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■展望
●スイッチングはコペルニクス的転回なのか? ――第二世代抗精神病薬へのスイッチング目的と意義――
宮田量治
本稿では,第二世代抗精神病薬へのスイッチングが,統合失調症の薬物治療史にとって,重要な転回点であることを確認するため,抗精神病薬のスイッチングの臨床的目的と意義について,1)症状改善ないし副作用軽減,2)処方の単純化:減剤と減量,3)本人や家族の視点の3点を挙げて論じた。また,最近のJournal of Clinical Psychiatry誌に掲載されたCorrellの8つのスイッチング戦略を紹介し,スイッチング戦略において生じうる幾つかのバリエーションについて言及した。さらに,スイッチング戦略の優劣比較試験は少ないが,現時点で得られた知見をまとめた。そして,特に第二世代の抗精神病薬に関して,実際の臨床の場において推奨されるべきスイッチング戦略を整理した。最後に,スイッチング中に生じうる有害事象と解決へのアイデアをまとめた。
Key words : second―generation antipsychotics, switching strategy, risperidone, olanzapine, aripiprazole
■特集 抗精神病薬のスイッチング
●スイッチングの基礎知識
榎原雅代 渡辺博幸 伊豫雅臣
近年,新規の非定型抗精神病薬が相次いで上市され,統合失調症治療に広く使われるようになってきた。一方,わが国では長年抗精神病薬の多剤併用が行われてきた。最近では非定型抗精神病薬を従来薬に併用したり,非定型抗精神病薬同士を併用するなどの傾向も出現している。抗精神病薬の使用法の基本は以前より指摘されているように,一つ一つの抗精神病薬の効果や副作用を検証しながら患者に処方していくことが重要である。しかし,切り替え時には症状の増悪や再発,前薬の退薬症候の出現などに注意する必要がある。特にMARTAや従来型低力価抗精神病薬からSDAに切り替えるときには退薬症候として反跳性不眠や脱抑制の出現,錐体外路系副作用の一時的増悪が考えられ,SDAや従来型高力価抗精神病薬からMARTAに切り替える場合にはD2受容体遮断が少なくなり陽性症状が増悪するなどが考えられる。切り替え法としては,「一括置換法」,現在の薬剤と切り替え薬を一時的に併用する方法(crossover法)として,現在薬を漸減しながら切り替え薬を漸増する「漸減漸増法」,そして現在薬に切り替え薬を治療用量上乗せして現在薬を漸減する「上乗せ漸減法」がある。Crossover法は退薬症候の出現を予防できる可能性がある反面,一時的に多剤併用の状態となるため,切り替えは計画的に行い,完遂することが重要である。
Key words : atypical antipsychotics, schizophrenia, switching, crossover
●統合失調症急性期治療におけるスイッチング
武内克也 酒井明夫
統合失調症急性期で十分な治療効果が得られない時や有害事象が出現した際に抗精神病薬のスイッチングが行われるが,急性期では精神運動興奮等の精神症状のために治療効果判定が困難となることが多い。また,精神症状によって身体状態の変化を含む有害事象出現が診断困難となることがある。このため,急性期に安全で効果的なスイッチングを行うためには抗精神病薬単剤投与を治療原則とし,充分な期間をとって薬剤の治療効果判定を行う必要がある。スイッチングに際しては,前薬に含まれる抗精神病薬,抗パーキンソン薬や抗不安薬の特徴を考慮し,離脱症状等の有害事象出現に注意する。抗精神病薬単剤での治療効果が得られない場合にはベンゾジアゼピン系薬や気分安定薬等の補助薬併用が有効である。急性期では薬剤の変更によって有害事象が出現する危険性が高く,スイッチング中の身体状態評価も重要である。
Key words : schizophrenia, acute―phase treatment, switching, atypical antipsychotic drug
●認知機能障害と陰性症状の改善を目指したスイッチング
久江洋企 稲田俊也
統合失調症にみられる認知機能障害や陰性症状の各種症状とそれらに対する非定型抗精神病薬の有効性について,これまでの総論や最近の臨床報告をもとに紹介し,スイッチングの実際について述べた。認知機能障害については,olanzapineでは言語流暢性,学習,記憶機能などの,またrisperidoneではワーキングメモリ,遂行機能などの改善効果が報告されているが,神経心理学的テストの適応により認知機能障害のより詳細な知見が集積しているのに対し,薬物療法における個々の薬剤間の治療効果の相違についてはまだ十分に検討されているとは言えず,比較される定型抗精神病薬の投与量や,評価方法など研究デザインに内在する問題点も指摘されているのが現状である。陰性症状の改善については評価尺度に反映され,各非定型抗精神病薬においてその有効性が示されている。各種ガイドラインやアルゴリズムでは認知機能障害や陰性症状への対策として非定型抗精神病薬への切り替えが推奨されているが,このほか補助的治療薬の追加も紹介されている。
Key words :
●新規抗精神病薬へのスイッチング ――遅発性運動障害の治療の視点から――
秋山一文 室井秀太 佐伯吉規 斎藤淳 小杉真一 下田和孝
遅発性ジスキネジア,遅発性ジストニア,遅発性アカシジアは抗精神病薬の長期服用後に出現する運動障害である。欧米の二重盲検比較試験から新規抗精神病薬は従来型抗精神病薬に比べて遅発性ジスキネジアを引き起こす危険率が有意に低いことが裏付けられている。そして既に存在する遅発性ジスキネジアに対しても新規抗精神病薬への切り換えが有効であることもいくつかの大規模な比較試験や個別の症例で報告されている。従来型の抗精神病薬の多剤大量用法は遅発性ジスキネジアの症例にしばしばみられ,先ずこれを整理することが切り換えを成功させるために必要である。文献を見渡すと,遅発性運動障害の予防ないし治療に於いて有効であるというエビデンスが最も高いのはolanzapine,quetiapineを中心とする新規抗精神病薬である。大方のコンセンサスとしては,haloperidol換算量などを基にして,ある程度まで従来型抗精神病薬の投与量を絞ったうえで,新規抗精神病薬を上乗せして,漸減漸増して切り換える方法がとられている。改善は切り換えてから数週間でもみられるという症例もあるようだが,有効性の判断には少なくとも数ヵ月程度の観察が必要と考えられる。また,落とし穴として,前薬によるアカシジアやパーキンソニズムがある場合,新規抗精神病薬へ切り換えることで退薬性ジスキネジアが起こる危険も忘れてはならない。これを回避するためには,しばらくの間は前薬と併用するといった慎重さが必要であろう。
Key words : schizophrenia, tardive dyskinesia, tardive dystonia, tardive akathisia, risperidone, olanzapine, quetiapine
●糖・脂質代謝異常対策のためのスイッチング
村下眞理 久住一郎 小山司
最近,第二世代抗精神病薬による体重増加,高脂血症,糖尿病の報告が数多くなされるようになり,メタボリックシンドロームの増加が懸念される。体重増加に対しては,BMI25以上では積極的に食事・栄養指導を行い,H2―blockerなどの薬物治療を試みる。高脂血症には,抗高脂血症薬を考慮する。肥満・高脂血症ともに,糖尿病の危険因子であり,olanzapine,quetiapineは慎重投与するか,それ以外の薬剤選択が望ましい。糖尿病,または既往がある場合にはolanzapine,quetiapine投与は禁忌である。境界型糖尿病では,これらの薬剤は慎重投与となり,他剤への変更が望ましいが,継続時は,定期的検査と内科との連携下で薬剤変更のタイミングを計ることが重要である。精神障害と肥満・糖脂質代謝異常はともに長期的な治療を要し,両者の治療バランスが患者のQOLを高めることになるため,内科との協力が不可欠である。
Key words : glucose intolerance, lipid abnormalities, weight gain, antipsychotic drug
●高プロラクチン血症を考慮した抗精神病薬選択
武田俊彦 平尾徹
抗精神病薬による高プロラクチン(PRL)血症は,種々の関連障害につながりうる憂慮すべき有害事象である。高PRL血症を高頻度に伴う第1世代抗精神病薬では取り上げ難かったこの問題が,PRL上昇が少ない第2世代薬の登場によって対処すべき問題となってきている。まず,高PRL血症を評価するにあたっては,PRLの日内変動を加味することが必要である。また,抗精神病薬を選択する場合には,D2受容体阻害の薬力学的および動態学的強さ,脳血管関門通過性,服薬期間を考慮して選ぶことが重要である。現在のところ,clozapine,quetiapine,olanzapine,perospirone,aripiprazoleは,第1世代薬よりも持続的な高PRL血症やそれによる障害を生じにくい薬剤と言える。抗精神病薬の変更は,有効性などPRL以外の問題も関係するので,総合的に判断し,安全に行わなければならない。
Key words : hyperprolactinemia, second generation antipsychotic, sexual dysfanction, dopamine―2 receptor antagonisit, dopamine―2 receptor partial agonisit
●<原著論文>統合失調症患者のolanzapine switching前後における臨床症状および認知機能の比較
鈴木英伸 大友雅広 井上雄一 関口剛 秋本多香子 元圭史 諸川由実代 青葉安里
本研究は従来型抗精神病薬単剤投与時およびolanzapine(OLZ)単剤switching4週後における臨床症状および認知機能の比較検討を行った。対象は,西毛病院および足利富士見台病院入院中でDSM―IV分類により統合失調症と診断された10名である。臨床症状はBrief Psychiatric Rating Scale(BPRS),認知機能においては遂行機能検査および記憶ならびに注意機能検査として,それぞれWisconsin Card Sorting Test(Keio Version:KWCST)およびSt. Marianna University School of Medicine's Computerized Memory Test(STM―COMET)を用いて評価した。その結果,BPRSの平均総得点は有意に改善し,なかでも陰性症状群が主に改善した。認知機能をみると,KWCSTの第1段階におけるネルソン型の保続数は有意に減少した。STM―COMETにおけるimmediate verbal recallおよびdelayed verbal recallの単語再生数は有意に改善し,delayed verbal recognitionの単語再認数,memory scanning test反応時間ならびにmemory filtering test得点は有意でないものの改善した。これらのことよりOLZは,有意な陰性症状に対する改善効果,遂行機能障害のうち主に概念形成や概念の柔軟性の障害に対する改善効果ならびに言語記憶機能障害のうち主に言語再生機能障害に対する改善効果を有することが示唆された。
Key words : olanzapine, switching, cognitive function, clinical function, schizophrenia
●<症例報告>身体合併症を契機としたスイッチング ――Off―On Switching――
長嶺敬彦
重篤な身体合併症が契機となり,第1世代抗精神病薬(First Generation Antipsychotic:以下FGAと略す)から第2世代抗精神病薬(Second Generation Antipsychotic:以下SGAと略す)へのスイッチングが短期間に行えることがある。これをOff―On Switchingと名づけた。この方法が急速置換法と異なる点は,(1)身体合併症により抗精神病薬が内服できない時期が存在すること,(2)急速置換法はスイッチング前の抗精神病薬の量が少ないときに行われるが,Off―On Switchingでは必ずしもスイッチング前の抗精神病薬の量が少なくないことである。Off―On Switchingが行える機序として,身体合併症による重篤な時期の病態が重要である。この間はFGAsがwash―outされるであろうし,抗パーキンソン薬の急激な中断により出現する抗コリン性離脱症状が表面に出ない。さらに身体的に重篤な状況下では,全身からカテコラミンや種々のサイトカインが分泌される。このような状況はある種の脳に対するリセット機能で,電気けいれん療法(ECT)様の効果といえるかもしれない。Off―On SwitchingとECTでのサイトカインやカテコラミンの挙動を調べて,そのアナロジーが見出せれば,スイッチング困難例に対するECTの適応が考慮される。Off―On Switchingは重篤な身体合併症では単にスイッチングが行いやすいということだけではなく,スイッチング時の脳内の病態が類推される示唆に富む病態である。
Key words : Off―On Switching, physical distress, ECT like effect
●<症例報告>Haloperidolからrisperidoneへのスイッチングによって走行時にのみ認められるピサ症候群様の姿位異常が改善した統合失調症の1例
原田研一
従来型抗精神病薬をはじめとする向精神薬の多剤併用大量投与の結果として,走行時に限定して体幹の側方屈曲を呈した統合失調症の1例について,その臨床経過の詳細を報告する。本症例のような走行時にのみ姿位異常を呈するという病態はこれまでに知られておらず,本症例の臨床特性に関する検討から,それがピサ症候群に類似した病態である可能性が示唆される。また本症例では走行時の姿位異常に対する治療として,従来型抗精神病薬haloperidolから非定型抗精神病薬risperidoneへのスイッチングを実施し,結果的に奏効した。その要因として,haloperidol減量・中止による抗精神病薬の定型性の低下,およびrisperidoneの非定型性による有害事象の防止効果が寄与していたと考えられる。
Key words : Pisa syndrome, risperidone, schizophrenia, switching, tardive dystonia
■原著論文
●統合失調症に対するaripiprazoleの長期投与試験 ――福島県グループ多施設共同非盲検試験――
丹羽真一 岩崎稠 田中勝正 本多幸作 深津敏彦 佐久間啓
統合失調症患者に対するaripiprazole(6〜30mg/日)長期投与時の有効性と安全性を検討した。投与期間は24週間以上,可能な限り52週間とした。全評価例は97例であり,24週完了例は80例,25週以降継続投与例は59例で,52週完了例は40例であった。全例が他の抗精神病薬と併用投与であった。最終全般改善度における改善率(中等度改善以上)は,全評価例の24週時最終で28.9%,25週以降継続投与例の最終評価で40.7%であった。24週後および52週後の全般改善度における改善率は,8週後に比べ増加した。また,長期投与時のBPRS total scoreおよびcore scoreならびにPANSS total score,陰性尺度合計および総合精神病理尺度合計も投与前に比べ減少した。錐体外路系副作用の発現が少なく,また,長期投与で新たに発現する留意すべき遅発性の副作用はみられず,他の抗精神病薬との併用下においてもプロラクチンが正常化する例が多かった。以上のことから,統合失調症患者に対する長期薬物療法において,aripiprazoleは臨床的有用性が高い抗精神病薬であると考えられた。
Key words : aripiprazole, antipsychotic, dopamine partial agonist, schizophrenia, long―term study
■症例報告
●甲状腺機能の改善により軽快した統合失調症患者の1例
山本暢朋 織田辰郎
軽度の甲状腺機能低下を改善することにより,数年間にわたり抗精神病薬での治療に抵抗を示した統合失調症患者が軽快した症例を報告した。軽度の甲状腺機能低下を示した原因には処方されていたquetiapineの影響が考えられた。甲状腺機能の改善が精神症状に有効であった理由には,levothyroxine sodiumの投与により甲状腺ホルモンが正常化し,TSH値が減少することでdopamine活性が抑制された可能性,及び症例の非定型精神病的な側面を示す部分に有効であった可能性の2つが考えられた。
Key words : schizophrenia, thyroid hormone, thyroid dysfunction, hypothyroidism
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