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■特集 持効性注射製剤の意義再考
●イングランドにおけるデポ剤の使用状況─南ロンドンの精神保健専門NHSトラストにおける経験─
赤沼のぞみ  David Taylor
 英国イングランドにおいて,抗精神病薬持効性注射剤(デポ剤)は,精神病(主として統合失調症)の治療の主要な選択肢となっている。デポ剤による治療は,主として,地域精神医療サービスにおける外来治療として行われている。第一世代抗精神病薬(first generation antipsychotics : FGA)のデポ剤は,1970年代後半から長年にわたり使用されている。最近,第二世代抗精神病薬(second generation antipsychotics : SGA)のデポ剤が相次いで上市され,その選択肢はさらに増えている。FGAデポ剤の用量対効果のエビデンスはほとんどなく,SGAデポ剤出現により使用頻度が減少した。いっぽう,単に治療効果のみならず,費用対効果や倫理的な側面から,デポ剤の選択アルゴリズムについて検討され始めている。本稿では,イングランドにおけるデポ剤治療の現況を,背景となる医療制度とともに紹介する。
Key words:antipsychotic depot, antipsychotic long acting injection, schizophrenia and psychosis, England, south London

●持続性抗精神病薬の用量の決め方
田鳥 祥宏  小林 啓之
 抗精神病薬の持続性注射剤(long-acting injection : LAI)は,服薬の自己中断や飲み忘れ等を回避しうる観点から, 統合失調症における服薬アドヒアランスの向上が期待されている。現在,非定型抗精神病薬のLAIとして,risperidone,paliperidone palmitateおよびaripiprazoleの三つのLAIが本邦で承認されている。この三剤の用法・用量には特徴的な違いがあり,その背景には各薬剤の物質特性,薬物動態,臨床試験結果など種々の要因が存在する。本稿では,これらのLAIの物質特性・薬物動態と臨床試験結果を解説し,LAIの用法・用量の決め方について考察した。
Key words:long-acting injectable atypical antipsychotic, schizophrenia, risperidone, paliperidone, aripi­prazole

●持効性抗精神病薬注射剤の薬物動態と臨床的考察
鈴木 映二
 持効性抗精神病薬注射剤は,プロドラッグとして合成されているものが多いが,最近はポリマーに有効成分を封入したものがあり,各薬剤の技術によって薬物動態が特徴づけられている。その有効成分は一般に最高血中濃度に達するまでに数日から十数日かかり,半減期は非常に長い。しかし,fluphenazine decanoateとlong─acting injectable risperidoneの場合は特徴的で,前者は初日に最高血中濃度に達し,後者は血中濃度が上がり始めるまでに3週間くらいかかる。Long-acting injectable risperidone以外は,4週ごとの投与で次第に血中濃度が上昇し,4〜5回目前後で定常状態に達する。しかし,paliperidone palmitateは初回に150mgを,1週間後に100mgを投与するという用法のため,開始数週間後に最も血中濃度が高くなる。血中濃度の個人差は分布の過程で生じやすく,開始時には経口剤以上に個人差を生じる可能性がある。日本で上市されているすべての持効性抗精神病薬注射剤の有効成分はCYP2D6で代謝される。この酵素の活性が低い遺伝多型を持つ人の多い日本人の場合は,用量を低くするべきかどうかあらかじめ検討することも必要であろう。
Key words:long-acting antipsychotic injections, pharmacokinetics, depot antipsychotics

●持効性注射製剤の注意すべき副作用
渡邉 純蔵
 持効性注射製剤の有用性は,その血中濃度を長い期間維持できる点にあるが,血中濃度が長期間維持されることが,特に致死的な副作用への対策における留意点となる。また,副作用による苦痛がその後の治療アドヒアランスに悪影響を与えれば,治療中断の可能性が高まる。持効性注射製剤の投与経路は経口薬と異なり,持効性注射製剤に特異的な副作用として注射部位反応がある。投与経路や薬物動態が経口薬と大きく異なることから,持効性注射製剤の使用に際しては,その投与経路や薬物動態を考慮した上で,個々の患者毎に経口薬との間で優位性を比較検討し,治療計画を策定することが求められる。
Key words:long-acting depot medications, drug-related side effects and adverse reactions, complications at injection sites, clinical pharmacokinetics

●デポ剤とドパミン過感受性
内田 裕之
 抗精神病薬の連続投与により引き起こされるドパミン過感受性と呼ばれる現象は,精神症状の悪化,抗精神病薬の効果減弱,遅発性運動系副作用との関連が示唆されている。脳内への安定した抗精神病薬の供給を実現するデポ剤を使用する際に,特に注意しなくてはならない。最近のデータを踏まえると,脳内ドパミンD2受容体の持続的遮断はドパミン過感受性を一時的に改善するかもしれないが,長期的には悪化する可能性が否めない。しかし,aripiprazoleのような部分アゴニスト作用を有する抗精神病薬はドパミン過感受性を改善する可能性もあり,そうした薬物のデポ剤の位置づけは異なるかもしれない。ドパミン過感受性に関連する症状の長期転帰を調査する介入試験といった臨床試験のみならず,抗精神病薬がドパミンD2受容体を遮断することによって引き起こす現象の基礎的メカニズムに関するさらなる知見が望まれる。
Key words:antipsychotic, depot, long-acting injection, schizophrenia, supersensitivity

●持効性注射製剤の患者への受け入れ促進をめざして─GAINアプローチを用いた患者との共同作業の試み─
八重樫 穂高  藤井 康男
 持効性注射製剤(LAI)は,その特性から,患者自身の受け入れや継続について,経口薬よりもはるかに慎重な配慮が必要な薬剤である。そして病識・病感が乏しく,治療へのモチベーションや同意判断能力に問題があるかもしれない統合失調症患者に,いかにして本剤を導入するのかという課題への回答は,現在,もっとも求められているものの1つであろう。本稿はまさにそのような目的のために開発されたGAINについて紹介したものである。GAINはAmadorが提唱したLEAPと呼ばれるコミュニケーション技法をLAI治療に応用したものであり,Goal setting(目標の立て方),Action planning(行動計画),Initiate treatment(治療の開始),Nurture motivation(動機をはぐくむ)という4つの段階の頭文字に由来する。精神科医療がメディカルモデルからリカバリーモデルに移行していく大きな流れの中で,この流れを取り入れたGAINは臨機応変に柔軟な対応ができるので,通常では説得が困難と感じられる患者にも応用できる技法であり,これを用いてLAI導入した2症例についても簡単に紹介した。
Key words:schizophrenia, long-acting injectable antipsychotics, patient acceptance, recovery model

●新旧デポ剤をどう使い分けるか─第二世代は第一世代より優れているか─
山下 佑介  三宅 誕実  宮本 聖也
 第二世代抗精神病薬(second-generation antipsychotic : SGA)の持効性注射製剤(long-acting injection : LAI)が最近相次いで上市され,本邦におけるLAIの選択肢は拡大した。服薬アドヒアランスの低下が再燃・再発に繋がりやすい統合失調症において,LAIの種類が増えた治療的意義は大きい。本稿では,本邦で使用可能な第一世代抗精神病薬(first-generation antipsychotic : FGA)のLAIとSGAのLAIの有効性と安全性,再発予防効果や費用対効果を含む有用性を比較検討した。SGAやFGAのLAIは,ともに優れた再発予防効果を有しているが,両者を直接比較したエビデンスは現時点で乏しい。今後はhead-to-headの無作為化比較試験により,これらの有効性や有用性の違いを前向きに検証していく必要がある。
Key words:depot antipsychotics, first-generation antipsychotic, long-acting injection, schizophrenia, second-generation antipsychotic

●デポ剤を急性期に用いる意義と問題点
宮田 久嗣  石井 洵平  小高 文聰
 持効性注射剤(long acting injection : LAI)のメリットは,血中濃度が安定していることである。すなわち,LAIは薬物濃度のピーク値が低いために副作用が軽減され,トラフ値が治療域に維持されるために再発予防などの臨床効果が安定する。このため,QOLやアドヒアランスが高まり,維持療法に優れた効果を発揮する。すなわち,LAIは第二世代抗精神病薬の有用性を高めるdrug delivery systemといえる。したがって,長期予後を見据えて,LAIを発病早期の統合失調症患者に使用し,寛解や回復などの高い目標を目指す治療戦略は合理的と考えられる。このような観点から,risperidone,paliperidone,aripiprazoleのLAIについて,急性期の統合失調症患者に使用する臨床的意義,問題点,具体的導入法について考察する。
Key words:long acting injection, acute schizophrenia, risperidone, paliperidone, aripiprazole

●経口薬と比較した抗精神病薬持効性注射剤(LAI)の再発予防効果
岸本 泰士郎
 再発は統合失調症患者のリカバリーの阻害因子である。再発はしばしばアドヒアランスの低下によって生じており,2週から4週に1度注射することで毎日の服薬が不要となる抗精神病薬持効性注射剤(LAI)の使用は,維持期薬物治療における重要な治療選択肢である。本稿では経口抗精神病薬と比較したLAIの再発予防効果のエビデンスをレビューする。筆者らが行ったランダム化比較試験に基づいたメタ解析では,LAIと経口抗精神病薬の再発予防効果に有意差は認められなかった。しかし無作為化比較試験においては選択バイアスなどから臨床におけるLAIの効果が必ずしも反映されていない可能性がある。一方,LAIの導入前後での入院のリスクや頻度を比較したミラーイメージ試験のメタ解析では,LAIが経口薬の効果を大きく上回っていることが示された。対照的な2つの試験デザインによる結果はそれぞれのデータの性質を理解し,注意深く解釈する必要がある。今後,LAIと経口薬の効果を検証するための研究デザインとして,1)実臨床に近づけたランダム化比較試験,2)両方向のミラーイメージ試験,3)コホート研究(被験者の重症度を一致させた集団の)を筆者は提唱する。
Key words:long acting injectable antipsychotics, oral antipsychotics, schizophrenia, relapse, comparative effectiveness

●第2世代抗精神病薬の持効性注射剤(LAI)の効果および継続率の検討とクリニカルパスの提案
竹内 一平  藤田 潔
 現在,日本では3種類の第2世代抗精神病薬の持効性注射剤(LAI)を使用することができる。今回我々は,2009年6月から2015年3月までの期間に当センターでLAIを使用した患者267名について効果および継続率を検証した。結果は入院中に導入した群より外来中に導入した群のほうが,継続率が高かった。また入院患者においては,急性期で導入した患者の平均入院期間は90日以内であったが,入院初日に導入した群と入院2日目から入院30日以内に導入した群に分けた場合,入院期間は前者が短かったものの継続率は後者が高かった。さらに導入に際しては,導入レジメン等の導入時における用量用法の不順守は,その後の継続率に影響があった。導入時期については急性期と慢性期では,その後の継続率に差はなかった。これらの結果から,急性期や慢性期に統合失調症のメインパスを補うコパスとして用いることができる多職種連携で行うLAIの導入クリニカルパスを提案した。パスを使うことでLAIの導入が標準化され疾患教育と入院期間の短縮が可能となる。
Key words:clinical pathway, LAI, continuation rate, risperidone, paliperidone

●デポ剤と医療倫理
宮地 伸吾
 デポ剤は注射剤であり強制投与することができる剤型であること,そして一度投与したら持続的に薬剤が体に残りすぐには体から排除できないなどの特徴を有しており,経口薬よりも倫理的配慮が必要となる薬物である。デポ剤の優位性を証明する情報は溢れているが,デポ剤の倫理的側面について論じた情報は少ない。医療倫理に正論はない。倫理的問題を感じる閾値を常に低くして,関係者で論理的なアプローチを用い協議すること自体が普遍的な倫理に近づける唯一の近道なのではないだろうか。本稿では医療倫理とは何かについて概説し,デポ剤を使用する際の医療倫理について述べた。
Key words:psychiatric ethics, long-acting injection, forcible medication, schizophrenia

■研究報告
●Clozapine投与中に血小板減少症を呈した統合失調症の一例
倉田 明子  住井 公美  清水 浩子  平岡 明人   藤田 洋輔  佐藤 悟朗
 Clozapineは治療抵抗性統合失調症に適応を持つ抗精神病薬であり,日本でも使用症例は増加している。Clozapineについては血液系の副作用に注意喚起がなされており,白血球減少症や無顆粒球症の報告が多いが血小板減少症は稀である。今回我々はclozapine投与中に血小板減少症を呈した症例を経験した。Clozapine開始から2週後より急速に血小板減少を呈し6.2万/μlまで低下したが,clozapineを含む薬剤の中止により速やかに改善し,血小板減少と処方の経過からclozapineを原因とする薬剤性血小板減少症が最も考えられた。血小板減少症は対応が遅れると出血傾向から重篤な状態を呈する可能性もあるため,clozapine使用中は白血球のみならず,血小板を含め他の血液系の異常についても注意を払う必要があると考えた。
Key words:clozapine, thrombocytopenia, blood dyscrasias, adverse effects

■臨床経験
●Carbamazepineにより薬剤性過敏症症候群drug-induced hypersensitivity syndrome(DIHS)を呈した強迫性障害,境界性パーソナリティ障害の1例
和田 明  花見 由華  菊池 信之  三浦 貴子  大塚 幹夫  國井 泰人  三浦 至  松本 純弥  丹羽 真一  山本 俊幸  矢部 博興
 Carbamazepine(CBZ)により薬剤性過敏症症候群(drug-induced hypersensiti­vity syndrome : DIHS)を呈した強迫性障害,境界性パーソナリティ障害の1例を報告した。症例は23歳,女性。CBZ投与1週間後に紅皮症,38℃以上の発熱,肝機能障害,リンパ節腫脹などの症状を認め,DIHSと診断され当院皮膚科に入院した。皮膚科病棟に適応できず情緒不安定で問題行動を認め,皮膚科スタッフは対応に苦慮していた。しかし,DIHSは重症薬疹で入院治療が必要であるため,患者の精神症状にも対応できるよう精神科病棟へ転科の上でDIHSの治療を継続した。DIHSの原因薬剤には向精神薬が複数あり,精神科医はその症状と経過について理解する必要があるとともに,一般病棟にDIHS患者が入院した際には,リエゾン精神医学的アプローチを用い入院初期から患者の治療に関わるべきである。
Key words:drug-induced hypersensitivity syndrome, carbamazepine, human herpes virus 6, obsessive-compulsive disorder, liaison psychiatry

●産褥精神病の再発予防に関する精神科的介入の可能性─Lithiumを予防投与した1例をふまえて─
齋藤慎之介  須田 史朗  齋藤こよみ  馬場 洋介  加藤 敏
 産褥精神病の再発予防としては,妊娠後期からあるいは分娩直後からのlithium内服の有効性が確立されている。しかしながら,本症は症状発現が産褥期に限定されることが少なくなく,そのため再発リスクが軽視され,産後再発が起ってから精神科へ診察依頼がなされるという可能性がある。症例は34歳妊婦である。33歳時,第1子分娩後に著しい精神運動興奮を伴う非定型精神病像を呈したが,その後は残遺症状なく寛解し,半年で治療終結した。34歳時に第2子妊娠・出産のため当院産科へ入院した。精神科医が介入し,分娩直後からlithiumの内服が開始された。以後精神状態は安定したまま経過し,再発は予防しえたと考えられた。再発予防の機会を逸しないためには,産科医は,高リスク群に対しては,たとえ症状がなくとも分娩前に精神科医への診察依頼を検討すべきである。また,発症した症例に関しては,再発リスクとその予防法について説明しておくべきである。
Key words:postpartum psychosis, lithium, prevention of relapse, atypical psychosis, bipolar disorder

●算数ドリルが妄想に有効であったレビー小体型認知症の一例
大川 愼吾  大西 道生  大植 正俊
 入院中に発生した妄想に算数ドリルが非常に有効であったレビー小体型認知症の一例を報告する。本例では,他人の家を自分の家と信じる誤認妄想に物が人に見える錯視が加わり,自分の家に泥棒がいるという盗害妄想に進展した。本例では,算数ドリルにより盗害妄想だけでなく誤認や錯視の訴えも消失した。算数ドリルによる効果について心理,および神経ネットワークの観点から考察した。
Key words:arithmetic drill, delusion, misidentification, DLB


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