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■展望
●双極性障害の診断と治療の最近の動向
碓氷章 本橋伸高
 単極性うつ病に比べ,双極性障害の研究は十分に行われてこなかった。双極I型障害の軽症型にみえる双極II型障害は,実は診断が困難であり,適切な治療が遅れることが多い。さらには,自殺の危険性の高さ,薬物乱用や人格障害の併存,難治化などの問題に対応するのに苦慮するため,双極スペクトラムの概念導入などで早期に診断する試みがなされている。また,DSM―IVにおける混合状態の基準は厳し過ぎる面があり,より緩やかな基準を用いて適切に対応する提案もなされている。双極性障害の治療は状態像ごとに対応が異なるため,治療ガイドラインでは推奨される治療や避けるべき対応が細かく示されている。しかしながら,双極性うつ病の治療は大きな課題として残されており,その意味でも発症初期に適切な診断と治療がなされる必要がある。
Key words : bipolar II disorder, bipolar depression, bipolar spectrum, dysphoria, mixed state

■特集 双極性うつ病―双極性障害の新たな治療ターゲット
●双極性障害疫学研究の最近の動向
長沼洋一 三宅由子 立森久照 竹島正
 近年,双極性障害の臨床及び研究においては,双極性スペクトラム障害という概念が関心を集めている。これは明確な躁病相を呈さない,軽躁や循環気質なども含めて双極性障害圏と考えるものであり,この概念を疾患単位として位置付けるためのさまざまな臨床研究も数多く報告されている。本稿ではそれらの研究を概観した後,双極性障害の疫学研究について詳述した。診断方法や操作的診断基準の変遷により,示された結果に違いもあるが,主に診断により,双極I型障害や,双極II型障害および双極性スペクトラム障害に関して,一般地域人口を対象とした疫学研究の知見を示した。双極I型障害,双極II型障害とも有病率はせいぜい1〜2%であったが,双極性スペクトラムの概念を適用すると5%程度になる。わが国では双極性障害の疫学研究は少ないが,現在WHO主導の世界的プロジェクトに参画しており,平成14年度時点での結果を紹介する。
Key words : epidemiology, bipolar disorders, bipolar spectrum, prevalence

●双極性障害の概念と診断の新たな展開
鈴木幹夫 広瀬徹也
 まず双極性障害の疾患概念と,診断の変遷を辿った。Kraepelin,E.の躁うつ病概念の誕生と,Bleuler,E.による躁うつ病概念の狭小化,さらに単極性と双極性の二分法の概念の誕生と,その後の,軽躁状態の扱いをめぐる双極性障害の下位分類,さらにはAkiskal, H. S.の双極スペクトラムの概念について,その概要をまとめた。次に,双極性障害の診断の近年の展開として,操作的診断であるDSMについて,双極性障害についての,IIIからIIIR,IVへの変化をみた。Akiskalが発展するsoft bipolar spectrumの各類型を示し,その意義と問題点について論じた。特に双極II型の発展と,混合状態,comorbidityについて触れた。
Key words : DSM, bipolar disorder, soft bipolar spectrum, bipolar II, comorbidity

●双極性障害の病因仮説とそれに基づく新しい治療
加藤忠史
 双極性障害の病態理解は,モノアミン―細胞内情報伝達系から,気分安定薬の神経保護作用にシフトしつつある。しかしながら,神経保護作用の分子基盤としては,GSK―3beta系,イノシトール系,ヒストン脱アセチル化阻害作用,小胞体ストレス系への作用,ミトコンドリアへの作用,グルタミン酸受容体への作用など諸説あり,未だ一致した見解に至ってはいない。しかしながら,これらの中でも有力なものの一つであるミトコンドリア機能障害仮説について,既にミトコンドリア病の治療薬として開発されたtriacetyluridineの双極性障害への臨床試験が行われている。双極性障害において,病態に応じた治療が可能になる日も決して遠い未来ではないかも知れない。
Key words : bipolar disorder, lithium, mood stabilizer, valproate, pharmacotherapy

●双極性障害に対する非定型抗精神病薬の有用性
尾鷲登志美 大坪天平
 抗精神病薬はかつてより双極性障害治療に使用され,気分安定薬との併用療法による抗躁効果発現の促進が知られている。無作為化二重盲検比較試験でその臨床的有用性が確認されている非定型抗精神病薬は,olanzapine,risperidone,quetiapineである。AripiprazoleおよびziprasidoneもFDAに双極性障害治療薬として2004年に認可されたが,そのエビデンスはまだわずかである。双極性障害に対して非定型抗精神病薬と従来型抗精神病薬とを検証したエビデンスは乏しく,副作用の内容が異なるという以外に非定型抗精神病薬の有用性を確定するものはまだ少ない。非定型抗精神病薬が抗うつ作用を有する可能性があるが,まだ確定には至っておらず,気分安定化作用については,今後の検証が必要である。非定型抗精神病薬が神経保護作用を有することが動物実験レベルで報告されており,臨床効果との関係が注目されている。
Key words : bipolar disorder, atypical antipsychotics, moodstabilizing effect, clinical trial

●双極性うつ病――新たな治療戦略の登場
辻敬一郎 田島治
 近年広く注目を集めているうつ病性障害に比べ,同じ気分障害のカテゴリーの中にある双極性障害の認知度は低く,その病態や実態が正確に把握されていないのが実情である。従来双極性障害の治療においては,躁病エピソードがターゲットになっていたが,最近の研究からむしろうつ病エピソードに対する治療アプローチの重要性が明らかになってきている。双極性うつ病は一般的な認識に比し,罹病率や自殺率が高く,また高度にQOLを害する疾患である。しかし医療者の誤認により,正確な診断や適切な治療が行われていないのが現状である。本稿では「エキスパート・コンセンサス・ガイドライン」と「International Consensus Groupによる双極I型うつ病の治療指針」「American Psychiatric Associationの双極性うつ病の治療指針」の最近の双極性うつ病に対する3つの治療指針を紹介し,わが国における一般的な双極性うつ病治療の認識とのずれを指摘し,また個々の選択薬剤について,それらのエビデンスと特徴を示した。
Key words : bipolar depression, burden, novel treatment, pharmacotherapy

●新たなムードスタビライザー
久住一郎 小山司
 ムードスタビライザーの定義が再度見直されている昨今,海外では新たなムードスタビライザーの開発が抗てんかん薬を中心に進められている。中でも,lamotrigineは,コントロール試験で双極性障害のうつ病相に対する抗うつ効果と維持療法におけるうつ病相予防効果が確認され,うつ病相側から気分安定をもたらす新たなムードスタビライザーとして注目を集めている。その他のムードスタビライザー候補薬としては,topiramate,gabapentin,oxcarbazepine,zonisamide,phenytoinなどがあげられる。いずれの薬剤もオープン試験で有効性が報告されているものの,十分なコントロール試験はなされておらず,いまだ評価は定まっていない。今後さらに新たなムードスタビライザーが開発され,双極性障害の薬物療法の選択肢が拡がっていくことが期待される。
Key words : mood stabilizer, lamotrigine, topiramate, gabapentin

■原著論文
●精神科入院患者における下剤大量投与の原因
助川鶴平 松島嘉彦 坂本泉 土井清 高田耕吉 林芳成 池成孝昭 岩田康裕 柏木徹
 精神科入院患者では,便秘を合併しているものが多く下剤の投与量が多い。その原因を明らかにするために,国立病院機構鳥取病院の2003年9月1日から9月10日までの処方調査結果をロジスティック回帰分析にて分析した。下剤の大量投与群は対照群に比較して,年齢が高い者,抗精神病薬総投与量・低力価抗精神病薬投与量が多い者,隔離されている者,昇圧剤・消化器運動改善薬を投与されている者の割合が統計学的に有意に高かった。これらのうち,高年齢,抗精神病薬の大量投与,隔離が下剤大量投与の原因と考えられた。精神科の入院患者には,抗精神病薬が大量に処方されているだけではなく,隔離や閉鎖処遇など患者の運動量を確保できない処遇がなされており,これら二つの要因が,患者の便秘を悪化させているものと考えられる。今後,抗精神病薬の減量や開放処遇の推進などの方策が必要である。
Key words : constipation, laxatives, antipsychotics, isolation, age

●Perospironeへの置換による慢性期統合失調症患者の陰性症状・錐体外路症状の改善
桑原斉 山末英典 荒木剛 管心 笠井清登
 我が国で開発された唯一の非定型抗精神病薬であるperospironeについて,定型抗精神病薬からの置換による臨床効果の前方視的検討は少ない。本研究では,定型抗精神病薬服用中の慢性統合失調症患者12名を対象に,perospironeへの置換前後の精神症状と錐体外路系副作用(EPS)の変化を前方視的に評価した。その結果,PANSS陰性尺度得点(P=0.013)および,ジスキネジア(P=0.011)とパーキンソン症状(P=0.005)が有意に改善した。陽性症状については有意な変化を認めなかった(P=0.64)。さらに,部分置換に終った例のみの検討でも,同様に陰性症状とEPSの改善傾向を認めた。本研究の結果は,perospironeが陰性症状に対して有効でEPSが少ないとする先行研究と一致し,さらに,臨床的に頻度の高い,単剤投与への整理が困難な症例でも同様の利益が期待できることを示唆している。
Key words : perospirone, atypical antipsychotics, schizophrenia, positive and negative syndrome scale (PANSS), extra―pyramidal side effects (EPS)