■展望
●精神科医の処方行動はどのように決定されているか?
中野 英樹 中村 純
精神医学領域においても近年,Evidence―Based Medicine(EBM)に基づいた医療,薬物療法アルゴリズム,治療ガイドライン等が発表されたが,まだ精神科医の間にそれらが浸透しているとはいえない。今回,我々は実際の臨床において処方行動がどのように決定されるかを独自のアンケートを用いて検討した。対象は北九州市近郊の精神科専門医62名であった。その結果,薬物治療の方針は「文献,論文に基づく」という者は少なく,ほとんどが「経験に基づく」治療を行っていることが明らかになった。今回の結果を最近施行された全国的な薬物療法に関する調査結果と比較すると理想と現実の医療には乖離が認められ,現状はEBMや薬物療法アルゴリズム,治療ガイドライン等が成立したとしても薬物療法に対する信頼性が未だ十分に確立されておらず,臨床医がそれらを受け入れるには時間を要すると考えられた。
Key words: prescription behavior, antipsychotics, atypical neuroleptics, mono―therapy, combination therapy
■特集 わが国の精神科薬物療法の特徴と問題点(それでいいのか、あなたの処方???)
●抗精神病薬の選択と多剤併用
宮本 聖也 大木 美香
2001年よりわが国でも4つの非定型抗精神病薬の経口薬がそろい,精神分裂病の薬物療法は新時代を迎えた。わが国で特徴的な多剤併用大量処方から新薬を用いた単純な処方に向けて,治療コンセプトを含めた考え方の切り替えを求めるキャンペーンが展開されている。しかし,我々はこれらの薬の特性を十分認識し,非定型薬の単剤処方の恩恵を,患者や家族に寄与できているであろうか? 従来型抗精神病薬の多剤併用に安易に新薬を上乗せしたまま放置され,かえって錠剤の種類と量が増えてしまっていないだろうか? 新薬への切り替え方法や切り替え途中に生じた諸問題について,臨床現場で混乱は起きていないだろうか? 本稿では,多剤併用に陥りやすいわが国の抗精神病薬選択と処方にまつわる問題点をまとめ,そこから脱却する現実的な方法,今後の抗精神病薬の選択と処方のあり方などについて今日的視点からあらためて考察してみたい。
Key words: polypharmacy, schizophrenia, atypical antipsychotics, switching, olanzapine
●抗精神病薬の用量
澤村 一司 鈴木雄太郎 染矢 俊幸
日本における精神分裂病患者の薬物療法は,欧米と比較して高用量・多剤併用である。その歴史的背景としては,haloperidol大量療法や多剤併用療法が見直されずに継続されていること,非定型抗精神病薬の導入が遅れたこと,さらに定型抗精神病薬から非定型抗精神病薬への切り替えが遅れていることなどが考えられる。定型抗精神病薬による高用量・多剤併用での薬物療法は,錐体外路症状などの有害事象が発現することもしばしばであり,患者のQOLや社会復帰の障害となっていることも少なくない。一方非定型抗精神病薬はこうした副作用の頻度が少ないといわれており,非定型抗精神病薬への切り替えの遅れがリハビリテーションに対する取り組みの遅れと密接に関係していると思われる。今後はこうした問題を踏まえた上で,積極的な非定型抗精神病薬への切り替えが行われ,定型抗精神病薬による高用量・多剤併用療法が改善されることを期待したい。
Key words: high―dosed typical antipsychotics, polypharmacy, side effect, atypical antipsychotics, rehabilitation
●抗うつ薬の多剤併用
野村総一郎
わが国では,大した論拠もなく複数の向精神薬の併用が治療早期から行われる傾向がある。これはうつ病治療に際してもみられる。多剤併用の問題点は数多くあり,抗うつ薬は単剤で用いるのが大原則であることは間違いない。しかし,一定のエビデンスがあり,必要なケースには,それが原則外であることを十分に自覚した上で,併用療法を行うことが必要になる。特に気分安定薬と抗うつ薬併用による強化療法の有効性はほぼ確定しており,早期から行いうる。しかし,抗うつ薬同士の併用療法(特にSSRIと三環系抗うつ薬)の妥当性についての論拠は十分に得られていない。
Key words: polypharmacy, augmentation therapy, combination therapy, SSRI, tricyclic antidepressants
●抗うつ薬の用量
上田 幹人 広兼 元太 下田 和孝
本邦において,三環系抗うつ薬(TCA)は,治療抵抗性うつ病に対し,副作用出現等の理由により十分量を投与されていない傾向があり,症状遷延化の要因の1つと考えられる。セロトニン選択的再取り込み阻害薬(SSRI)のうち,1999年からfluvoxamineが,2000年からparoxetineが日本に導入されているが,SSRIはTCAより副作用の出現が少ないため,十分量を投与しやすく,また,治療中断率も低い傾向にある。副作用出現のために投与量が不十分で,うつ症状が遷延化している症例に対して有効な治療手段であろう。
Key words: dose of antidepressants, refractory depression, selective serotonin reuptake inhibitor, tricyclic antidepressant
●精神病性うつ病に対する2001年度の薬物選択調査―1995〜1996年との比較―
沖本 啓治 大嶋 明彦 岩波 明 樋口 輝彦 加藤 進昌
2001年にわが国の194名の精神科医を対象として,精神病性うつ病の症例を呈示し薬物選択に関するアンケート調査を施行し,1995〜1996年度に行われた同様の調査結果と比較を行った。前回の調査結果と同様に,抗うつ薬と抗精神病薬を併用する方針を第一選択としたものが最も多かった。Amoxapineを第一選択とするものの増加,全体として電気けいれん療法(ECT)を施行するものの増加などがみられた。前回の調査結果でわが国に特徴的であったsulpirideの選択は減少しており,その代わり以前の調査後にわが国で使用できるようになった非定型抗精神病薬を選択するものが新たに出現した。三環系抗うつ薬の選択は依然として高い割合を占めたが,近年用いることができるようになったSSRI,SNRIを選択したものも少なからずみられた。気分安定薬の併用を選択するものの割合は多くはなかったが,前回よりは増加していた。最も多かった全体の治療の流れは前回と同様に,まず抗うつ薬と抗精神病薬を併用し,その効果が不十分な場合は抗うつ薬を変更,さらに治療効果が不十分な場合はECTを施行するというものであったが,前回より多くの精神科医がこの方針を選択する傾向にあった。全体的に米国およびわが国で近年作成されたアルゴリズムに則った治療を選択する傾向が前回より増加しており,アルゴリズム作成の結果がわが国の精神科医の処方行為にfeedbackされていると考えられた。
Key words: algorithm, psychotic depression, antidepressant, questionnaire
●抗精神病薬,抗うつ薬と抗不安薬の併用
東 英樹 古川 壽亮
抗精神病薬と抗不安薬の併用については,MEDLINEで検索された,主に精神分裂病患者を対象とした無作為割り付け比較試験を調査し,急性期と慢性期における併用効果を検討した。これらの研究から,精神分裂病あるいは躁病の急性期の焦燥,興奮などに対して抗精神病薬と抗不安薬を併用した場合,経口あるいは筋肉内投与でも,治療初期において効果,投与量,および錐体外路症状などの副作用に関しては,臨床的な意味があると考えられた。効果出現後に抗不安薬をどの位の期間使用するかは不明であった。精神分裂病の慢性期に抗精神病薬と抗不安薬を併用した場合,陰性症状に対して,併用後1,2週間は効果のあることが示唆された。抗うつ薬と抗不安薬の併用については,コクランライブラリーのFurukawaらの系統的レビューによると,うつ病患者では,治療初期に抗不安薬を併用したとしても,2〜4週の併用後は徐々に抗不安薬の減量をする必要性が示された。
Key words: antipsychotic agents, antidepressive agents, benzodiazepines, combination therapy
■原著論文
●Fluvoxamineの効果・副作用に関する血中濃度とうつ病関連遺伝子多型との関連研究
小菅麻子 巽 雅彦 田辺祐二 田中克俊 小林カオル 大坪天平 千葉 寛 上島国利
Selective serotonin reuptake inhibitor(SSRI)の作用部位となるセロトニントランスポーター(5―HTT)遺伝子が抗うつ薬治療反応性を規定する要因と考えられている。我々は,うつ病患者におけるfluvoxamine服用後の抑うつ症状の変化と不快な副作用についてprospectiveに評価を行った。またserotonin transporter(SERT)遺伝子の多型性と服用中のfluvoxamineの血中濃度との関連性についても調べた。その結果5―HT transporter linked polymorphic region(5―HTTLPR)多型の違いによってハミルトンうつ病評価尺度得点の減少の仕方に違いがあることが認められた。副作用に関しては有意な差は認められなかったが,5―HTTLPRのs/s型の方がfluvoxamineの服用2週後の血中濃度が高い傾向が認められた。このことより,5―HTTLPR多型が経時的なfluvoxamineによる効果の予測因子の1つとして考えられた。
Key words : serotonin transporter, gene polymorphism, major depression, fluvoxamine, side effect, plasma level
■症例報告
●Olanzapineにより遅発性ジストニアが改善した2症例
五十嵐 潤 杉原克比古 姜 昌勲 岸本 年史
精神分裂病の治療において,抗精神病薬に伴う錐体外路症状をはじめとする種々の副作用で,正常な回復過程が妨げられている症例が数多く認められる。非定型抗精神病薬ではそれらの副作用が軽減され,分裂病者の回復促進に大きく寄与するであろうと期待されている。今回olanzapineを投与することで,重篤な遅発性ジストニアが著明に改善した2症例を経験したので報告した。(症例1)37歳,男性,精神分裂病:従来薬の減量を契機に出現した遅発性(頸部)ジストニアが改善した。(症例2)63歳,男性,悪性症候群の既往を持つ精神分裂病:数年間持続した遅発性(体幹)ジストニアが軽快し,QOLが著明に改善した。olanzapineの弱いムスカリン受容体拮抗作用,線条体ドーパミンD2受容体占有率の低さ,中脳辺縁系および大脳皮質前頭前野への選択性などがジストニアの改善に関与したと考えられた。
Key words : tardive dystonia, antipsychotics, olanzapine, atypical antipsychotics