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展望
●抗不安薬の概念:現代における抗不安薬をどう定義するか
尾鷲登志美 上島国利
現在,不安症状に対して処方されうる薬剤は,抗うつ薬,ベンゾジアゼピン系薬物,セロトニン部分作動薬,β遮断薬,抗精神病薬,抗てんかん薬,抗アレルギー薬,漢方薬など多岐にわたっている。一方,近年の病名分類に基づいた不安障害に対する本邦の認可薬は,選択的セロトニン再取り込み阻害薬のfluvoxamine,paroxetine,sertralineのみである。本稿では,1)抗不安作用を有する薬剤の歴史,2)効能承認の有無,3)ガイドライン・アルゴリズム,4)売り手側の戦略,5)処方の実態,を通して,抗不安薬という呼称について概観した。
Key words :antianxiety medication, SSRI, SNRI, benzodiazepine, history
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特集 抗不安薬の現在
●不安障害の動物モデルと薬効評価
大野行弘 倉智嘉久
GellerおよびSeifter(1960)がコンフリクト試験を紹介して以来,多くの抗不安薬の開発とともに,様々な不安障害モデルが作出されてきた。主なものに,Vogel型およびGeller―Seifter型コンフリクト試験,高架式十字迷路試験,社交行動試験,条件付け防御的埋め隠し試験,ビー玉埋め試験,恐怖条件付けすくみ行動試験,超音波発声試験などがある。これらの不安障害モデルを用いた薬理研究は新たな抗不安薬の探索スクリーニングを可能とし,評価化合物の臨床効果の予測,作用機序の解析,さらには不安障害に関わる神経回路網の解析や種々の受容体機能の解析にも寄与してきた。一方,臨床における不安障害の診断・治療研究の進展に伴って,いくつかの研究課題も生じている。本稿では,各種不安障害モデルの評価法と特徴,抗不安薬の反応性などを紹介するとともに,不安障害モデル研究の今後の課題について考察する。
Key words :anxiety disorders, animal model, anxiolytics, antidepressants, drug evaluation
●ベンゾジアゼピン系抗不安薬からセロトニン系抗不安薬へ――抗不安作用の統合的理解――
井上 猛 西川弘之 北市雄士 中川 伸 小山 司
古典的な抗不安薬であるベンゾジアゼピンは速効性があり,有用性も高いが,一方で依存性を有し,不安障害の一部の亜型に無効であるという問題点があった。1980年代以降開発されてきたセロトニン系抗不安薬(セロトニン1A受容体アゴニスト,SSRI)は依存性を有さず,特に不安障害の諸亜型に対するSSRIの適応範囲はベンゾジアゼピン系抗不安薬よりも広い。それぞれの抗不安薬の神経細胞に対する作用や不安の動物モデルにおける脳局所投与実験の結果をまとめると,3種類の抗不安薬に共通する作用機序は神経細胞への抑制効果であり,特に扁桃体に対する効果が注目される。一方で,何故SSRIがほぼすべての不安障害に有効で,他の2種類の抗不安薬の適応範囲は限定されているのかについて,薬理学的説明は難しい。臨床的効果の違いから,SSRIの抗不安作用の作用機序には,セロトニン1A受容体だけでなく,それ以外のセロトニン受容体サブタイプも関与していることが予想される。
Key words :anxiety disorder, SSRI, benzodiazepine, serotonin 1A receptor agonist, conditioned fear
●不安障害の生物学――動物を用いた不安研究――
五十川浩一 堤 隆 穐吉條太郎
動物を用いた不安研究を3つの側面から概説した。それらは,(1)動物の状態を変化させる側面,(2)不安関連行動の検出指標の側面,(3)動物の状態を変化させることや不安関連行動を引き起こす試験によって生じる他のパラメータの変化を追って研究する側面,である。不安においてはCorticotropin Releasing Factor(CRF)研究が進められている。CRFレセプターは1と2があり,それぞれの作用は相反すると示唆されている。また,この中で恐怖条件付け試験における情動記憶の獲得および表出について述べた。扁桃体は情動記憶の中枢であり,情動反応の出力部であることが明らかとなってきている。これらの動物による研究の結果は,ヒトの研究との整合性も強くなっている。コレシストキニン(CCK)は脳内にも豊富にみられ,CCK AとCCK Bレセプターに分類されており,不安に関して,それぞれ相反する作用を認めることが示唆されている。また我々が最近得た知見である肝細胞成長因子(Hepatocyte Growth Factor:HGF)と不安との関連について言及した。
Key words :anxiety, animal experiment, Corticotrophin Releasing Factor(CRF), amygdala, cholecystokinin(CCK), Hepatocyte Growth Factor(HGF)
●Benzodiazepine系抗不安薬vs. 5―HT1A受容体部分作動薬 vs. 選択的セロトニン再取り込み阻害薬vs. 三環系抗うつ薬
越野好文
Benzodiazepine系抗不安薬に加えて,近年5―HT1A受容体部分作動薬,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI),三環系抗うつ薬などの不安障害に対する有効性が明らかになり,不安障害の治療手段が増えた。また,病的不安の症状は身体不安と精神不安に大別できるが,それぞれに有効な抗不安薬が明らかになりつつある。身体不安の中心症状は筋緊張と自律神経症状で,精神不安は漠然とした浮動性不安,予期不安,および憂慮(不安に満ちた予測)が中心症状である。身体不安にはbenzodiazepine系抗不安薬が,憂慮などの精神不安にはSSRI,5―HT1A受容体部分作動薬,三環系抗うつ薬の有用性が示唆されている。不安障害の薬物療法にあたっては,一人ひとりの患者の不安症状を精神不安と身体不安の面から検討し,適切な薬物を選ぶことが必要である。
Key words :5―HT1A partial agonist, anxiety disorder, benzodiazepines, SSRI, tricyclic antidepressants
●Benzodiazepine系抗不安薬の歴史的使命と今後の動向について
村崎光邦
人類の発生とともに不安が発生し,これを和らげる薬物の歴史も古いが,近代的な臨床精神薬理学的な抗不安作用をもつ薬物は20世紀初頭のbarbituric acid誘導体の発見に始まる。そして,真の意味の抗不安薬の第1号となったのは20世紀中葉に出現したmeprobamateであり,たちまち時代の寵児となり一世を風靡したが,耐性と依存の形成のために1960年に現われたbenzodiazepine系抗不安薬に完全にとって代わられたのである。その後,効果と安全性に優れるbenzodiazepine系抗不安薬は45年以上にわたって抗不安薬として君臨して,不安を和らげQOLを高めて,われわれ精神科医にはなくてはならない薬物となっている。臨床用量での依存形成も知られて,serotonin5―HT1A受容体部分作動薬系の抗不安薬が1980年代に登場しているが,抗不安薬の主役の座は譲ることなく,今後も引き続いて第一線に立ち続けると考えられる。これほど長期にわたってその威力を発揮している薬物は他に類をみない。
Key words :anxiolytics, barbiturate, meprobamate, benzodiazepine, 5―HT1A receptor agonist
●治療補助薬としての抗不安薬の役割
山田和男
現在,わが国においては,benzodiazepine系薬剤とserotonin1A agonistのtandospironeが,抗不安薬として広く用いられている。本稿では,治療補助薬としての,benzodiazepine系薬剤とserotonin1A agonistの役割について概説する。Benzodiazepine系薬剤は,統合失調症,気分障害,不安障害などのさまざまな精神疾患の治療補助薬として広く用いられているが,Evidence―based Medicine(EBM)という面ではエビデンスに乏しい治療法が多く,経験的に用いられることが多いようである。Serotonin1A agonistは,統合失調症,気分障害,不安障害などの患者に対する治療補助薬として用いられることがある。治療補助薬としてのserotonin1A agonistに関する報告数は少ないが,有効であるというエビデンスがいくつか知られている。
Key words :anxiolytics, augmentation, benzodiazepine, serotonin 1A agonist, tandospirone
●これからの抗不安薬
稲田 健
不安は生物の生存にとって正常であり重要な反応であるが,過剰な不安は生活上の大きな障害となる。生活上の障害となりうる過剰な不安とは,非特異的な症状であり,不安を生ずる原疾患は多様である。このため,現在の抗不安薬開発においては,不安を標的症状とする薬剤のみならず,不安障害の治療薬,抗うつ薬として開発されているものも多い。本稿では抗不安効果という観点から,抗不安薬の開発方法と今後の候補物質について概観した。現在の抗不安薬開発の方向性としては,ベンゾジアゼピン系薬剤,セロトニン系薬剤のように臨床的に既に抗不安効果が認められている薬剤をより改良していく方向性と,新たな抗不安物質を見出し,抗不安薬として開発していく方向性が窺える。候補物質としては,GABA受容体作動薬,ミトコンドリア型ベンゾジアゼピン受容体,セロトニン受容体関連物質,神経ペプチド関連物質,タキキニン,グルタミン酸受容体関連物質などが挙げられる。
Key words :anxiolytics, animal model, benzodiazepine
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原著論文
●統合失調症患者の妊娠期における抗精神病薬の継続使用の実態調査
三宅誕実 宮本聖也 大友雅広 秋本多香子 柳田 浩 上村 誠 諸川由実代 山口 登
新規抗精神病薬の妊娠に関する安全性についての情報は乏しいのが現状である。そこで,統合失調症患者の妊娠期における抗精神病薬の使用実態を調査した。方法は1990年1月~2005年7月の期間に,聖マリアンナ医科大学病院で妊娠中に抗精神病薬を継続して投与され,出産に至った統合失調症患者12名(平均年齢33.0±3.0歳,平均罹病期間11.6±3.8年)について,診療録をretrospectiveに調査した。その結果,全例が抗精神病薬服薬を継続したまま出産し,胎児の合併症は認めなかった。抗精神病薬は単剤投与9例であり,2剤併用は3例であった。新規抗精神病薬はrisperidoneが3例で単剤投与されていた。Chlorpromazine換算での平均1日投与量は約200.0mg/日であった。全例で妊娠中に精神症状の増悪を認めず,投与量は増量されなかった。今回の調査より,低用量の抗精神病薬の内服にて症状が安定している統合失調症患者の妊娠中の投薬に関しては,服薬を継続することのrisk/benefitを十分に説明し,患者や家族が納得した上で方針を決めていくという柔軟な治療姿勢が重要と考える。
Key words :schizophrenia, pharmacotherapy, antipsychotics, pregnancy, risperidone
●統合失調症と強迫性障害の併発に対するperospironeとparoxetineのaugmentation効果――安全性とアドヒアランスを視野に入れた薬物療法――
大下隆司
統合失調症と強迫性障害の併発の治療におけるperospironeとparoxetineのaugmentation効果について,女性4症例を提示し考察した。症例は,risperidoneやolanzapineの単剤では幻聴や強迫症状が改善せず,paroxetineを併用することで改善したが,不安,抑うつ気分といった神経症症状は続いており,かつ,体重増加や糖尿病,高プロラクチン血症などの副作用が認められたため,抗精神病薬をperospironeに切り替えた。その結果,神経症症状は軽快し,副作用の改善も得られた。非定型抗精神病薬とSSRIの併用によるaugmentation効果に加えて,perospironeの5―HT1Aパーシャルアゴニスト作用が精神症状の改善に関与したと考えられる。また,perospironeがメタボリックシンドロームや高プロラクチン血症といったリスクの少ない薬剤であることに加え,paroxetineとの併用で代謝相互作用が少ないことが,前薬で高まっていた体重,血糖値,プロラクチン値の改善に寄与したと考えられる。
Key words :schizophrenia, obsessive―compulsive disorder, augmentation therapy, perospirone, paroxetine
●Ethyl loflazepateの血中濃度に対するfluvoxamine maleate併用の影響
増子博文 三浦 至 上野卓弥 西野 敏 丹羽真一
Ethyl loflazepate(LOF)とfluvoxamine maleate(FLV)の併用は日常臨床でよく行われるが,FLVはCYP3A4を中程度阻害することでLOFの代謝に影響を及ぼすとされている。そこでFLV併用によるLOFの血中濃度の変化と安全性について検討した。FLV併用初期におけるLOF血中濃度の増加は約1.5倍であることが示され,最終的に2倍程度のLOF血中濃度の増加が認められた。しかし,それにより増強された,あるいは新たに生じたLOF由来の有害事象は認められなかった。また,LOF血中濃度および血中濃度変化率とFLV血中濃度の間には有意な相関は認められなかった。安全性に関しては今後さらに症例を重ねて検討する必要はあるが,本研究の結果からFLV臨床用量使用時にはLOF血中濃度は約2倍となることが示された。
Key words :fluvoxamine maleate, ethyl loflazepate, drug―drug interaction, cytochrome P450, combo therapy
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症例報告
●Paroxetineにlithiumを追加投与することにより寛解に至った妄想性うつ病の1例――血中BDNF動態および血中カテコールアミン代謝産物動態からの検討――
辻 尚志郎 吉村玲児 中村 純
Paroxetine単剤あるいはparoxetineとlithiumの併用が奏効した精神病性うつ病の1例を経験した。本症例では,脳由来神経栄養因子(BDNF)とカテコールアミン代謝産物(MHPG,HVA)の血漿中濃度を経時的に測定したが,抑うつ症状の改善と共に,まず血漿中MHPG濃度の低下を認め,引き続いて血漿中BDNF濃度の上昇が認められた。
Key words :psychotic depression, brain―derived neurotrophic factor, paroxetine, lithium
●Olanzapineが有効であった自己臭妄想による自殺企図の1例――コンサルテーションリエゾン精神医学におけるolanzapineの有用性について――
福田麻由子 桐野衛二 新井平伊
自己臭妄想を主症状とし,自殺企図に至った統合失調症症例に対しolanzapine(OLZ)を使用し,精神症状の著明な改善を得た症例を経験したので若干の考察とともに報告した。OLZ投与前に,他剤を多剤併用していたが,自己臭妄想,抑うつ気分,焦燥感,自殺念慮に対し効果を得られないばかりか,錐体外路症状などの副作用が発現した。OLZ投与によりこれらの症状および副作用は速やかに軽快した。本症例は妄想に基づく抑うつが特徴的であったため,OLZの迅速な抗幻覚妄想作用のみならず,OLZの持つ抗うつ効果が全般的改善度に大きく寄与したものと考えられた。「迅速な効果発現」「錐体外路症状などの副作用の可能性が少ない」「陽性症状とともに陰性症状・抑うつ症状にも充分な効果を持つ」「用量設定の容易さ」などのOLZの効果の特徴は,コンサルテーションリエゾン精神医学領域における統合失調症および統合失調症圏内患者の自殺企図後の治療において有用性を増していくものと考えられた。
Key words :schizophrenia, suicidal attempt, olanzapine, consultation―liaison psychiatry
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総説
●Tandospironeの適切な投与法と今日における治療的意義――薬物動態および薬力学的研究に基づいて――
美根和典
わが国で使用可能な唯一のセロトニン1Aアゴニストであるtandospironeは,一般に抗不安作用は弱くその作用発現も遅いと考えられてきた。しかしながら,われわれが全般性不安障害と混合性不安抑うつ障害に対するtandospironeの効果について予備的臨床研究を行ったところ比較的高用量のtandospironeは優れた抗不安作用を示し,重大な副作用も発現しないことが示唆された。すなわち,最もよく用いられる用量であるtandospirone30mg/日投与群に比較して,tandospirone60mg/日投与群において有意に優れた不安症状の改善が認められた。またtandospironeの抗不安作用と血漿中および脳内濃度の相関を明らかにすることを目的としてラットを用いた動物実験を行った。Tandospirone投与後の恐怖条件付けストレス誘発フリージング行動を指標としてその抗不安作用を評価した。Tandospironeの抗不安作用は,投与0.5時間後の血漿中および脳内薬物濃度と明らかな相関が認められた。血漿中tandospirone濃度はその脳内濃度と有意な相関があった。これらの知見から,tandospironeの薬効はその血漿中濃度および脳内濃度のいずれとも相関があることが示唆された。これらの研究に基づいてtandospironeの適正用量設定に関する考え方を述べた。またSSRIが広く用いられるようになっている現在において,SSRIとtandospironeを併用する意義についても考察を試みた。
Key words :tandospirone, plasma level, anxiety disorder, anxiolytic effect
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