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■展望
●児童・思春期の精神科薬物治療の現状と課題
市川宏伸
 児童思春期の薬物治療を論ずるにあたっては,児童精神科医療全体に目を向ける必要がある。先進諸国との違いとして,サブスペシャリティーの確立が不十分であることが挙げられる。このため,薬物治療を含めてこの分野に熟練した医師の不足がある。新刊の種類では,成人に比べて,精神遅滞,広汎性発達障害,注意欠陥多動性障害などの発達障害の比率が高い。これらの疾患は薬物治療が中心にならないことが多く,激しい行動障害や精神症状が出現した際に使用される。この分野にのみ特異的に使われる薬物があるわけではないが,使用用量については疾患の特性を考慮する必要がある。最近発売された向精神薬は,15歳未満の子どもについての検討は行われておらず,その使用については,医師が責任を負わなくてはならない。注意欠陥多動性障害の薬物,大うつ病へのSSRIの使用現況なども付け加えた。
Key words : psychotropics, child and adolescent psychiatry, developmental disorders, off‐lavel use, psychostimulant

■特集 
●脳の発達に及ぼす薬物の影響――最近の知見から――
橋本大彦
 小児精神障害の薬物療法は,成人での知見をもとにしてその妥当性が推測されている。しかしながら,薬剤の成人に対する有用性がそのまま小児への有用性につながるとは限らないことが経験されるように,その安全性も発達期については別途検討される必要がある。薬剤の安全性という点では,過去には催奇形性に焦点が当てられていたが,近年では認知面,行動面への影響が注目されるようになってきている。その背景にある細胞,分子レベルでの機序として,BDNFやアポトーシスに注目した研究も行われてきている。しかし,未だ十分な知見が集まっているとはいえない。臨床の現場では,小児での安全性が確立されないまま処方を開始せざるを得ないことも多い。その妥当性を高めるためにも,危険性について臨床家はより注意深い臨床観察を要請されている。
Key words : child psychiatry, psychopharmacotherapy, neurotoxicity, development

●成長に伴う薬物代謝の変化
立石智則
 小児期の特徴に発育や発達があるが,薬物代謝能もその例外ではない。一般に新生児の薬物代謝能は各種臓器機能と同様未熟であり,身体の発育に伴い発達する。代表的薬物代謝酵素であるcytochrome P450(CYP)は酵素群であり,複数の分子種からなる。周産期を含む1歳未満の乳児期と幼児期以上の児より得た肝ミクロゾームを用い免疫化学的にCYP分子種蛋白の発現を検討したところ,CYP分子種は蛋白発現のパターンの違いにより(1)周産期から肝臓に蛋白が存在するCYP分子種,(2)周産期には肝臓に蛋白がほとんど認められず,幼児期以降に蛋白が発現するCYP分子種,(3)周産期から肝臓に認められるが,幼児期以降では発現が低下するCYP分子種,の3群に分けることができた。成長に伴う薬物代謝酵素の生体内活性の変化を(2)群に含まれるCYP1A2を中心に述べ,第2相反応の抱合酵素では主にグルクロン酸転移酵素活性の成長による変化を概説する。
Key words : drug metabolism, ontogeny, cytochrome P450, glucuronidation

●発達障害の薬物療法の有効性と限界 ――広汎性発達障害,AD/HDを中心に――
山田佐登留
 本稿では主に精神遅滞,広汎性発達障害,AD/HDを中心に発達障害に対する薬物療法の有効性と限界を記述した。現在のところAD/HDに対する中枢刺激薬を除き本来の発達障害の症状の原因を改善するような薬物は見つかっておらず,多くは症状に対し対症療法的に薬物が選択されている。本邦ではAD/HDに対する中枢刺激薬を含めほとんどの薬物は保険適応外であり,主治医の責任で投与されているのが実情である。また発達障害症例では薬物投与により一般的に認められる副作用出現が見られるのに加え,好ましくない行動を誘発してしまう場合もある。本人の発達障害の症状把握,理解を行ったうえで療育・教育的な配慮や行動上の問題に対する適切な対応方のアドバイスを行い,必要な症例には薬物療法が選択されている。
Key words : drug therapy, attention deficit/hyperactivity disorder, pervasive developmental disorder, mental retardation

●注意欠陥/多動性障害に対する薬物治療の現状と今後への期待
遠藤太郎  染矢俊幸
 注意欠陥/多動性障害(ADHD)は,不注意,多動性および衝動性を中核症状とする発達障害の一群であり,学齢期の子供の3〜7%に認められる児童精神科領域で最も一般的な精神疾患の一つである。ADHDの薬物療法に関しては,methylphenidate(MPH)に代表される中枢刺激薬の有効性が広く知られているが,ADHDに対する保険適応がない等の様々な制約が存在する。本稿では,ADHD薬物療法の最近の知見を総括し,その問題点と今後の課題について検討した。今後わが国は,新しいADHD治療薬が導入されることにより,ADHD治療の新たな局面を迎えることが予想される。我々は,既に有効性が十分に認められ,実際の臨床現場で広く用いられているADHD治療薬の正式な適応症拡大に対して働きかけを行い,さらには,わが国でのエビデンスの蓄積に貢献する責務がある。
Key words : ADHD, pharmacotherapy, methylphenidate, atomoxetine

●チックとトゥレット症候群に対する薬物治療と今後の課題
金生由紀子
 トゥレット症候群を中心とするチック症では薬物療法は重要な役割を担う。薬物療法の適応は,(1)チック自体,(2)チックによる悪影響,(3)注意欠陥/多動性障害(ADHD)や強迫性障害(OCD)などの併発症状の軸から見た重症度の高さを目安に判断する。薬物療法は,(1)主にチックに対する神経遮断薬,(2)チックと併発症状に対するclonidine,(3)主に併発症状に対する中枢刺激薬や抗うつ薬などに大別される。神経遮断薬では従来haloperidol,pimozideが多く使われてきたが,最近risperidoneの有効性を示す報告が増えている。中枢刺激薬はチックに禁忌とされたが,ADHDと軽度〜中度のチックを併発する場合は必ずしもチックを悪化させずにADHDを改善するとの報告が蓄積されてきた。チック症に併発するOCDにはセロトニン再取り込み阻害薬と少量の神経遮断薬の併用がより有効かもしれない。
Key words : tics,Tourette syndrome (TS), obsessive―compulsive disorder (OCD), attention―deficit/hyperactivity disorder (ADHD), development

●広汎性発達障害の薬物療法
伊野美幸  竹之下由香  青葉安里
 広汎性発達障害は発達していく上での重要で広範囲の質的障害を有する疾患群である。その治療目標は,行動面での症状の軽減,および言語や自己管理能力といった未発達の基本的機能の成長をめざすことである。患児とその家族への支援を常に念頭においての薬物療法は,包括的な治療プログラムの中で重要な役割を担っている。薬物療法については,定型抗精神病薬,非定型抗精神病薬,三環系抗うつ薬,SSRI,SNRI,lithium,抗けいれん薬,methylphenidate,naltrexone,アドレナリン作動薬が使用されるが,標的症状によって薬剤を選択することが望ましい。また,安全性の観点から定型抗精神病薬より非定型抗精神病薬が,三環系抗うつ薬よりSSRI,SNRIで有用性が期待できる。それぞれの薬物について,臨床試験の結果を展望し現時点での見解を述べた。
Key words : pervasive developmental disorders, autistic disorder, pharmacotherapy, clinical trial, side‐effects

■原著論文
●Olanzapine高用量治療の有効性と安全性の検討
三澤史斉  市江亮一  澤田法英  藤井康男
 近年,治療抵抗性といわれるような重症例に対してolanzapine20mg/日を超える高用量の有効性を示唆する報告がいくつかされきている。しかし,これまでにolanzapine高用量に関して厳密な調査は行われていない。そこで,olanzapine高用量の有効性・安全性をより明確にするため,山梨県立北病院においてolanzapine高用量を投与したことのある72例を対象にカルテ調査を行った。対象例は,olanzapine投与前の平均抗精神病薬量936±533.3mg/日で,高用量直前のCGI平均5.3±1.0,閉鎖病棟・保護室入院例が2/3以上であることから,olanzapine高用量は比較的重症例に対して用いられていた。そして,高用量治療に伴い,保護室・閉鎖病棟入院例の減少(52例から37例),総入院日数減少(p=0.05)を認め,さらに抗精神病薬数減少(p=0.01)など処方の単純化が生じていた。安全性に関しては,血液検査結果,QTc,BMIからはolanzapine高用量に伴う明らかな変化は認めなかったが,白血球数減少(p=0.07),GPT・トリグリセリド値増加(p=0.08,0.08)の傾向があった。さらに空腹時血糖値については,有意な変化は認められなかったが,44例中6例に高血糖が認められた。つまり,olanzapine高用量治療は,重症例に対してかなり好ましい効果をもたらし,安全性に著しい問題は生じさせていないことが示唆された。しかし,olanzapine高用量治療の有効性と安全性は,今後より厳密な調査により検討する必要がある。
Key words : treatment―resistant schizophrenia, clozapine, high‐dose olanzapine

●Olanzapine内服による血糖値変化およびその危険因子
石丸如月  土井永史  諏訪 浩  渋井総朗  福林範和  武田充弘
 2002年4月16日に,olanzapineの高血糖・糖尿病性ケトアシドーシス,糖尿病性昏睡に関しての緊急安全性情報が出された。これを受けて,都立荏原病院におけるolanzapineの処方状況や高血糖の発現頻度,高血糖が発現した症例の危険因子と考えられるもの等について調査した。2002年1月1日から4月19日までにolanzapineは90名に処方されており,このうち内服開始前後の血糖値のデータがあり内服開始前には糖尿病ではなかったのは77名であった。この77名のうち5名(6.5%)に内服開始後に初めて高血糖(BS≧200mg/dl)が出現した。この5名はolanzapine内服開始前より高めの随時血糖(BS≧140mg/dl)あるいは高TG血症(TG≧250mg/dl)の危険因子のいずれかを持っていた。高血糖と高TG血症との関連を調べると,内服開始前から高TG血症であるとolanzapine内服によって高血糖となる可能性が高く,内服開始前から高血糖であるとolanzapine内服によって高TG血症となる可能性が高いことがわかった。
Key words : olanzapine, risk factor, hyperglycemia, hypertriglyceridemia

●患者・家族心理教育は統合失調症の長期予後を良好にする ――I.ビデオを利用した認知集団精神療法の統合失調症治療における効果――
渡部和成
 ビデオ(べてるの家製作の「精神分裂病を生きる」)の鑑賞を治療の場の構成要素として利用し,患者が症状を体験として語り合う形式の統合失調症の認知集団精神療法である「幻聴君と妄想さんを語る会」は,急性期・慢性期を問わず患者のエンパワメントと自己効力感の向上をもたらす効果があった。そして,退院後15ヵ月間の非再入院率の変化をKaplan―Meier法で調べた結果,入院中にこの集団療法に参加した患者群(35人)と参加しなかった患者群(56人)の2群間での非再入院率の低下曲線には,明らかな差があった(p=0.0039)。すなわち,前者では,非再入院率は,退院後7ヵ月目までは単調に低下したが,それ以降は再入院する患者は極めて少なく,非再入院率はプラトーとなり,15ヵ月目でも60.0%の高率を維持していた。これは後者での退院15ヵ月後の非再入院率(26.8%)の2.2倍であった。従って,この認知集団精神療法は,統合失調症の長期予後を良好にする効果があると結論できる。
Key words : cognitive group―psychotherapy, long―term prognosis, schizophrenia

●患者・家族心理教育は統合失調症の長期予後を良好にする ――II.家族心理教育の統合失調症治療における効果――
渡部和成
 統合失調症治療における家族教室(家族心理教育)の効果をアンケートとEE測定により検討した。家族教室は,病気を理解し,不安が軽減し,家族の役割を知り,共に学ぶ仲間を得たlowEE家族を作り出すことが分かった。終了時のEE(FASスコア)は35.5±15.3と,開始時(45.4±19.8)より有意に低かった(P<0.05)。また,家族教室参加群と不参加群の2群で,退院後15ヵ月間の非再入院率の変化を調べKaplan―Meier法で群間比較をした。不参加群(n=56)では,非再入院率は単調に下降して行き,退院後15ヵ月目では26.8%であった。家族教室参加群(n=14)では,ほぼ横這いの経過で退院後15ヵ月目の非再入院率は85.7%と高かった(2群間の有意差;P=0.0003)。従って,家族が家族心理教育に参加することは,患者の受療態度や症状の改善をもたらすとともに,患者にとって必要な保護的な環境を作り出し,統合失調症の長期予後を良好にする効果があると結論できる。
Key words : family psychoeducation, long―term prognosis, schizophrenia

●患者・家族心理教育は統合失調症の長期予後を良好にする ――III.Risperidoneは患者心理教育の効果を増強する――
渡部和成
 統合失調症患者で,退院時処方別の退院後1年間の非再入院率の変化を調べた。Risperidone単剤処方例での非再入院率は,患者心理教育参加群において,退院後6ヵ月目まで非常に緩やかに低下するが,その後はプラトー(80.0%の高率)となっていた。この6ヵ月目までの短期予後の良さは,haloperidol処方(単剤または多剤併用の主剤)例では,非再入院率が患者心理教育参加の有無に依らず,退院後4ヵ月目までに急峻に低下すること(4ヵ月目で,不参加例52.0%,参加例68.8%)とは対照的であった。また,risperidone単剤処方の患者心理教育参加例での退院1年後の非再入院率(80.0%)は,haloperidol処方の患者心理教育参加例(50.0%)と不参加例(24.0%)の両者と比べて有意に高かった。Risperidone・参加例の退院後1年間の非再入院率の変化は,haloperidol・参加例のそれとの間には危険率10%未満(p=0.0835)で,haloperidol・不参加例のそれとの間には危険率1%未満(p=0.0019)で有意差を示していた(Kaplan―Meier法)。これらの結果から,risperidone単剤治療は,統合失調症の短期予後を改善し,患者心理教育の長期予後改善効果を増強すると判断される。
Key words : risperidone, psychoeducation, prognosis, schizophrenia

■症例報告
●Risperidone内用液の可能性 ――リストカットをくり返す患者への使用経験――
中田正樹  孫 漢洛  宮崎眞一良  岸本年史
 Risperidone内用液剤が近年臨床現場に導入され,統合失調症の急性期や不穏時における有効性について報告されているが,いずれも内用液剤という剤形がこれまでのrisperidoneの治療範囲を広げる可能性を期待させるものである。今回我々は,リストカットの衝動性を伴う境界性人格障害等に対してrisperidone内用液剤が有効であった3症例を報告する。いずれも精神療法との併用で,衝動性からくるリストカットの頻度減少が認められた。これは,risperidone内用液剤の衝動性に対する効果,および内用液剤という剤形が自己内服という投与方法を可能とし,自己責任意識の改善が見られたことによる相乗効果によるものと考えられた。Risperidone内用液剤は,統合失調症のみならず,リストカット依存症患者の衝動性の調節に有効であることが示唆された。
Key words : risperidone, oral solution, wrist cut, impulse, borderline personality disorder

■治療薬情報
●非定型抗精神病薬quetiapineの等価換算値および至適用量について
上島国利  宍倉久里江
 非定型抗精神病薬quetiapineは,錐体外路症状がほとんどなく,プロラクチンも上昇させない優れた薬剤ではあるが,至適用量をかなり下回る投与量が処方されて十分な効果が発揮されていないケースも散見される。そこで適切な投与量により最大の効果を得るという観点から,臨床に関する文献および自験例に基づいて,quetiapineの等価換算値および至適用量について検証した。その結果,haloperidolとquetiapineあるいはrisperidoneとquetiapineの力価比は,それぞれ1:60,1:100が妥当であり,quetiapine単剤治療において効果不十分の場合には,少なくとも1日600mg以上を投与することが望ましいと考えられた。
Key words : quetiapine, schizophrenia, dose equivalency, adequate dose