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■特集 治療を進める上での病識,病感Ⅰ
●病識をめぐって
古茶 大樹
 病識は臨床的には非常に重要な概念だが,論じられる機会が少ない。Jaspersの病識と疾病意識の概念を紹介し,それに基づいて,病識を吟味するための問診の仕方,病気の知識から獲得される「病識」,詐病と匿病と病識との関連,過剰な内省から生ずる精神障害,病識と自己価値の問題について論じた。
Key words:insight, Jaspers, simulation, dissimulation

●病識の評価尺度
酒井 佳永
 1990年代のはじめに,病識を「重なり合うが互いに独立した複数の次元からなる現象」と操作的に定義した上で,測定尺度としての信頼性と妥当性を確保した,いくつかの評価尺度が発表された。The Schedule for Assessment of Insight(SAI)やScale to Assess Unawareness of Mental Disorder(SUMD)に代表される,これらの尺度を用いて,病識と重要な臨床的要因との関連や,治療コンプライアンスに対する介入の効果についての研究など,数多くの研究が行われ,重要な知見が積み重ねられてきた。その一方で,評価尺度によって病識の定義や評価する側面が異なっているために結果が一貫しないこと,これが知見を積み重ねていくことを阻害する要因となっていることも指摘されている。病識評価尺度を用いて実証研究を行う際には,それぞれの尺度が病識をどのように定義し,病識のどのような側面を評価しているのかを把握した上で,研究目的に合った尺度を選択し,尺度の特徴を考慮して考察を行う必要がある。
Key words:insight, schizophrenia, adherence

●統合失調症における病感(疾病意識),病識(疾病洞察)─治療導入・継続に向けた精神病理学の視点─
加藤 敏
 統合失調症患者が病に対しいかなる構えをもつかを考察するにあたり,Jaspersにならい疾病意識の術語を用い,病識と対置して論じた。統合失調症における病に対する構えの諸相を俯瞰し,疾病意識保持群は心気─体感症状を症状の前景に出すような身体レベルの疾病意識保持群,精神病恐怖をもつような精神レベルの疾病意識保持群に大別される。病識保有群には自らの自明性の喪失を自覚するアンネ ラウのような内省型統合失調症の一部の事例,あるいは,「あの時から病気がはじまった」という類の言葉を発する発病時を想起する事例などがあることを指摘し,病疾意識,病識を導きの糸にいかに治療導入をするのか論じた。病に対する患者の構えには,医学的視点に加えて実存的視点があるというJaspersの認識は評価に値する。精神科医が患者の病に対してとる構えにも医学的視点に加え,実存的視点が想定できる。統合失調症をかかえる人を病識欠如とする紋切り型の判断は,一個のかけがえのない実存としての患者を単なる病気に還元してしまう。一方的な医学的還元をすることは統合失調症に対しては反治療的でさえある。統合失調症患者は,基本病態に構造的な二重見当識の布置をもち,狂わない精神を保持しているという見解のもとに病識,病感について論じた。
Key words:insight, awareness of illness, double orientation, schizophrenia, psychopathogy, hopathology

●乏しい病識を持つ人へのアプローチ
中谷 真樹
 統合失調症における病識欠如はもっともよく観察される所見の1つとされており,長期における治療アドヒアランスに大きく影響する。病識はある/なしの二分法で区別されるものではなく,連続的なものであり,近年の研究ではその背景には疾病に対する否認や文化的な影響の他に認知機能の障害も想定されるようになった。乏しい病識はまた治療アドヒアランスに影響することが指摘されているが,その上で,病識を改善しアドヒアランスを改善しようとするさまざまな心理社会的な試みが行われている。AmadorはLEAP(Learn─Empathize─Agree─Partner)アプローチによって,アドヒアランスを改善するためには全般的病識を得るよりも,病気の(早期)徴候や治療による効果を得ることが重要であり,病識のこれらの側面にアプローチすることの必要性を主張している。本稿では病識は専門職との関係性により変化することを指摘するとともに心理社会的治療を概観し,乏しい病識を持つ人へのLEAPアプローチを紹介した。
Key words:inshight into disease, anosognosia, schizophrenia, adherence, LEAP approach

●服薬指導と病識─統合失調症患者に対する服薬指導が病識に及ぼす影響─
吉尾 隆
 精神疾患患者に対して服薬指導を行う場合,特に統合失調症患者では,病識がない,あるいは曖昧な場合が多く,治療を受けることを完全に納得していることは少ないと言われており,特段の配慮が必要となる。また,治療を受けることに対して不信感を持っている場合が多く見られる。服薬教育により知識・病識が有意に向上する,教育によりコンプライアンスが向上し,症状が軽減するといった報告があり,服薬指導が病識の獲得と向上に結び付く可能性もある。さらに抗精神病薬の飲み心地もアドヒアランスに大きな影響を与える可能性が指摘されており,錐体外路症状や飲み心地のような主観的な反応に注意しながら治療の最適化をはかっていく必要があると言える。病識には精神症状や薬物治療以外の因子も関連していることから,服薬指導のみでの病識の獲得や向上は困難であると考えられるが,少なくとも服薬アドヒアランスの改善は,患者自身が薬物治療に積極的に参加していくことを意味しており,薬物治療に対する満足度が向上すれば,病識の獲得と向上に結び付いていく可能性はあると考える。
Key words:schizophrenia, adherence, insight, drug consultation, antipsychotics

●病識に似た何かを妄想患者に見出す
小林 聡幸
 妄想患者が治療に結びつくのは何らかの病識があるからだろうが,単純に考えれば妄想と病識は相容れない。病識自体が妄想の産物ということもある。妄想の主題にはさまざまなものがあるが,妄想性障害の典型は復権妄想であろう。患者はこの世において不当な目に遭っており,侵害された権利を回復しろと憤っている。背後にある感情はルサンチマンである。妄想の背後に価値の転倒としてのルサンチマンが存在するとみておくことは患者理解に有用である。患者は妄想によって環界あるいは社会と鋭く対立し,治療者がどっちつかずの態度をとることを許さないような迫力がある。しかし妄想にはどこか病識がなければ言えないような台詞が混じる。妄想を語れば語るほど強固な体系を築き上げていくような患者は例外的な妄想患者のエリートであって,恐らく妄想は語るほどに反復するだけになるか,菲薄化していくのだろう。そこに病識のような何かが生ずるのではないか。
Key words:delusions, delusional disorders, schizophrenia, insight into illness, narrative

●双極性障害の病識と認知機能の障害
鈴木 映二
 双極性障害では,統合失調症に類似した認知機能の障害のパターンが見られ,そのことが前頭前野の障害と関係していることが示唆されている。病状を有する患者では高い確率で,寛解状態にある患者でも一部に障害が見られる。特に躁状態においては,その程度が重症であるほど病識の障害も重症になる。病識や認知機能障害は病相を繰り返すほど障害の程度が悪化し,それに伴って服薬アドヒアランスや生活の質が低下する可能性がある。また依存症の併存の有無が病識の障害に大きく関わっている可能性がある。したがって双極性障害に罹患した患者に対しては,なるべく早期の安定期に薬物治療や依存症のリスクについての心理教育を行うことが必要である。しかし一方で,病識が保たれているとセルフスティグマが高まり,自殺のリスクが高まる可能性もあるので細心の注意が必要である。
Key words:insight, bipolar disorder, cognitive functioning

●退行期メランコリーにおける病識欠如と自殺
古野 毅彦
 退行期メランコリーは否定的自己価値感情の高まり,原不安の露呈,自閉思考などが中核の病態である。自らを客観視する視座を失う人格全体を包括する体験構造の変化から病識欠如が生じる。患者は原不安に露呈されることで事態を異常に深刻に感じるため,また周りに罪や罰が及ばないように自らの精神内界を秘匿する傾向にあり,周囲も本人の内界の変化に気づかないことも多くここに匿病が成立する。本論文では周囲が本人の変化に気づかないまま自殺企図に及んだ一例を紹介,考察し,さらに退行期メランコリーと通常のうつ病との鑑別についても言及した。この病態の存在が少しでも疑われるなら自殺の危険性を常に念頭におき治療にあたることが大切である。
Key words:involutional melancholia, depression, suicide, insight, dissimulation

●認知症患者はどの程度の病識を持てるか
船木 桂  田渕 肇
 病識の欠如は,統合失調症をはじめ多くの精神疾患において認められ,認知症においてもごく初期の段階よりしばしば問題となる。本稿ではまず認知症における病識の程度の評価方法について述べた。病識は直接的に画像変化や検査値として測ることができるものではないため,その程度の評価には工夫が必要である。次に,最も頻度の高い認知症であるアルツハイマー型認知症(Alzheimer’s disease : AD),認知症への移行リスクが高い軽度認知障害(mild cognitive impairment : MCI),そして自覚的認知障害(subjective cognitive decline : SCD)について,認知症の重症度と病識の程度に関するこれまでの知見を紹介する。さらに,AD,脳血管性認知症,前頭側頭型認知症,レビー小体型認知症など認知症疾患別に病識の欠如の程度や,その特徴の違いについて概説した。最後に,病識の欠如に伴い臨床現場や日常生活において生じてくる問題(運転や告知など)について述べた。
Key words:subjective cognitive decline, mild cognitive impairment, Alzheimer’s disease, awareness, anosognosia

●てんかんと病識─「私」との距離から考える─
兼本 浩祐
 てんかんにおける病識の問題を,疾病否認および統合失調症と対比して考察した。てんかん性精神病は統合失調症と比べて治療脱落率が低いことを紹介し,関与する脳の基盤から3者を比較した上で,発作性カプグラ症候群と妄想性障害を念頭に,“Ictal fear” の重積の結果出現したカプグラ症候群には2分節性が欠けていることを指摘した。Penfieldの刺激実験でも実際のてんかん臨床でも人の声の幻聴はきわめて出現しにくいことに注意を喚起し,統合失調症の幻聴は基本的には病識欠如を一次的障害とする内言の質の変化であるのに対して,てんかんでは一次的に感覚が産出されそれが二次的・偶発的に病識欠如を併発することがあるのではないかという論考を行った。最後に「私」からの距離によって一連の病識を位置づける試みを行った。
Key words:loss of insight, epilepsy, ictal Capgrassyndrome, Edelman, auditory hallucination

●身体表現性障害に見られる「病識」について
井上 洋一
 身体表現性障害の疾患分類はいまだ試行錯誤の中にあり,明確な輪郭を持ちえていない。ICD─10では従来のヒステリーは解離性障害に分類されているが,DSM─Ⅲにおいては転換型ヒステリーは身体表現性障害に,解離型ヒステリーは解離性障害に分類された。DSM─Ⅲでは身体表現性障害に含まれていた身体醜型障害がDSM─5では強迫性障害に分類されている。身体表現性障害患者には冷静で客観的な病識が見られない。病識とは治療者が提出する客観的立場からの論理的説明を受け入れることであるとすれば,身体表現性障害患者が正しい病識を持つことは難しい。身体表現性障害の治療においてはいわゆる病識にこだわるのは得策ではない。症状についての医学的な説明を受け入れることができなくても,患者が生活の中で直面している具体的問題の解決に向かって努力を続けることが治療的である。
Key words:somatoform disorders, insight into disease, hysteria, conversion disorder, hypochondriasis disorder

●解離性障害の幻聴と人格交代についての病識
野間 俊一
 解離性障害の病識についての議論には,固有の難しさがある。身体的解離性障害としてのヒステリーにみられる「麗しき無関心」という特徴は,解離性障害患者の病識のもちにくさを示しているが,この特徴は解離状態において別の主体が現れ患者の主体性が変容していることに起源がある。解離性障害にみられる幻聴は,本人が病的であると気づいていることが多く,その意味で病識をもちうるが,内的表象と外界知覚との混交がみられるため,病識はつねに曖昧である。人格交代については,まったく気づいていない場合からその存在を過度に訴える場合まで一つのスペクトラムを形成しており,いい換えれば,患者の病識は不十分な場合も過剰な場合もある。解離症状は主体性の変容を基盤として状況依存的,構築的に形成されるため,その病識はきわめて特有である。患者の病識のもち方を知ることは,患者の苦悩への接近を可能にする端緒となりうる。
Key words:dissociative disorder, auditory hallucination, alteration of personalities, insight into disease, subjectivity

●パーソナリティ障害治療における「病識」と「語り」
林 直樹
 「病識」は,ごく有用な臨床的概念である。それは,主に精神病患者の診断の,そして患者の治療受け入れや治療進展の指標として役立てられてきた。しかしそこには,もっぱら精神医学的な疾病理解に依拠して(患者自身の病気観を軽視して)いること,疾病概念が十分確立している疾患でないと適用困難であることといった限界がある。パーソナリティ障害では特に,その疾患概念に混乱があること,問題の発生と持続に疾患そのものよりむしろ,患者のライフスタイルや人生観が深く関わっていることから,病識概念の適用が困難だと考えられる。本稿では,提示された症例の治療の中で,治療の受け入れや回復の過程において,患者自身の「語り」に見出される問題の捉え方が重要であることが示される。パーソナリティ障害の治療では,治療導入の手掛かりや治療進展を導く(もしくは確認する)着眼点として,「病識」もしくは疾病理解よりも,患者自身の「信頼と回復の語り」に大きい臨床的意義があると結論される。
Key words:insight into illness, personality disorders, narratives, recovery, trusting relationship

●中毒性精神病における病識─統合失調症との比較を通して─
松本 俊彦
 本稿では,典型的な中毒性精神病として覚せい剤精神病を取り上げ,国内外の先行研究が明らかにしてきた,統合失調症との症候学的相違に関する知見を整理したい。そのなかで筆者は,従来,「覚せい剤精神病では病識が比較的保たれている」という知見に対して異議を唱え,その反例として「包囲攻撃状況」を取り上げた。包囲攻撃状況は,覚せい剤という物質に特異的な現象ではなく,生活史のなかで培われた猜疑的な性格を基礎として,物質の薬理効果や置かれた状況,罪悪感などの精神状態が重畳して生じる現象であり,病的体験の内容は患者の生活史にとって親和性の高いものである。それだけにこの状態においては,かえって批判力や洞察が妨げられやすく,病識が失われやすい可能性を指摘した。
Key words:insight, methamphetamine, schizophrenia, substance─induced psychosis

■研究報告
●摂食障害の回復におけるリハビリテーションの有効性
鈴木 健二  武田 綾
 摂食障害のリハビリテーションを担っているミモザに3ヵ月以上通所したことのある患者を対象に,摂食障害の回復について調査分析した。75名から回答があり,平均年齢は34歳で,発症から平均17年が経過していた。ミモザ通所開始によって,入院者数も平均入院回数も大幅に減少し,平均救急搬送回数も減少していた。75名を,ミモザ通所期間1年未満の短期通所群28名と1年以上の長期通所群47名に分割して比較すると,長期通所群は症状消失者の割合が53%で短期通所群の29%より症状消失者が有意に多かった。またGAFのスコアなどの社会適応状態も長期通所群の方が有意に高かった。ミモザの利用の仕方において,長期通所群の方がミモザに頻回に通所し,勉強会,ミーティング,作業,食事会などのプログラムにも多く参加していた。以上から,ミモザは摂食障害の回復をサポートしていることが明らかになった。
Key words:eating disorder, recovery, rehabilitation, chronicity, MIMOZA

■臨床経験
●うつ病と見誤られていたphenytoin中毒の一例
岡田 剛史  齋藤慎之介  小林 聡幸  加藤 敏
 30代で外傷性てんかんを発症し,10年以上phenytoin(PHT)投与がなされていた60代女性にみられたPHT中毒の症例を報告した。食欲低下と活動性低下を主訴に前医入院となり,うつ病の診断で抗うつ薬による加療が開始され軽快した。PHT血中濃度が6.6μg/mlと低値であったため,250mgから300mgへの増量がなされたのち,食欲低下と活動性低下が再度出現したためうつ病の再燃が疑われ当科転院となったが,PHTの血中濃度が42.2μg/mlと著明高値であり,PHT中毒と診断した。PHTの血中濃度の予測は困難なことが多く,症状は非特異的であるため,典型的な中毒症状を呈さない場合であっても,PHT使用者においては血中濃度測定や身体診察が欠かせないと考えられた。
Key words:phenytoin intoxication, depression, diagnosis, cerebellar atrophy

●Escitalopramが有用であった自己臭症の1例
名越 泰秀  藤澤なすか  井上 彩子  福居 顯二
 自己臭症に対してescitalopram(ESC)が有用であった症例を報告した。本症例は強迫性障害に近縁の病態と考えられ,強迫性障害に対する有効性を有するESCが奏効したと考えられた。また,本症例は舌痛などの口腔内の症状を有しており,自己臭症状は口臭に関するものであったが,前薬のparoxetineで生じた口渇の副作用がESCへの切り替えで消失したため,副作用による症状の悪化を回避できたと考えられた。
Key words:olfactory reference syndrome (ORS), Taijin kyofusho (TKS), obsessive─compulsive disorder (OCD), selective serotonin reuptake inhibitor (SSRI), escitalopram

■総説
●精神科医に求められる死別反応への対応
大谷 恭平
 家族の死はいくつかある自殺の理由の一つであり,本邦では平成10年に急増したあとも現在年間3万人は切っているが依然として多くの自殺者が見過ごされたままとなっている。年齢層としては高齢者が配偶者など近親者の病気や死を契機としてうつ病となり自殺を選ぶ例が以前は多くみられた。しかし近年では男女ともに若年層においても自殺死亡率が過去数年で最も高くなっている。身近な人の死による喪失から生じる死別反応はほとんどが専門的な介入を必要としないが,時に症状が遷延したりうつ病などの精神医学的疾患を合併したりすることがある。死別反応とうつ病は症状に類似点が多いが異なる病態であり診断を正しく行う必要がある。本稿では精神科医が行う自殺対策の一つとして死別反応に注目した。これから死を迎える患者にリエゾン介入した場合に行う家族ケアを通した死別反応の対応に加え,精神科外来で遭遇した場合の死別反応の診断およびその対処方法についても述べた。
Key words:suicide, bereavement, depression, grief, consultation liaison


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