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■特集 これだけは知っておきたい統合失調症Ⅰ
●主体性の精神病理学─“自我障害”から症状論・病態論・治療回復論について考える─
前田 貴記
 統合失調症は,原因,病態生理,それらに基づいた根本的な治療法のいずれも未解明であるため,その臨床は自然科学のみで解決するものではない。自然科学的説明からこぼれ落ちてしまうような事柄を掬い上げ,地道に精神病理学的論考を深めていくことが大切である。本稿では,統合失調症の精神病理学として,“自我障害”という切り口から症状論について,そして病態論,治療回復論を展開するための“主体性の精神病理学”について述べる。主体性の精神病理学は,精神病理学と自然科学としての生物学さらには脳科学との,ありうべき連繋を目指す試みであるが,これは統合失調症のみならず精神医学全体の課題であり,その一つのモデルとなればと考えている。
Key words:self-disturbance, subjectivity, agent, agency

●自閉について
清水 光恵
 自閉は統合失調症と自閉スペクトラム症(autistic spectrum disorders:ASD)を歴史的には接続するが,精神病理学的には峻別するものであり,そのありかたを見極めるのは現代の精神医学や精神病理学にとって不可避かつ枢要な課題である。本稿は,統合失調症とASD についてそれぞれ,他者の真似をしたという点で共通する症例を提示し,自閉との関係について考察した。それによれば,統合失調症における自閉は,脆弱な自己が外部に対して開かれてしまうのを抑えられない“自開4 ”の危機に対する儚い防衛である。一方ASD の患者は自己も,自己にとっての他者も,いまだ構成されずに未分化な状態にあり,それゆえに彼らは他者と向き合うことが不可能なため,孤立してしまう(定型発達者から見て)。これは自閉のような外観に反して,自閉以前なのである。
Key words:autism, schizophrenia, Bleuler, E., autistic spectrum disorders, self

●妄想知覚と真正妄想─その今日的位置づけ─
岩井 圭司
 妄想知覚は真正(真性)妄想の一型であり,統合失調症に特異的な症状であるとしてSchneider, K. の1 級症状にも取り上げられている。しかし,妄想知覚の出現率については国によって,また諸家によって大きな開きがあり,このことが統合失調症の診断指標としての妄想知覚が近年あまり顧みられなくなっている一因となっている。本稿では妄想知覚の概念範囲を整理した上で,妄想知覚がなおも有効な診断指標であること,そして統合失調症心性に接近するための手がかりともなることを述べた。
Key words:true delusion, delusional perception, sudden delusional idea, delusional mood, first rank symptom

●統合失調症に特徴的な幻聴
柴山 雅俊
 統合失調症に見られる幻聴について,頭の中から聞こえる症例と外の空間から聞こえる症例を提示し,「他者の先行性」や「ずれ」,さらに「割れたる共存」など統合失調症特有の構造が見られることを,安永理論(「パターン逆転」や「ファントム空間論」)を援用しながら検討した。それに対し,解離性障害の幻聴はフラッシュバック型だけではなく,迫害者,犠牲者,救済者といった交代人格に由来することが多く,トラウマの文脈が見えやすいこと,幻聴主体の表象・イメージが把握しやすいことなどを指摘した。統合失調症と解離性障害では,彼らの体験土台となる地盤のあり方が異なっており,治療においてはこうした構造について理解しておくことが重要である。また症候学的に鑑別困難な症例もあり,そうした症例については,慎重かつ柔軟に経過を追うことが必要であるとした。
Key words:auditory hallucination, schizophrenia, dissociative identity disorder, differential diagnosis, delusional perception

●統合失調症における思考障碍について
岡 一太郎
 まず精神医学史的な観点から,Bleuler, E. が統合失調症概念を提出した際に連合弛緩をその基本症状の筆頭に置くまでの経緯を粗描した。次にこの精神病理の具体的な様態を症例に即して記述し,生の一回性と言語の反復可能性の間の関係からBleuler の議論を再検討することを通じて考察を試みた。連合について正/誤,自然/奇妙という2 つの異なる座標軸を用いることでBleuler は,連合弛緩では正しいが奇妙である思考過程が問題になっていることを示唆していた可能性を指摘した。そのうえで連合弛緩は,個別主体の生の展開に基づく発話行為の全体的な「自然さ」が,個別主体の死後も失われない言語体系において正当化される部分的な「正しさ」によって侵蝕された病理として捉えられ得ることを論じた。
Key words:schizophrenia, loosening of association, Eugen Bleuler, language, life

●精神病後抑うつ
山科 満
 精神病後抑うつについて,英語圏の文献とわが国の伝統的な寛解過程論を対比させつつ検討し,治療上の重要性を指摘した。英語圏では抑うつ感情が強調されているが,わが国には急性期消退後に疲弊・消耗が前景に出ることがこの時期の本態と見なす立場がある。抑うつは,疲弊・消耗による諸症状が軽い場合や,この状態から脱して回復過程が進展する際に顕在化するといえる。抑うつが絶望に至ると自殺念慮が高まる。さらに「過去を含んだ未来指向の先鋭化」を伴う抑うつは,それ自体が再発の兆候として注意すべきである。抑うつに対して積極的に抗うつ薬を使用する意見もあるが,患者の自然回復力を重視するべきと考えられる。治療者には,彼らが抑うつを語りうる相手として「信」を得ることと,彼らのディグニティを保つべく細やかな配慮を継続することが求められる。
Key words:schizophrenia, depression, post-psychotic

●自我漏洩症状と思春期妄想症
野間 俊 一
 「自分の中の何ものかが外に出て周囲の人に影響する」と訴える症状を「自我漏洩症状」と呼び,思春期に自我漏洩症状が生じて持続する病態を「思春期妄想症」と呼ぶ。自我漏洩症状群では,自己臭や考想伝播などの自我漏洩症状に加えて,被害妄想などの影響症状が認められないことが特徴とされ,一部は統合失調症と診断しうる。一方,思春期妄想症は,自己臭,自己視線,醜貌についての恐怖症状と体感幻覚が存在し,病前性格には強力性と無力性という矛盾構造が認められて,統合失調症とは一線を画すると想定されている。いずれの病態においても,体感幻覚を有することと人格の崩れが見られない点が共通している。若者の間でかつて日本人固有だった「他者配慮」が見られなくなったせいか,近年わが国においてこれらの病態が相対的に減っているものの,思春期特有の対人過敏が妄想的に持続する症例は現在でも見られることから,これらの疾患概念の臨床的意義は大きい。
Key words:egorrhoe symptoms, adolescent paranoia, influenced symptoms, self-body, inter-personal sensitivity

●「統合失調症スペクトラム」(DSM-5)について─現代の統合失調症を知る─
杉原 玄一
 2013年にDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders 第5 版(DSM-5)が発表された。DSM-5の作成当初,次元的な視点の導入が計画されたが,科学的根拠に乏しく時期尚早と判断された。しかし,その視点は疾患群や各疾患群内の障害の配置,障害の評価などに反映されている。これを受け,精神病性障害の章では,統合失調症スペクトラムという用語が導入され,障害の構成が組み直されている。その過程で,統合失調症の診断がどのように変わったのか,もしくは変わらなかったのか,現代の統合失調症診断における問題点は何か,改善された点は何か,について概説する。
Key words:schizophrenia spectrum disorder, DSM-5, dimensional approach

●統合失調症亜型分類の有用性について
稲川 優多  小林 聡幸
 1980年にDSM-Ⅲが刊行されて以降,統合失調症は妄想型,緊張型,解体型,残遺型,鑑別不能型の5 つの亜型に分類されてきた。しかし,これらの亜型には診断の妥当性や継時的な安定性が乏しいため,DSM-5では亜型分類が廃止された。この歴史的変更は,亜型分類が疾患単位の概念として不適当であることを示している。一方Kraepelin は,亜型分類はあくまで「経過の諸型」を示すにすぎず,「諸型の間にはっきりと境を引くことは今日では不可能」とすでに指摘している。したがって,疾患単位の確立を目的とする操作的診断基準から亜型分類を廃止したことは,当然の成り行きとも言える。本稿では,DSM-5で亜型分類が廃止された背景と,統合失調症の概念史を辿り,統合失調症の亜型分類の位置づけを再確認する。そのうえで具体的な症例を提示し,実地臨床における亜型分類の有用性について考察する。
Key words:disorganized schizophrenia, paranoid schizophrenia, catatonic schizophrenia, treatment outcome, Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders

●統合失調症診断におけるSchneider の1 級症状の意義
針間 博彦
 統合失調症診断におけるSchneider の1 級症状の意義について再考する。Jaspers-Schneider の精神医学において,内因性精神病の診断は第一には発生的了解による生活発展の意味連続性の中断という方法論的診断であり,症状による診断はそれを補完するものである。1 級症状は形式が了解できない一次性の症状である点に診断的重要性があり,その評価には全体的な了解関連という視点が必須である。そうした前提に基づいて初めて1級症状は気分障害との,また解離性障害など非精神病性障害との鑑別を可能にする。
Key words:first rank symptoms, Kurt Schneider, schizophrenia, mood disorder, dissociative disorder

●プレコックス感について
広沢 正孝
 プレコックス感とは,統合失調症患者に相対したとき,観察者の内に起こる一種言いようのない特有な感情を指し,一般に直感診断に属する臨床概念とみなされてきた。しかし提唱者のRumke によれば,それは統合失調症の基本病理と表裏一体をなした臨床感覚と言え,きわめて人間的な(対人関係の中で顕在化してくる)疾患である統合失調症を捉えるにあたって,今日なお,その持つ意義は大きいものと思われる。しかしRumke の活躍した時代と現代とでは,患者を包む文化も精神医学における診断体系も異なっている。Rumke の精神病理学・人間学的理論に従うと,プレコックス感に関しても,現代精神医学に沿った記述に修正する必要が生じる。Rumke の言うプレコックス感とは,現代では「統合失調症患者,ASD(autism spectrum disorder)者,SPD(schizoid personality disorder)者などが持つ『双方向性の対人交流能力の発動不全』に起因する,観察者の内に起こる特有な感情」にまで拡大される可能性がある。
Key words:praecox feeling, schizophrenia, autism spectrum disorders, schizoid personality disorder, negative symptoms

●統合失調症の初期症状─これまでの研究概念の概観─
松本 和紀
 統合失調症の初期症状の問題に取り組んできた研究としては,統合失調症の初発例についてのConrad の事例観察,Huber らの基底障害概念,中安の初期統合失調症,Hafnerらの後方視調査などがある。近年は,統合失調症を含めた精神病への移行リスクが高いアットリスク精神状態(at─ risk mental state:ARMS)を,臨床的な症状や特徴によって規定する臨床的ハイリスク研究が成果を挙げ,ガイドラインを用いた普及も試みられているが,一方で,その限界についての議論もなされている。精神疾患の早期段階についての研究からは,精神病の分化多能性モデルも提案されており,精神疾患の発展過程については幅広い視点から議論がなされている。臨床的には,一部の症状から断定的に診断や予後を診立てるのではなく,症状を全体的に評価し,経過の中で慎重にその意味を理解していくことが大切だと考えられる。
Key words:schizophrenia, psychosis, prodrome, at-risk mental state, early intervention

●統合失調症の予後と転帰は改善しているのか?
渡邉 博幸
 統合失調症の予後と転帰は,その指標や観察期間などの評価方法の不統一や,国や地域における社会制度や文化の違いから,非常に幅がある。しかし,良好な回復を,症候学的・臨床的回復と機能的・社会的回復の両方を2 年以上満たすものとする等の厳しい基準に設定すると,先進工業国ではおおむね15%前後という結果が再現性をもって示されており,約70年間大きな改善がなされていないという厳しい指摘がある。また,近年,統合失調症の過剰死に焦点が当たっており,生活習慣やタバコ,アルコール,薬物の不健康な摂取による心循環系,呼吸器系の疾患による死亡率の上昇が問題視されている。これらの予後と転帰の課題を解決するためには,病態解明や薬物療法など治療法の開発はもちろんであるが,機能的・社会的回復の達成に必要な支援構造を,精度の高い研究手法や信頼性の高い知見を活用して,制度設計することが必要となる。
Key words:prognosis, outcome, recovery, standardized mortality ratio( SMR)

●統合失調症は本当に軽症化しているのか?
田中伸一郎
 本稿では,はじめに,「統合失調症は本当に軽症化しているのか?」を疫学的に検証することの不可能性についていくつかの理由を論じた。次いで,かつての精神分裂病の軽症化からこのテーマを説き起こし,個人的な臨床経験をもとにして軽症化した統合失調症の臨床特徴として,( 1 )精神病症状をほとんど認めない,( 2 )陰性症状が緩やかに進行する,( 3 )生活史上の断裂が目立たない,の3 点をまとめ,これを宮本らの論考を参照して「輪郭不鮮明型」と呼び,代表的な症例の提示と検討を行った。その上で,冒頭の問いに対して2 つの答えを用意し,そのいずれを選ぶとしても,21世紀の精神科医には臨床に立ち戻ることが要請されていることを指摘した。
Key words:mild type, psychological assessment, psychopathology, diagnosis, schizophrenia

●統合失調症の発病と発症
工藤 弘毅  針間 博彦  古茶 大樹
 統合失調症の発病と発症に関しては,Jaspers, K.,Schneider, K.,Huber, G. らがそれぞれの立場から論じてきた。本稿では,了解不能性,意味合法則性,意味連続性,基底症状などについての議論に触れながら,統合失調症を含む精神病を発症しているとはいかなることと捉えられてきたか,統合失調症などの身体的基盤が不明の精神病に発病因としてどのような可能性が想定されてきたか,また統合失調症の発病から顕在発症に至るまでについてどう考えられてきたかを振り返った。
Key words:schizophrenia, onset of psychosis, incomprehensibility, law of meaningfulness, basic symptoms

■総説
●統合失調症急性期における電気けいれん療法の有効性
長沼 英俊
 統合失調症急性期における電気けいれん療法(ECT)の有効性と有効性に影響する因子について検討した。ECT の有効率をみると,治療困難な初発例は100%,治療困難な中高年緊張型は93%,治療抵抗例は55%,clozapine 治療抵抗例は49%であった。最終ECTから再発までの期間(ECT 効果持続期間)の中央値をみると,中高年の非治療抵抗性緊張型は1 年超,中高年の治療抵抗性緊張型は7 週,治療抵抗例は8 週であった。Clozapine 治療抵抗性緊張型のECT 効果持続期間が18週である1 例を提示した。治療困難な初発例,治療困難な中高年緊張型のECT 有効率は高い。治療抵抗例において併用する抗精神病薬の投与量,年齢,罹病期間,今回の病相期間はECT の有効率に影響する。しかしclozapine治療抵抗例において年齢はECT の有効率に影響しない。
Key words:catatonia, clozapine, electroconvulsive therapy, relapse, schizophrenia

■臨床経験
●死別・葬式に関連して初発した老年期躁病の1 例─躁病発症のメカニズムと治療アプローチの観点から─
今中 章弘  高見 浩  小鶴 俊郎  福本 拓治  西山 聡  渡辺 隆之  新宮 智子  織田 一衛
 高齢化社会の到来に伴い,老年期には必然的に近親者との死別をはじめとした喪失体験を経験することが多くなる。死別に対する反応は様々であり,悲嘆に代表される通常の反応からうつ病,急性ストレス障害,心的外傷後ストレス障害,複雑性悲嘆,躁病などを認めるとされている。老年期に初発する躁病の文献的報告は少ないが,今回,死別と葬式に関連して老年期に初発した躁病例を経験したので,考察を加えて報告する。本症例は遺伝負因や病前性格を背景に,突然の近親者との死別体験に対する悲嘆が躁的防衛に発展し,断眠とともに促進的に作用して発症に至ったと考えられた。高齢者は器質的な脆弱性を有し,心理社会的要因にさらされやすいと言われており,死別というライフイベントは精神的に甚大な負荷を引き起こす。死別反応後のなんらかの精神徴候を主訴に来院した際は,経時的な症状の変遷に留意し,きめ細かい精神的ケアが肝要であると考えた。
Key words:bereavement, funeral, mania, senile, mechanism

●記憶障害とてんかん発作で発症した抗VGKC 複合体抗体陽性辺縁系脳炎の1 例
松岡 絵美  郷治 洋子  深津 孝英  兼本 浩祐
 症例は71歳男性で,記憶障害で発症し,経過の中で易怒性,低ナトリウム血症, 不眠,睡眠時異常行動,てんかん発作,幻視が出現し,レビー小体型認知症や,てんかんを疑われたが,後に初発の抗VGKC 複合体抗体陽性辺縁系脳炎と診断した。複数の病院で様々な臨床診断名がついており,発症から診断まで約1 年を要したことから,臨床検査所見を中心に詳細を報告した。
Key words:limbic encephalitis, anti-VGKC complex antibody, epileptic seizure, memory disorder

●口腔内セネストパチーが先行した前頭側頭型認知症の一例
中山 寛人
 当初,口腔内セネストパチーがみられていたが,後に行動障害型前頭側頭型認知症(behavioural variant frontotemporal dementia:bvFTD)と診断した50歳台女性例を経験した。前医では統合失調症と診断されていた。口腔領域に限定したセネストパチーは次第に消退し,抗精神病薬中止後も再燃しなかった。その後,無気力,無関心,共感性欠如,常同行動が前景となり,失語や実行機能障害も出現した。頭部CT や脳血流SPECT で前頭葉萎縮および血流低下を認め,これらの所見からbvFTD と診断した。bvFTD では幻覚妄想はきわめて稀とされているが,最近では精神病症状を合併しやすい遺伝子変異や神経病理の報告もある。本例の病態にも同様の基盤があるのかもしれない。今後,背景病理や遺伝子変異と症候との関連についてさらに検討を進めていくことが必要だと考える。
Key words:frontotemporal dementia, oral cenesthopathy, psychosis, schizophrenia


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