■展望
●統合失調症治療戦略の新しい展開
諸川由実代 青葉安里
統合失調症の薬物治療戦略は,統合失調症の病因の探求と密接に関与しながら大きな変遷を遂げてきている。ドパミン仮説とともに登場した定型抗精神病薬により薬物療法の幕が開け,当初は強いD2阻害作用を有する薬物が次々に開発された。その後セロトニン神経系の重要性が再認識され,新規抗精神病薬であるserotonin―dopamine antagonist(SDA)の開発に発展した。さらに,D2阻害作用の様式についても再検討されdopamine partial agonistが治療薬として日本でも臨床の場に導入されようとしている。さらにグルタミン酸神経系に作用する薬剤や神経ペプチドなど新しいコンセプトの治療薬も開発の途上にある。統合失調症の薬物治療戦略としては,このような新規の薬物を使いこなすとともに,すでに市販されている定型抗精神病薬や新規抗精神病薬の効果を再評価して適切に使用することが重要である。
Key words : conventional antipsychotics, novel antipsychotics, dopamine partial agonist, NMDA receptor function deficits, neuropeptides
■特集 統合失調症の新しい治療戦略を考える
●定型抗精神病薬は生き残るのか?
兼田康宏 大森哲郎
現在,統合失調症の薬物治療の第一選択薬はいわゆる非定型抗精神病薬である。今後,定型抗精神病薬は医療の現場から消えゆくのだろうか? われわれは,主に次の3点から定型抗精神病薬の生き残る可能性について検討した。まず,効果と副作用の観点からは,定型抗精神病薬が適正用量で用いられた場合には,治療オプションの1つとして臨床現場にとどまる余地をまだ残していると考えられた。次に,いわゆる「治療抵抗性」の観点からは,非定型抗精神病薬に反応の乏しい症例に対しては,定型抗精神病薬が有効である可能性があり,clozapineが導入された場合でも,定型抗精神病薬の出番は残るものと考えられた。最後に,維持療法の観点からは,現時点では定型抗精神病薬のデポ剤がよい適応となる。以上より,統合失調症の薬物治療の第一選択薬は,非定型抗精神病薬であることに疑問の余地はないが,定型抗精神病薬は補助的な薬物としての意義をすぐさま失うことはないと考えられた。
Key words : adverse events, atypical antipsychotic drugs, clinical efficacy, cost―effectiveness, relapse, typical antipsychotic drugs
●非定型抗精神病薬のみで対応しうるか
吉岡正哉 石郷岡純
現在,諸外国を含め我が国において,統合失調症の薬物療法の中心的役割を担うのは,非定型抗精神病薬(第2世代の抗精神病薬)である。我が国の統合失調症の薬物療法は多剤大量療法が主流であったが,非定型抗精神病薬による治療を行う場合,この薬剤の薬理学的特徴をふまえると単剤で至適用量による治療が望まれる。これは,患者のQOL向上を図るには欠かせない条件である。統合失調症の約2割は治療抵抗性といわれているが,全体のうち約8割はcombination therapyを取り入れることにより,非定型抗精神病薬の単剤で至適用量による治療ができるであろう。治療抵抗性の統合失調症患者に対して,我が国ではclozapineの選択肢はないが,combination therapyやaugmentation therapyを行い非定型抗精神病薬単剤で至適用量による治療を優先し,患者のQOL改善を図りたい。
Key words : schizophrenia, medication, second‐generation antipsychotics
●それでもclozapineは必要か
桑原秀樹 村竹辰之 染矢俊幸
Clozapine(CLZ)は導入後30年を経た「古い」非定型抗精神病薬であるが,その後olanzapine,quetiapineそしてrisperidoneといったCLZ以外の「新しい」非定型抗精神病薬が登場した後も,治療抵抗性統合失調症薬物治療の切り札的存在であり続けている。またCLZによる無顆粒球症の早期発見・治療を目的に,CLZを投与される患者全てを登録し,定期的な血液検査の結果に基づき,投与開始・継続の可否を第三者機関が判断するモニタリングシステムの稼動により,CLZによる致死的副作用の発生は低下しており,CLZは今や適切な条件の下であれば,安全に使用できる薬物となっている。我が国における統合失調症薬物治療は「CLZぬき」の状況が長らく続いているが,精神科医が肥満,糖尿病など患者の身体状態にかつてないほどに敏感になっている現在,CLZ導入への準備は整いつつある。
Key words : atypical antipsychotics, clozapine, clinical effectiveness, adverse effect, schizophrenia
●ドパミンパーシャルアゴニスト,aripiprazoleはどう位置づけられるか
木下利彦 分野正貴 奥川学
ドパミンパーシャルアゴニストで成功したのは,唯一aripiprazoleのみである。パーシャルアゴニストとは,内因活性(intrinsic activity)が,神経伝達物質であるドパミンよりも低い性質を有するものである。Aripiprazoleが抗精神病作用を示す理由として,1)適度な内因活性(動物実験ではドパミンの約30%)を持っていること,2)強力なドパミンD2受容体への結合能力(haloperidolに比べてもさらに強い)を持っていることが考えられる。この結果,内因性のリガンドであるドパミンの濃度にかかわらず,aripiprazoleはD2受容体に結合し,その抗精神病効果を発揮するものと推測される。大規模臨床試験において,高い忍容性を示し,haloperidolと同等の抗陽性症状効果を有し,さらに陰性症状にも効果を有している。しかもEPSの発現は低く,プロラクチンの上昇やQTcの延長を認めず,第二世代抗精神病薬を凌駕するものと考えられ,統合失調症の第一選択薬として大いに期待される薬物といえよう。
Key words : aripiprazole, dopamine D2 receptor partial agonist, dopamine system stabilizer, antipsychotic, schizophrenia
●グルタメイト系への作用薬の可能性
宮本聖也
グルタミン酸仮説はNMDA受容体拮抗薬であるphencyclidineやketamineが統合失調症様の精神症状を誘発する臨床的事実に基づいている。今日まで多数の間接的な薬理学的データが集積しているが,ドパミン仮説に比較して,裏付けとなる臨床的エビデンスは意外に乏しくデータは均一でない。グルタミン酸仮説は「グルタミン酸伝達低下仮説」あるいは「NMDA受容体機能低下仮説」として捉えられており,注目する分子レベルにより微妙なニュアンスの違いがある。近年この仮説に基づいてNMDA受容体機能を増強したり,グルタミン酸伝達を調節する薬物が次々に開発され,臨床試験でその有効性が検討されている。しかし,現時点でグルタメイト系薬物は,単独で抗精神病薬に匹敵する抗精神病効果が証明されているものはなく,抗精神病薬の補助(補充)治療あるいは増強療法という位置づけに留まっている。本稿ではグルタミン酸仮説の問題点や課題,グルタメイト系への作用薬の治療メカニズム,臨床応用への可能性などについて最近の話題も交えながら述べたい。
Key words : schizophrenia, glutamate, NMDA receptor, ketamine, clozapine, glycine, D―serine, sarcosine
●神経ペプチドの可能性を探る
高橋明比古
神経ペプチドと統合失調症の関連について臨床的事項を中心に紹介した。非臨床的側面でも,神経ペプチドはその投与により生じる行動変化,および薬理学特性は抗精神病薬と類似の作用を示す。神経ペプチドはこれらの臨床的,非臨床的事項から統合失調症の病態において関与している可能性が考慮される。しかし統合失調症の治療面ではいまだ大きな寄与は認められていない。これは神経ペプチドの作用機序が多様,多面的でありかつドーパミンなどの古典的な神経伝達物質と異なり,その効果が拮抗薬のみでなく作動薬にも認められることにある。さらにその化学的特性から末梢投与では血液脳関門を通過するのが困難な点などが統合失調症の治療薬としての開発に大きな課題となっている。しかし,既存の抗精神病薬に治療限界がある現況では神経ペプチドに関連する治療薬の臨床現場への登場が期待されている。
Key words : neuropeptide, schizoprenia, antipsychtic drug, treatment
■原著論文
●統合失調症治療における多施設での抗精神病薬の多剤併用・大量療法からolanzapineへの切り替え研究
山田朋樹 上原久美 古野拓 小島克夫 都甲崇 庄司美香 小田原俊成 小阪憲司 平安良雄
我が国の統合失調症患者における薬物治療は,定型抗精神病薬の多剤併用・大量療法と抗パーキンソン薬の同時投与がその中心であった。1996年に非定型抗精神病薬が上市され治療選択の幅が広がり,合理的な薬物投与への機運が高まった。しかし実際には単剤投与どころか,非定型抗精神病薬同士の併用なども行われており,旧態依然の薬物治療から抜け出すことができない状態にある。今回我々は多施設において計38症例の,主として慢性期の統合失調症患者の単剤治療への移行を目指し,定型抗精神病薬を中心とした前治療薬の減量と同時にolanzapineへの切り替えを行い,その有用性・安全性を検討した。方法としては前治療薬をhaloperidol換算で20mg以内に減量した後にolanzapineを上乗せ開始する,いわゆる「漸減・重複法」を用いた。臨床症状・錐体外路症状の評価は,切り替え前,2,4,8,12,24週後にBPRS・DIEPSSを用いて行った。切り替え後12週まで評価できたのは35症例で,24週まで評価できたのは20症例であった。抗精神病薬の投与量は試験開始前がhaloperidol換算で12.9±9.1mg/day,抗パーキンソン薬はbiperiden換算で3.4±2.4mg/day,12週終了時点ではそれぞれ5.2±7.9mg/dayと2.2±2.7mg/day,24週終了時点では,3.0±4.8mg/dayと1.4±1.8mg/day,と有意に減少した。BPRS総合得点では開始前が49.9±16.7点で,12週後が39.3±14.8点,24週後が25.0±18.5点と明らかな改善が認められた。またDIEPSS総得点も有意な改善を認めた。体重増加が10例に認められたが,その他には危険性の高いと思われる副作用および有害事象は認められなかった。今回の結果から統合失調症治療におけるolanzapineへの切り替え療法は,安全性が高く,有用度が高いことが示唆され,今後積極的な切り替えへの取り組みが期待される。
Key words : schizophrenia, olanzapine, switching,atypical antipsychotics, polypharmacy
●急性期治療へのrisperidone内用液の効果
――Risperidone内用液は単科精神科病院の急性期治療現場をどう変えたか――
藤澤大介 石田琢人 山口洋介 保科光紀 佐藤康一 吉尾隆 岩下覚 佐藤忠彦
一単科精神科病院の急性期治療の,risperidone液剤の導入に伴う変化を報告した。強制入院患者の75.9%(22/29例)に対して,入院当初からrisperidone内用液を使用可能であった。焦燥,昏迷などの理由で使用できなかったのは24.1%(7/29例)に過ぎなかった。Haloperidol注射製剤を主に使用した前年度と比較して,隔離の時間は有意に短縮され,拘束時間も短縮される傾向にあった。また,過鎮静や誤嚥性肺炎などの身体合併症が減少した。Risperidone内用液が,民間病院の急性期治療においても,大半の症例でhaloperidol注射製剤の代替として使用できる可能性が示唆された。看護師を対象としたアンケートによれば,risperidone内用液は患者のADL(日常生活動作)やコミュニケーションが保たれやすく,病状の把握が容易で,患者とのラポール形成に寄与し,看護師の緊張は減少し,負担感が軽減された。
Key words : risperidone, oral solution, acute treatment, seclusion/restraint, medical staff