia, delirium, ramelteon, antipsychotic, hypoactive

●その不眠をどう治療するか,あるいは治療しないか―概日リズム睡眠―覚醒障害―
田ヶ谷浩邦  村山 憲男  深瀬 裕子*
 概日リズム睡眠-覚醒障害(CRSWD)とは,体内時計が作り出す睡眠覚醒パターンと,本人にとって望ましい社会生活スケジュールが一致しなくなり,さまざまな問題を引き起こす睡眠障害である。原因は様々であるが,精神科領域で多いのは,休職や自閉的生活による体内時計の同調因子減弱,向精神薬による起床困難が引き起こす睡眠相後退である。レストレスレッグス症候群により見かけ上睡眠相が後退しているように見えることがある。眠気を引き起こす向精神薬は通常無効であり,昼夜逆転を悪化させてしまう。米国のガイドラインでは,CRSWDに対して睡眠薬を用いないこととしている。治療は,向精神薬減量・置換など原因の除去,体内時計の同調因子強化である。同調因子強化は,拘束力のある生活スケジュール,適切なタイミングでの高照度光照射,適切なタイミングでの低用量メラトニンおよび低用量メラトニンアゴニスト服用による。
Key words:circadian rhythm, circadian rhythm sleep-wake disorder, bright light therapy, melatonin, melatonin agonist

●睡眠衛生教育―新12箇条を中心に―
内山 真  降籏 隆二
 睡眠衛生教育とは,良好な睡眠を促進あるいは妨害するような生活習慣や環境要因についての正しい知識や情報を提供し睡眠の改善を図る治療法である。睡眠障害治療における睡眠衛生教育の重要性は高まっており,睡眠医学の進歩を取り入れた包括的な睡眠指針が求められていた。このような要請を受けて厚生労働省は2014年3月に「健康づくりのための睡眠指針2014」を公開した。この指針の特徴は,第1に,指針作成の根拠となった研究のレビューを参考編として示したこと,第2に,ライフステージ別に具体的な生活に生かせる指針を提示したこと,第3に,身体疾患や精神疾患との関係で睡眠の重要性をとらえることを徹底させたことである。こうした特徴を踏まえて,本稿では「健康づくりのための睡眠指針2014」の内容を,臨床における睡眠衛生教育という視点から解説した。
Key words:sleep hygiene education, cognitive-behavioral therapy, insomnia, sleep deprivation, sleep disorders

●睡眠導入維持の方法―認知行動療法―
渡辺 範雄
 精神科医にとって,不眠は最も患者の主訴として聞かれる症状の1つである。そもそも一般人口において成人の約20〜30%に何らかの不眠症状があり,社会にとっても大きな負担を強いている。また,最近は他の精神疾患の罹患中に見られる不眠であっても,不眠そのものを治療すると不眠のみならずその精神疾患も改善することが示されており,不眠を原発性・二次性に分けていた従来のDSMによる診断も,DSM-5からはこのような呼称を廃し,不眠を併存疾患として捉えるように変化している。そして,不眠と併存疾患がある場合,2つの状態の因果関係を明らかにする必要はないと明記されている。このような認識の変化から,不眠に焦点を当てた治療の重要性もますます注目されている。不眠の治療には,薬物療法と非薬物療法があるが,前者は依存・耐性等の面から長期的に行うべきではなく,後者の非薬物療法,特に強いエビデンスがあって標準化された治療が不眠治療にとって重要なのは言うまでもない。本稿では治療技法,特に睡眠衛生教育と刺激コントロール法について,明日から実際に診療で利用しうる具体的な治療手順を解説する。
Key words:depressive disorder, sleep initiation and maintenance disorders, behavior therapy, randomized controlled trial

●睡眠薬の使われ方と中断方法―ベンゾジアゼピン系・非ベンゾジアゼピン系睡眠薬―
猪飼紗恵子
 ベンゾジアゼピン系・非ベンゾジアゼピン系睡眠薬を使用する際には,患者が訴える不眠症の分類を正しく行い,血中半減期の違いを考慮した上で,処方を行うことが重要である。また,処方時に患者に対する十分な説明を行い,生活指導も含めていくことも留意したい。睡眠薬の中断時には,適切な条件を評価し,反跳性不眠等を避けるようにするために,漸減法,隔日投与法等を使い分け,安全な中断方法を行っていくことが望ましい。
Key words:benzodiazepine, discontinue, hypnotics, insomnia, non-benzodiazepine

●睡眠薬の使われ方と中断方法―抗ヒスタミン薬―
吉田 祥  神林 崇
 「睡眠改善薬」として薬局で販売されている一般医薬品は,主成分として抗ヒスタミン薬であるdiphenhydramineを含む。Diphenhydramineの催眠鎮静効果について,これまで示されている研究データを紹介し,その使用法や安全性,副作用などについて検討した。持ち越し効果や耐性,インぺアードパフォーマンスといった問題から,睡眠改善目的での使用は短期間に限られるべきと考えられた。またヒスタミン関連分野は,創薬の面からも,インぺアードパフォーマンスといった副作用の面からも,最近注目を集めており,それらについても概説を行った。
Key words:diphenhydramine, promethazine, inverse agonist, impaired performance

●睡眠薬の使われ方と中断方法―抗うつ薬(trazodone,mianserin,mirtazapine)―
西田圭一郎  嶽北 佳輝  加藤 正樹
 睡眠への補助,導入に際し臨床で使われることの多い抗うつ薬であるtrazodone,mianserin,mirtazapineの睡眠作用と中断のタイミングに関して,薬理学的プロフィールとエビデンスから考察した。一見同じような睡眠障害改善効果を有するように見える,これら3剤であるが,受容体への親和性の特性や,半減期などを知ることで,より適切に使用できる。ただし,いずれの薬剤も中断時は離脱症状への注意が必要であろう。
Key words:anti-depressant, sleep disturbance, trazodone, mianserin, mirtazapine

●睡眠薬の使われ方と中断方法―抗精神病薬(levomepromazine,olanzapine,quetiapine)―
水野 裕也
 抗精神病薬は主に統合失調症の薬物療法で用いられるが,その一部は強い催眠・鎮静効果を有し,不眠に対し保険適応外で使用される。本稿では,不眠に対する抗精神病薬の作用機序,臨床研究における知見,臨床場面における使い方について概説する。睡眠の改善を主要転帰とした二重盲検プラセボ対照試験は少なく,長期的な安全性に関する検討も不十分であることから,個々の患者のリスクとベネフィットを慎重に評価した上で,限られた患者に対し用いることが望ましい。
Key words:antipsychotics, comorbid insomnia, hypnotics, pharmacotherapy, sleep

●睡眠薬の使われ方と中断方法―Ramelteon―
藤井 和人
 Ramelteonは本邦にて開発された世界初の選択的メラトニン受容体アゴニストの睡眠導入剤である。従来の睡眠薬とは異なる作用機序を持ち,鎮静,抗不安作用,運動失調,筋弛緩作用,認知機能障害,反跳性不眠,依存や薬剤耐性といった有害事象を有さない優れた特性の反面,催眠作用は既存薬より弱い。長期使用での有効性と安全性のエビデンスには乏しく,中断方法のプロトコルは確立していないため,今後さらなるデータの蓄積が待たれる。
Key words:ramelteon, melatonin, insomnia, circadian rhythm, hypnotic

●睡眠薬の使われ方と中断方法―オレキシン受容体拮抗薬について―
吉田 和生
 不眠症に対する薬物療法としてベンゾジアゼピン系睡眠薬が広く用いられてきたが,いくつかの副作用が問題視されている。この状況の中で,ベンゾジアゼピン系睡眠薬とは異なった作用機序を持つオレキシン受容体拮抗薬が注目を浴びている。Suvorexantは,Merck社が開発したオレキシン受容体拮抗薬であり,治験の結果からもその効果や安全性が示されており,新たな不眠治療薬として今後の展開が期待される薬剤である。
Key words:suvorexant, orexin, benzodiazepine

●睡眠導入に好ましくない薬剤―ベゲタミン・bromovalerylureaなど―
松本 俊彦
 睡眠障害の薬物療法では,依存性の高い薬剤,ならびに,致死性の高い自殺の手段となり得る薬剤を処方しないように心がける必要がある。たとえば,バルビツレート系睡眠薬や,バルビツレート含有の合剤であるベゲタミンR,あるいはbromovalerylureaは決して新規に処方してはならない薬剤であり,筆者は,今日の精神科治療には不要な薬剤であると考えている。本稿では,これらの薬剤の危険性に関する知見を整理するとともに,その他の睡眠障害の薬物療法に際して注意すべき事項について述べた。
Key words:barbiturates, bromvalerylurea, drug abuse, drug dependence, overdosing

■研究報告
●重症心不全患者の終末期医療での心理面接―心不全チーム医療における緩和ケアの一症例―
穴井己理子  木田 圭亮  丸田 智子  鈴木 規雄  明石 嘉浩  山口 登
 わが国において,医療におけるがん患者の緩和ケアは,「がん対策基本法」(2007)により急速に普及した。しかし,進行する慢性疾患である非がん患者の緩和ケア導入は滞っている。本論文では,治療抵抗性末期心不全状態にあると判断された一症例を呈示する。心不全はその進行が寛解増悪を繰り返し悪化するという経過を辿るため,予後評価が難しい。そのため,本人の意思の確認も難しく,患者のQOL向上,症状緩和や支持療法を重視する緩和ケアを実現しにくい。本症例においては多職種で構成された心不全チームが関わり,臨床心理士が定期的継続的に心理面接を行った。そして,①患者の意思決定,②抑うつ,不安の同定,③チームの心理的関わりとしての介入の提案など,臨床心理士の心理面接に基づいた理解や情報をチームで共有,連携することは,積極的治療から緩和,そして看取りへという治療方針や関わりの転換において有効であった。
Key words:heart failure, palliative care, team treatment, psychotherapy

■資料
●Gamblers Anonymous(GA)の参加者125人の臨床的実態
森山 成●(●は杉の右に木)
 Gamblers Anonymous(GA)に集う病的ギャンブラー125名の臨床的実態を,アンケートによって調べた。平均年齢は約45歳で,平均して週2回GAに参加し,平均3年9ヵ月ギャンブルをやめていた。ギャンブルの対象はパチンコ/スロットが6割,パチンコ/スロットがらみでないのは8%,女性はすべてパチンコ/スロットだった。これまでにギャンブルに使った金額は,約6割が1千万円以上で,半数が債務整理をしていた。精神科的合併症にはうつ病(15%)とアルコール依存症(9%)が多く,家族歴にもアルコール依存症とうつ病,病的ギャンブリングが散見された。GAの効用は,仲間との絆,気づきと内省,癒しの場,人間的成長,であった。
Key words:pathological gamblers, Gamblers Anonymous, comorbidity, amount of financial loss, abstinence


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