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■特集「身体症状症および関連症群」の臨床
●身体症状症の概念
磯村 周一  鬼塚 俊明
 身体症状を訴えるが,それを裏付ける病理学的変化,器質的身体疾患が認められない病態に対する診断名として,DSM-5(2013)において新たに「身体症状症および関連症群」のカテゴリーが作成された。このカテゴリーの主要下位項目である身体症状症の診断基準の要諦は,以前のように身体症状に対して医学的説明ができないことを強調するのではなく,むしろ陽性の症状および徴候(苦痛を伴う身体症状に加えて,そうした症状に対する反応としての異常な思考,感情,および行動)に基づくという点にある。身体症状症は,診断基準のオーバーラップが減少し中立的な表現となったため臨床現場で使用しやすくなったが,過剰診断に注意が必要である。将来的には,生物学的知見,表現型,治療反応性,症状の経過,併存症など様々な角度から臨床像を検討することで,身体症状症概念は,更に臨床的に有用なものになるであろう。
Key words:somatic symptom disorder, somatoform disorder, hysteria, DSM-5

●DSM-5によって失われた身体症状症に関連する歴史的概念
野間 俊一
 DSM-5で「身体症状症および関連症群」という新たな病態概念が登場し,それとともに「心気症」「身体化障害」という疾患名が消え去り,「変換症/転換性障害」には「機能性神経症状症」という疾患名が併記された。「心気症」には身体的徴候と,それに対する疾病不安という二節性が存在するが,DSM-5では身体症状のあるものは「身体症状症」へ,不安症状は「病気不安症」へと割り振られた。「転換」はそもそも心因を意味する心理機制だが,DSM-5の「変換症/転換性障害」では心因の項目が消え去り,さらに,「身体化障害」には精神症状の規定がなかったが,「身体症状症」には固有の精神症状が記された。「身体化」という表記が象徴しているように,これらの疾患群では心理的要因により身体症状が生じた病態と理解されていたのだが,DSM-5で病因論の排除を徹底したことから疾患の枠組みが変化し病名も変更されている。心身相関仮説は厳密な診断学にはなじまず,治療の文脈で意味をもつのかもしれない。
Key words:somatic symptom disorder, DSM-5, hypochondria, conversion, somatization

●身体症状症
宮地 英雄
 「身体症状症」は,DSM-5から登場した用語で,「身体化障害」の後継とされるが,「身体化障害」の診断基準では身体症状が厳しく規定されているのに対し,「身体症状症」では身体症状に対する思考,不安,行動を基準の核にしており,むしろ従来の「心気症」に近いとも言える。当然ながら「身体症状症」では「身体化障害」に比べ精神的問題について評価する必要がある。このような身体症状が関連した問題である疾患は,精神科医が初期段階で診察することはほとんどなく,身体科医が対応することになるが,課題としては,「身体症状症」は身体科医が使いやすく,精神疾患が診断されやすくなっていることである。また,診断基準の対象範囲を広げた影響から,治療アプローチを広いところからスタートさせなければならなくなったということも課題の1 つであろう。身体科医への警鐘,連携をどうするかということもまた,身体症状が関連した問題に対する普遍的な課題と言える。
Key words:somatic symptom, somatic symptom disorder, somatization disorder, hypochondriasis, pain disorder

●身体症状症,疼痛が主症状のもの(従来の疼痛性障害)
西原 真理
 DSM-5から身体症状症(疼痛が主症状のもの)が新しく登場したが,これまでの概念から大幅に変更されたものと言える。改善点は特に医学的に説明ができないという点や,心因について排除したことである。しかし,残念ながら患者視点から見ると不利益につながりかねない問題も抱えている。また,この病名は精神科だけに留まらず,今後他の診療科にも大きな影響を与えるものと考えられる。そこでこの小論では身体症状症について①DSM-Ⅳからのどの点が変わったのかを中心に診断基準の変遷,②実臨床においてどのように診断を行っていくべきかについてのプロセス,また③新しい概念が適応される時に発生しうる問題点,さらには④これから目指していくべき生物学的バイオマーカーとその意味について概説した。加えて提示症例を踏まえて診断を考えながら,考慮すべき検討課題についても述べた。
Key words:somatic symptom disorder, medically unexplained physical symptoms, mislabeling, diagnostic process, biomarker

●病気不安症(従来の心気障害)
新里 和弘
 DSM-5で新たな診断名として「病気不安症」が示された。これは,従来の心気症(心気障害)とほぼ同義である。特徴は重篤な疾患に罹患しているという病的不安にとらわれ,生活に支障をきたした状態である。2 事例を挙げその経過を示し治療の実際を示した。病気不安症では対象となる病気は癌に代表される重篤な疾患が多いが,近年認知症を過度に心配する「物忘れ恐怖症」の一群がある。その背景についても考察を行った。病気不安症は,医療希求型と,医療回避型に分かれることが知られており,特に前者では,ドクターショッピングに陥る可能性が高いとされている。ドクターショッピングに対する方策を,診療時の工夫のみならず,診療報酬制度のことも含め考察した。この「一人決めの病人」を周囲は大体は持て余している。治療者は家族が治療の阻害要因にならないよう目配りしつつ,薬剤の力も借りながら,とらわれからの脱却を目指すことになる。
Key words:DSM-5, illness anxiety disorder, hypochondriasis, mnemophobia, doctor shopping

●変換症/転換性障害(機能性神経症状症)
安田 貴昭  倉持 泉  吉益 晴夫
 DSM-5の変換症はDSM-Ⅳ-TR の転換性障害がそのまま引き継がれた形になっているが,心因に関する診断項目が削除され,診断名に「機能性神経症状症」という名称が併記されるなどの変更が加わっている。変換症に近い概念の症状として心因性非てんかん性発作があり,その診断や治療では心理的要因への配慮が必要とされる。心因の関連が示唆されるという点では,DSM-Ⅳ-TR の転換性障害に近い。変換症の診断では心因の関連を示す必要はなくなったが,DSM-Ⅳ-TR と同様に心理的要因の関連を否定しているわけではなく,患者の持つ心理社会的要因に配慮することにはいまだ重要な意味があると思われる。
Key words:somatic symptom disorder, somatoform disorders, psychogenic non-epileptic seizure

●作為症/虚偽性障害
安藤久美子
 作為症/虚偽性障害の本質的な特徴は,自分自身あるいは他者に対して,意図的に身体疾患あるいは精神疾患の徴候を作り出すことにある。本論ではDSM-5の定義に従って,自己に負わせる作為症と他者に負わせる作為症の2 事例を挙げ,それぞれの病理的特徴について考察した。臨床上,遭遇する機会はあまり多くはないかもしれないが,治療者の盲点をつく疾患であり,ヒステリカルな精神内界を理解する上でも重要な疾患と思われる。
Key words:factitious disorder, Munchausen syndrome, pseudologia phantastica, malingering, hysteria

●DSM-5における身体醜形障害─その診断や臨床像を中心に─
松永 寿人  松井 徳造  橋本 彩
 身体醜形障害(BDD)は,他人には意識されないような些細な身体的欠陥に関する過剰なとらわれを特徴とする疾患である。従来は身体表現性障害の一型として分類されていたが,DSM-5の改訂以降,強迫症(OCD)および関連症群に含まれるようになった。これは,BDD ではOCD との関連,あるいは病理・病態の共有が多角的に見られることや,とらわれの反応として過剰に繰り返される行動あるいは精神的行為を認めることなどによる。このためDSM-5におけるBDD の診断基準では,強迫スペクトラム障害としての特性が強調されることとなった。しかしBDD 患者では,とらわれについて妄想的信念を有するものが少なくなく,妄想性障害・身体型との鑑別がしばしば問題となる。またBDD がかつて対人恐怖症として捉えられてきた点は,社交不安症との関係性を示唆するもので,今後生物学的知見なども集積し,これらとの連続性や相違点をさらに検討すべきであろう。
Key words:body dysmorphic disorder (BDD), obsessive-compulsive disorder (OCD), obsessive-compulsive and related disorder( OCRD), social anxiety disorder( SAD), delusional disorder

●自己臭恐怖症の臨床
塩路理恵子  谷井 一夫  石山奈菜子
 自己臭恐怖は,森田以来の対人恐怖症研究において詳細に論じられており,自己視線恐怖とともに思春期妄想症,重症対人恐怖として論じられてきた。今回DSM-5では自己臭恐怖(jikoshu-kyofu)として,他の特定される強迫症および関連症に記載された。操作的診断基準の中での位置づけの揺れ動きからも,自己臭恐怖が対人不安(社交不安),強迫性,身体性,関係づけ(関係念慮ないし妄想性)が重なり合った病態であることが浮かび上がる。臨床では特に治療導入期において,症状の訴え,それにまつわる感情体験(恥の感情,罪意識,傷つきなど)を十分汲む必要がある。その上で症状を直接変えようとするのではなく,症状・不安のままにものごと・他者と関わる中で彼らが持つ卑小な自己像が変化していくことが望まれる。
Key words:jikoshu-kyofu, olfactory reference syndrome, social anxiety disorder, psychotherapy, Morita therapy

●慢性疲労症候群
岡 孝和
 慢性疲労症候群は6 ヵ月以上の長期にわたって強い疲労感を訴え,日常の活動が著しく障害される,いまだ原因が明らかにされていない疾患である。本稿では,2016年3 月に改定されたわが国の筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群の診断基準を紹介する。今回の診断基準では,双極性障害,統合失調症などの精神疾患は鑑別すべき疾患であるが,身体症状症および関連症群は併存疾患として扱うとしている。
Key words:chronic fatigue syndrome, myalgic encephalomyelitis, systemic exertion intolerance disease, somatic symptom and related disorders

●線維筋痛症
芦原 睦  井上 敦裕
 線維筋痛症(fibromyalgia:FM)は,疼痛を主症状とする原因不明の疾患である。現時点では治療法が確立されておらず対応が難しい。精神科を専門としている場合,疼痛など身体症状を有する患者を敬遠しがちだが,FM はうつ状態や不安等を合併する心身症と考えられるため,心身医学的アプローチが必須である。本稿では,FM の概念,診断と治療について解説した。
Key words:fibromyalgia, chronic pain, psychosomatic disease, non-opioid analgesics, autogenic therapy

●医学的に説明困難な身体症状─MUS(medically unexplained symptoms)およびFSS(functional somatic syndrome)─
岡田 宏基
 MUS(medically unexplained symptoms)は文字通り医学的に説明できない症状という幅広い疾患群概念であり,FSS(functional somatic syndrome)は自覚症状や苦痛の程度が想定されるよりも大きい疾患群で,すでに診断基準が確立しているものも含まれている。MUS の頻度はプライマリ・ケアの場では20%程度とされているが,香川県を中心とした調査では診療所ではそれより少なく,大病院での頻度が高かった。これらの患者への対応が困難である要因は,医師も患者も従来の「生物学的医学モデル」に従ってその病態を理解しようとするところにある。したがって,これらの患者への対応にあたっては,症状の成因を生物学的原因に求めないreattribution(再帰属)という概念転換が推奨され,その方向に沿ったMUS 患者への説明や症状コントロール方法が開発されている。
Key words:MUS, FSS, somatosensory amplification, reattribution, TERM

●身体症状症と精神分析
白波瀬一郎
 Freud, S. は転換ヒステリーの治療経験を通して精神分析を創始した。その意味で,精神分析は身体症状症と浅からぬ縁がある。その後の歴史を辿りながら,精神分析やそこから生み出されたものが,現在の身体症状症治療にどのように貢献しているかについて述べた。
Key words:hysterical personality, alexithymia, mentalization, attachment

●身体症状症の認知行動療法
吉野 敦雄  岡本 泰昌  神人 蘭  森 麻子  高垣 耕企  堀越 勝  山脇 成人
 身体症状症は,身体症状に対する過度な思考,感情,行動を主な特徴とする疾患であり,それらに対する効果的な治療法として認知行動療法が挙げられる。本稿では,これまで明らかとなっている身体症状症の認知・行動的メカニズムについて,実際の認知行動療法の治療効果,そして最後に当院における認知行動療法プログラムについて紹介する。
Key words:somatic symptom disorder, cognitive behavioral therapy, chronic pain

●「身体症状症および関連症群」の薬物療法
仙波 純一
 DSM-5で新たに作成された「身体症状症および関連症群」のカテゴリーにおける薬物療法について述べる。薬物療法については質の良い研究が行われておらず,第一選択としては認知行動療法などの心理社会的治療の有効性が強調されている。薬物療法と精神療法の比較も少ない。薬物療法では抗うつ薬の有効性がエビデンスレベルとしては低いものの示されている。選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)についての研究が多いが,セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)やmirtazapine の効果もほぼ同等と考えられる。ベンゾジアゼピン系の抗不安薬については有効性を示すエビデンスに乏しいだけでなく,乱用や依存性の問題から使用は推奨されていない。しかし,薬物療法は精神療法に比べて過小評価されているかもしれず,今後の開発が望まれるところである。
Key words:somatoform disorder, somatic symptom disorder, pharmacotherap

■研究報告
●治療に難渋した抑うつ症状と幻聴に対して修正型電気けいれん療法が著効したレビー小体型認知症の1 例
上田 淳哉  袖長光知穂  浅利 翔平  山下 圭一  宮本 聖也  堀 宏治  古茶 大樹
 レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies:DLB)は,病初期から抑うつ症状,幻覚,妄想など多彩な精神症状を呈しやすい一方で,薬物に不耐性を示すことが多く,診断や治療に苦慮する症例をしばしば経験する。今回我々は,薬物治療に難渋したDLB の抑うつ症状と幻聴に対して,修正型電気けいれん療法(modified-electroconvulsive therapy:m-ECT)が著効した症例を経験した。本症例は,複数の抗精神病薬や抗うつ薬に対して不耐性あるいは効果不十分であり,donepezil 投与後症状が増悪したが,m-ECTにより劇的に改善した。DLB にみられる抑うつ,幻視,パーキンソン症状に対するm-ECT の有効性を示唆する報告は散見されるが,幻聴への効果を示した報告はほとんどない。行動・心理症状に対する薬物治療が閉塞状況に陥ったDLB に対して,m-ECT は有力な治療手段の1 つになり得ると考える。
Key words:dementia with Lewy bodies, depression, auditory hallucination, electroconvulsive therapy, behavioral and psychological symptoms of dementia

■臨床経験
●強迫症患者の入院治療における多職種連携モデル─その有効性や留意すべき点について─
向井馨一郎  林田 和久  吉田 賀一  岡﨑 敏馬  徳谷 晃  松永 寿人
 強迫症(obsessive compulsive disorder:OCD)は,強迫観念と強迫行為を主症状とする疾患である。強迫症状は,患者自身の行動や生活に支障をきたすのみに留まらず,家族をはじめとする周囲の人々にもしばしば重大な影響を及ぼすことが多く,臨床経過が長期間に及ぶと,治療動機,対人関係,QOL など多面的に悪影響が広がることにより,さらに難治性となり慢性化する傾向がある。本報告では,当院の強迫症の入院治療プログラムを適用した難治性OCD 患者の治療経過を紹介し,その中で行った多職種チームとしての関わりを紹介したい。本症例を通して,精神科医がチーム医療のリーダーとしての役割を果たすためには,チームそれぞれの役割と目標を正しく認識し,それらをいかに統合的に活用するかを常に念頭に置いてマネージメントすることが重要と考えた。
Key words:obsessive compulsive disorder, hospital treatment, medication instruction, nursing care in hospital, shared decision making

■資料
●精神科病棟における超低体重神経性無食欲症の臨床的検討─2004年1 月から2013年12月までの10年間に経験した症例をもとに─
齋藤慎之介  吉成 美春  小林 聡幸
 自治医科大学附属病院精神科病棟で管理・治療が行われた,超低体重神経性無食欲症の臨床特徴を検討した。対象は最近10年間に当院精神科病棟に入院した神経性無食欲症71例であり,超低体重群(BMI<12kg/m2)は27例であった。低体重群(BMI -12kg/m2)44例と比較を行ったところ,超低体重群の入院治療の転帰は,自宅退院の割合が有意に低かった。また非自発的入院および経管栄養の頻度が有意に高かった。血液検査所見では,AST,ALT の有意な上昇,高ALT 血症の頻度の高さ,バイタルサインでは,低体温が特徴的であった。入院経過中の重篤な身体合併症,重度の低血糖,重度の肝機能障害および再栄養化に伴う低リン血症の出現の頻度が,有意に高かった。超低体重群の管理・治療環境については,このような身体的リスクの高さを十分考慮に入れた上で決定されることが望ましいと考えられる。
Key words:anorexia nervosa, eating disorders, medical complications, general hospital, psychiatric ward


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