■展望
●精神科薬物治療における反応性をどう予測するか
近藤毅 兼子直
向精神薬の治療効果や副作用などの薬物反応性について,治療前および治療初期におけるそれらの予測指標に関わる諸因子を包括的に検討し,本分野における今後の研究についても展望した。治療反応性は病前性格や精神疾患の類型・症候学により異なることが示唆されており,一部の副作用については性別および年齢などの生物学的因子の関与も指摘されている。また,薬物濃度モニタリングなどの薬物動態学的指標や,モノアミン代謝変動およびプロラクチン反応などの内因性の生物学的指標も薬物反応性の客観的な予測に有用性を示す場合がある。近年では,薬理遺伝学的アプローチを用いた治療後の薬物動態や臨床反応の予測が模索されており,今後のさらなる研究成果が期待されている。これらの知見が総合的に集積されることにより,将来的に根拠に基づいた治療反応性の客観的診断が可能となり,合理的かつ効率性に優れた精神科薬物療法が確立されることが望まれる。
Key words : psychotropic drug,prediction,treatment response,adverse effects,pharmacogenetics
■特集 精神科薬物治療における反応性予測
●抗精神病薬と反応性予測――選択的ドーパミン遮断薬の反応性予測とゲノム解析――
古郡規雄
Dopamine D2受容体(DRD2)遺伝子上にあるTaq1 A多型の中でA1アレルを持つ症例と,DRD2遺伝子のプロモーター領域に存在する―141Ins/Del多型の中でDelアレルを持たない症例は,脳内DRD2の密度が低い。そこで,本稿ではDRD2遺伝子多型を中心に選択的dopamine遮断薬の臨床反応性について総括する。A1アレルを持つ統合失調症患者群ではA1アレルを持たない群に比べ,全般的な症状および陽性症状の改善率が有意に高かった。Delアレルを持たない患者群では不安―抑うつ症状の改善率が高かった。A1アレルを持つ女性とCYP2D6変異遺伝子を持つ男性ではプロラクチンの反応性が高かった。また,CYP2D6欠損者では錐体外路症状スコアが高く,悪性症候群の既往のある患者ではA1アレルを持つ頻度が有意に高かった。以上より,これらの遺伝子多型は選択的dopamine遮断薬の臨床反応性を予測する上で有益な生物学的指標になりうると考えられる。
Key words : dopamine D2 receptor, Taq1 A polymorphism, ―141C Ins/Del polymorphism,
CYP 2D6, selective dopamine antagonists
●抗精神病薬の反応性予測――Risperidoneの反応性と候補遺伝子多型――
山之内芳雄 岩田仲生 鈴木竜世 尾崎紀夫
抗精神病薬反応性の個人差を予測すべく様々なアプローチで研究が行われているが,その中でrisperidoneの反応性を予測する遺伝子多型の検索は端緒についたばかりである。今回risperidone単剤投与を8週間行った64例の統合失調症およびschizophreniform
disorder患者において,6つの候補遺伝子上の10多型につき,症状因子に着目して反応性との関連を検討した。同じ遺伝子上の複数多型の検討には,より正確に個人の遺伝子型を推定すべくハプロタイプ解析を試みた。結果,ドーパミン2受容体遺伝子上の2つの多型であるTaqIA,―141delCにおいて,A1とInsの組み合わせが推定される対象は,risperidoneの不安/抑うつ症状の改善が有意に低いことが示された。これは,ドーパミン2受容体の発現量とrisperidoneの受容体占拠率が影響すると考えられた。しかし,対象の均質性や例数,また候補遺伝子多型検索の限界もあり,今後より網羅的な検索が望まれる。
Key words : risperidone, pharmacogenetics, schizophrenia, dopamine 2 receptor
gene(DRD2), anxiety/depression symptoms
●抗精神病薬と反応性予測――プロラクチンとホモバニリン酸(HVA)の変化から――
油井邦雄 西嶋康一 恩田浩一 倉持素樹 加藤和子 片山仁 加藤敏 新井進
プロラクチン(prolactin,PRL)とhomovanillic acid(HVA)の血漿濃度は抗精神病薬に対するtuberoinfundibular―mesolimbic
dopamine(DA)系の反応性を示すとされている。私達は統合失調症の65例をBleulerの類型分類に準じて経過類型に分けて検索した。寛解―再発の反復や陽性症状を示す症例では高値であり,陰性症状を持つ群は低値であった。従来の諸報告でもPRLとHVAの高値は抗精神病薬(定型>非定型)のDA系の遮断作用を示す指標とされている。PRLは抗精神病薬によって分泌が促進され,また,女性で高値になるものの,これらの影響因子を超えてtuberoinfundibular―mesolimbic
DA系の機能状態を反映するものであり,抗精神病薬のDA遮断作用の有効性を知る指標になり得る。HVAはこのような因子の影響を受けずに直接mesolimbic
DA系の遮断作用の進行度を示し,遮断作用に対する反応性の指標になる。
Key words : schizophrenia, plasma levels,
prolaction, homovanillic Acid(HVA), predictor
●抗うつ薬と反応性予測――SSRIを中心に――
鈴木雄太郎 染矢俊幸
本邦においてもうつ病に対して三環系抗うつ薬に加えてSSRI,SNRIなどが使用できるようになったが,現状では副作用を考慮して薬剤選択を行っているだけであり,抗うつ効果の違いに基づいてそれぞれを使い分けているのではない。これまでうつ病の各症状,病型,重症度などの臨床的特徴や薬物動態学的特色,薬剤の作用部位,SSRIについては特にセロトニン・トランスポーター遺伝子多型などからSSRIの臨床効果を予測しようとする報告が国内外で数多くあった。我々は日本初のSSRIであるfluvoxamine(FLV)発売後から臨床研究を開始し,うつ病の臨床的特徴,FLVの血中濃度などの薬物動態学的特性,FLVの作用部位であるセロトニン・トランスポーター遺伝子多型などからどの程度FLVの臨床効果を予測できるのかを検討している。本稿では我々の結果を示しながら,SSRIの臨床効果予測因子について考察する。
Key words : SSRI, clinical response, TDM(therapeutic drug monitoring), serotonin
transporter, fluvoxamine
●抗うつ薬と反応性予測――SNRIを中心に――
樋口久 吉田契造
抗うつ薬の治療反応性を予測するために,薬物動態学的研究,神経内分泌学的研究,最近では薬理ゲノム科学的研究などがなされてきた。三環系抗うつ薬に関しては,血中濃度からその治療反応性を予測するためのいくつかの知見が得られているが,milnacipranについては,治療有効濃度域は現在のところ見つかっていない。Venlafaxineがメランコリーを伴う大うつ病患者に対してSSRIよりも有効性が高いとする報告がある。うつ症状の重症度など症状論からSNRIの治療反応性を予測する研究が必要である。セロトニントランスポーター遺伝子の遺伝子多型とSSRIの治療反応性の相関を調べる研究が始まっている。SNRIの治療反応性に関する薬理ゲノム科学的研究は現在のところ皆無であり,今後の研究が期待される。
Key words : SNRI, antidepressant response, plasma concentration, pharmacogenomics
●抗うつ薬,抗精神病薬と反応性予測――モノアミン代謝の変化から――
吉村玲児 上田展久 新開浩二 中村純
われわれは血中モノアミン代謝産物の動態から,抗うつ薬や抗精神病薬への治療反応性予測ならびに副作用発現予測を行った。その結果から,1)血中3―methoxy―4―hydroxyphenylglycol(MHPG)高値群はfluvoxamineに反応しやすく,血中homovanillic
acid(HVA)低値群はsulpirideに反応しやすい。2)血中MHPG低値群はmilnacipranに反応しやすく,高値群はparoxetineに反応しやすい。3)fluvoxamine投与後の血中5―hydroxyindoleacetic
acid(5―HIAA)濃度高値群が吐気の出現に関連している。4)risperidoneによる陰性症状の改善はノルアドレナリン神経系を一部介している。5)血中HVA高値群はrisperidone投与により陽性症状が改善しやすい。などの可能性が示唆された。
Key words : prediction, depression, schizophrenia, MHPG, HVA
●精神科薬物治療と反応性予測――創薬の立場から――
劉世玉 藤田芳司
薬物反応性(効果,副作用,体内動態)が個体差,人種差,性差,加齢などによって大きく影響されることは広く知られている。現在の医薬品は,大規模な臨床試験成績を統計学的に解析し,『平均値』として有効性を判定して承認されてきたわけであるから,性別,遺伝的背景,環境要因など多様性に富む患者に幅広く処方されれば,薬物反応性に個人差が生じるのは当然といえる。精神科領域の薬物治療においても例外ではなく,特に,向精神薬の酸化的代謝に大きく関与するCPY2D6やCYP2C9などの遺伝子型を調べることで,薬物動態学および薬力学の観点から反応性を予測することが試みられている。一方,遺伝子解析研究の進展により,薬物感受性の個人差に着目した薬力学的研究からもいくつかの受容体遺伝子多型が向精神薬の治療反応性に影響を及ぼすことが示唆されている。従来法では遺伝子多型から確実に薬物反応を予測できなかったが,全ゲノム領域での変化を読み取る一塩基多型(SNP;Single
Nucleotide Polymorphism,スニップ)が普及した現在,ファーマコジェネティックス(薬理ゲノム)で個々の患者における薬物反応性,副作用の発現などをきめ細やかに予測できるようになるであろう。本稿では,精神科薬物治療の反応性を予測するにあたって,ゲノム情報を駆使したファーマコジェネティックスがどのように使われているか紹介する。
Key words : SNPs, haplotype, pharmacogenetics, responder, non―responder
■原著論文
●Paroxetine血中濃度に及ぼす用量とCYP2D6遺伝子多型の影響
澤村一司 鈴木雄太郎 川嶋義章 佐藤聡 下田和孝 染矢俊幸
日本人のparoxetine(PRX)内服患者47名を対象として,PRX用量とcytochrome
P450(CYP)2D6変異アレルが定常状態のPRX血中濃度に与える影響について検討した。PRXの各用量(10,20,30,40mg/day)における血中濃度(平均±SD)は,それぞれ6.1±9.7,33.2±27.9,67.2±30.3,120.4±98.7ng/mlであった。PRX 40mg/dayの血中濃度は20mg/dayの血中濃度と比較して約4倍で,PRX用量と血中濃度との間には下に凸の曲線回帰が認められた。さらにCYP2D6の変異アレル数0個,1個,2個の3群間におけるPRX血中濃度の比較を用量ごとにおこなったところ,10mg/day群では変異アレル数2個の群が0個の群に比べてPRX血中濃度が有意に高い傾向が認められた。
Key words : paroxetine, plasma concentration, dose, CYP2D6, mutated allele
■資料
●Montgomery Äsberg Depression Rating
Scale(MADRS)の日本語訳の作成経緯
上島国利 樋口輝彦 田村かおる 三村將 中込和幸 大坪天平 山田光彦 栗田広
疾患の重症度の評価には評価尺度が必須であり,疾患の調査,研究および薬効評価のためには疾患の微妙な変化をとらえる評価尺度が望まれる。うつ病の評価尺度として本邦ではHamiltonが考案したHamilton
rating scale for depressionが最も広く用いられている。一方,海外では1979年に,症状の変化を鋭敏に反映させることを目的にMontgomery
Äsberg Depression Rating Scale(以下MADRS)が作成されて以来,MADRSがうつ病の臨床研究で広く用いられている。本邦においてもMADRSの利用を望む声が広まり,我々は本邦でMADRSを用いた評価を可能とするためMADRSの日本語訳の作成を試みた。今回,MADRS日本語訳が完成したので,翻訳作成の経緯をまとめた。
Key words : Montgomery Äsberg Depression Rating Scale(MADRS), depression,
rating scale, back translation, Japanese version