詳細目次ページに戻る

展望
●精神科医療・研究における判断能力評価の意義と実際
北村俊則  北村總子
 判断能力が備わっている患者が,判断能力が欠如していると看做されて,強制入院や強制治療が開始されることや,判断能力が欠如しているにもかかわらず判断能力があると看做されて,安易に得た同意に基づいて治療が開始されることがあってはならない。このような過ちを回避するために,患者の判断能力を評価することが求められる。「同意不同意の選択の明示」「実際的理解」「情報処理の合理性」「状況の特性の把握」が操作的基準として治療同意判断能力の構成要素であると考えられ,治療場面(代表的なものはStructured Interview for Competency and Incompetency Assessment Testing and Ranking Inventory)および研究場面(代表的なものはMacArthur Competence Assessment Tool for Clinical Research)に用いられる評価手法が数多く開発されている。判断能力あり・なしの区分点の設定,治療同意判断能力を評価する人材をどこに求めるかといった課題が残されている。
Key words : competency to give informed consent, assessment method, medical ethics

特集 精神科薬物治療と判断能力評価
●統合失調症におけるShared Decision Makingの実現可能性──アドヒアランスからコンコーダンスへ──
渡邊衡一郎  澤田法英
 精神科疾患のゴールがリカバリーであるべきとされる中で、Shared Decision Making(SDM)アプローチは患者側からも、そして米国においては国策としても望ましいと考えられている。現在統合失調症においてその効果が検証されているが、SDMを実践するに際して患者においては病識のなさ、認知障害、さらには言語伝達能力などのコミュニケーション障害が、治療者においては時間やモチベーションなどが障壁となる。しかし、治療アドヒアランスを向上させるためには患者との信頼関係を構築することが望ましく、そうした点においてSDMはアドヒアランスよりも患者との関係性により重きを置いたコンコーダンスに近いと思われる。SDMを可能とするためには、治療者の意欲とスキルが必要である。面倒なアプローチのように映るかもしれないが、多職種と協調しながら患者の気持ちを治療に反映させることで、これまでにない治療同盟が形成されることは確実である。病識がない、拒絶が強いなどSDMの実践がある時点で不可能だとしても、病状が落ち着いた段階で実現可能か常に模索することが望ましい。
Key words : concordance, adherence, schizophrenia, shared decision making, insight

●Clozapine治療におけるインフォームド・コンセント
三澤史斉
 我が国では,clozapineの投与開始に当たって,規定の説明文書を用いて文書同意を得ることが義務づけられており,世界的に見てもかなり厳密な形でインフォームド・コンセントが行われている。Clozapineの説明文書は情報量の過多やネガティブな情報に偏った内容であるため,decision aidを利用したり,clozapineの有用性も十分に示すような患者用資料を作成していくことも必要である。また,治療抵抗性統合失調症の多くは同意能力が損なわれている可能性があり,clozapine治療の導入に当たって,同意能力の適切な評価方法を検討していかなければならない。さらに,必要によってはclozapine治療を強制的に行うこともあるが,適切な治療を提供する義務と自律性尊重の狭間で,他の抗精神病薬と比べてより慎重に検討をしていかなければならない。
Key words : clozapine, informed consent, competence

●感情障害治療におけるShared Decision Makingの実際と判断能力
澤田法英  渡邊衡一郎
 気分障害の治療では,集中力や注意力の低下,思考障害,短期記憶の障害,判断能力の障害といった症状がみられ,こうしたうつ状態または躁状態による認知機能の低下はディシジョン・メイキングに影響を及ぼす可能性がある。また,意欲の低下や誇大的な気分,絶望感・希死念慮などの存在により,その人が健康であった時にするであろう意思判断が確実になされない可能性がある。治療方針の決定にはShared Decision Making(SDM)のアプローチを行うことが好ましいが,SDMの基礎的な要件として,治療者からの情報開示,患者自らの自発性,患者の判断能力の3点が挙げられる。気分障害の外来患者のほとんどでは,判断能力を有すると考えられるが,一部の外来患者や入院が必要な状態において,判断能力を有するかどうかという問題には議論があり,そうした事項への検討はまだ少ない。本稿では,気分障害におけるSDMの現状と可能性,判断能力について検討する。
Key words : Shared Decision Making,mood disorder, competence, informed consent, adherence

●認知症患者の医療行為における治療選択と同意について
北村 立
 認知症患者に対する抗精神病薬投与,身体合併症治療,終末期医療など,いろいろな医療場面における治療法の選択や同意取得のプロセスについて,石川県立高松病院(当院)での経験を元に概説した。当院では認知症患者に抗精神病薬を処方する場合,必ず家族に文書で説明し口頭で同意を得るようにしている。また,治療選択が難しく本人の意志が確認し難いケースについては,医師個人の判断に任せず,医局会議で協議し,さらに倫理委員会に諮問することもある。ここで一番重要なことは「一人で決めないこと」だと考えている。認知症患者の身体的治療や終末期医療については,主に家族の希望する治療を行っているのが現状である。しかし最善の利益判断(Best Interest Judgment)を行う代理人として家族が最善とは限らない上,今後益々身寄りのない認知症患者の増加が予測されることから,成年後見人に代理権を与えるなど,早急な法整備が必要だと考える。
Key words : dementia, competence to consent to treatment, substituted judgment, best interest judgment, supervised administration

●児童・思春期患者への薬物治療における説明と同意
藤井千代  舩渡川智之  水野雅文
 児童思春期精神医学の臨床実践においては,子どもが自発的に精神科外来を受診することはほとんどなく,また従来の小児医療においては,子ども本人ではなく,家族(保護者)の意向が重視され,医療者は保護者への説明を中心に行い,子どもはその保護者からの説明,説得により医療行為を受け入れるという構図であった。一方国連が採択している「児童の権利条約」には,「自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において,児童の意見は,その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする」とあり,わが国でもこの条約が批准され,日本の医療現場でも徐々に子どもの認知発達に合わせた方法で子どもが納得できるような説明の重要性が注目されるようになった。本稿では,その方法として,インフォームド・アセント,Shared Decision Making(SDM)の概念を提示し,また,SDMの概念を用いた症例を提示し,考察した。児童思春期精神医学領域においては,「精神疾患を持つ子ども」という極めて脆弱な立場にある個人とその家族に対応しなくてはならない。患児や家族が主体的に治療に取り組めるような治療同盟の構築は,治療の成否の鍵ともなり得ることを我々は十分に認識する必要があるとともに,そのような対応が可能な精神保健医療のシステムの構築が求められる。
Key words : rights of the child, informed assent, shared decision making, competency, pharmacotherapy

●医療観察法における非同意治療とその監査システム
岡田幸之  安藤久美子  平林直次
 本論では,医療観察法における医療の同意に関してとくに注意して評価されるべき事項として(1)同意能力と同意/非同意の意思の評価,(2)同意動機の背景の評価,(3)当該医療の利益と不利益性の評価をあげた。さらに,(1)については(1a)精神機能の障害が同意能力にどのように影響しているのか評価すること,(1b)非同意や同意の意思表示がなされない場合に,それを安易に精神症状のためであるとか,不合理な考え方であると評価していないか確認すること,(1c)同意の意思表示がなされた場合に,それを安易に有効な同意と捉えていないかを確認すること,(2)については,(2a)同意の意思表示があったとき,その同意動機について任意性の視点から丁寧に確認すること,(2b)同意動機の背景については,治療の汎化といった臨床的視点からも確認すること,(3)については(3a)当該医療を行う場合/行わない場合の対象者(患者)本人にとっての利益と不利益を評価すること,(3b)当該医療を行う場合/行わない場合の社会や第三者にとっての利益と不利益を評価すること,(3c)上記(3a)(3b)のバランスについても評価することをポイントとしてあげた。また,同法の入院処遇ガイドラインで定められた,多職種チームによる会議,治療評価会議,病棟運営会議,病棟倫理会議,外部評価会議などによって透明性が担保されていること,一方でそれらの会議の形骸化を防ぐことが最も重要な課題であることを指摘した。
Key words : informed consent, compulsory treatment, audit system, forensic ward

特集 成人期ADHDの適正診断とその治療──注意欠陥/多動性障害治療薬atomoxetine──
●成人期ADHDの臨床像
岡田 俊
 注意欠如・多動性障害(ADHD)は,その半数あまりが成人期には診断基準を満たさなくなると考えられてきた。しかし,従来,治癒と思われていた例においても,多くは閾値下ADHDにとどまっていたり,日常生活に支障を来しており,生涯にわたる慢性疾患としての位置づけが明らかになりつつある。その日常生活の障害は,学業・就労・生活自立など広範に及ぶ。これまでに提出されてきた成人期ADHDに関するエビデンスからは,小児期のADHDと同様の神経生物学的障害があることが示唆される。しかし,成人期ADHDは併存障害を小児期以上に高率に伴う(気分障害,不安障害,外在化障害,物質使用障害)。成人期ADHDにおいては,これらの併存障害を含めた見立てと介入が求められる。
Key words : attention-deficit/hyperactivity disorder, adulthood, comorbidity, bipolar disorder, substance use disorder

●成人期ADHDの診断と評価
山田桂吾  赤間史明  三上克央  松本英夫
 ADHDの疾患概念は,これまで成人期の疾患概念とは一線を画し,幾多の変遷を経ながらも児童期の問題として扱われてきた。しかし近年になり,ADHDの症状は,変容しながらも成人期まで継続するという認識が一般的となりつつある。これは取りも直さず,ADHDが発達障害であると広く認知されてきたことに他ならない。成人期ADHDの治療薬として,atomoxetineが承認されたことを契機として,本邦でも成人期ADHDに対する関心が一層高まってきている。かかる状況において,成人期ADHDに対する薬物療法の適正化のためには,まずは適切に診断と評価を行い,薬物療法が必要か否かを慎重に判断することが肝要となる。本稿では,本邦において,現段階で成人期ADHDの診断,評価をどのように進めていくべきか概説し,合わせていかなる点に配慮すべきかについて考察した。
Key words : ADHD, adults, diagnosis

●成人期注意欠如・多動性障害(AD/HD)に対する薬物療法のエビデンスと臨床的諸問題──Atomoxetineを中心に──
北川信樹
 成人AD/HDに対する薬物療法について18歳以上に適応追加されたatomoxetine(ATX)を中心にエビデンスと自験例を概観するとともに,薬物療法にまつわる臨床的諸問題と包括的治療に向けた考察を行った。ATXは中枢刺激薬または児童青年期における治療効果に比べ,効果量がやや小さく報告されているものの,いくつかの無作為化比較試験において中核症状とQOLに対する効果が確かめられてきている。併存症を持つものについてのエビデンスはまだ乏しいが,不安,抑うつなどの内在化症状に対する効果も期待される。また,併存リスクの高い物質使用障害に関しては,中枢性刺激薬よりも安全に使用できる可能性が高いと考えられる。ただし,薬物療法にあたっては,慎重な診断的吟味とともに,あくまでも個々の治療目標に向けた治療戦略の1つとして位置づけ,生活障害や適応性を改善し,自尊心を高めるような心理社会的治療・支援と併せて包括的に行うことが求められる。
Key words : attention deficit/hyperactivity disorder (AD/HD) in adults, pharmacotherapy, nonstimulants, atomoxetine, psychosocial treatment

原著論文
●統合失調症入院プログラムにおける治療抵抗性統合失調症に対するclozapineの有用性
橋本亮太  山森英長  安田由華  福本素由己  大井一高  井上頌子  竹上 学  武田雅俊
 Clozapineは治療抵抗性統合失調症に適応を持つ唯一の抗精神病薬であるが,重篤な副作用のリスクも存在する。Clozapine治療では患者も治療者もより多くの労力と覚悟を必要とするため,日本において適応患者のごく一部である約800症例にしか用いられていない。大阪大学医学部附属病院の統合失調症入院プログラムにおいて,地域医療機関から「医師の治療が困難であるという理由」または「患者家族の特別な治療を希望するという理由」で患者が紹介されてくる。この患者やその家族は治療への動機付けが高く,また当院の医療スタッフにはできることは全て行うというポリシーが徹底している。本報告では,このような治療構造におけるclozapine治療について検討を行い,clozapineの有用性とともに,実際に起った副作用の大部分は対処可能であったことが示された。本報告が今後のclozapine治療の参考になり,治療者の動機付けにも役立つことを期待している。
Key words : schizophrenia, schizophrenia inpatient program, treatment-resistant, clozapine, effectiveness

●精神科病棟入院が統合失調症患者の体重および糖代謝に与える影響
三上剛明  鈴木雄太郎  田尻美寿々  國塚拓郎  安部弘子  染矢俊幸
 急性期治療のため入院した統合失調症患者160名の内,入院時body mass index(BMI)が25kg/m2以上の患者53名(33.1%)について,入院時と退院時のBMIおよび血液・生化学検査値を調査した。平均在院日数は114.4±90.0日であった。入院時に比較し,退院時ではBMI(p<0.001),空腹時血糖(p=0.039)が有意に減少した。53名中17名(32.1%)が退院時に標準体重となり,入院時と退院時で肥満,過体重,標準体重の割合が有意に異なっていた(p<0.001)。入院から退院までのBMI変化量と入院期間は,負の相関を示した(r=0.597,p<0.001)。本研究では,外来で過体重/肥満であった統合失調症患者が精神科病棟に入院することで,過体重/肥満が改善に向かうことが示された。これは,外来時の偏った食生活が入院によって是正されたことによると考えられる。外来治療中の統合失調症患者の方が入院患者に比べて過体重/肥満の割合が多い可能性が示唆され,外来では患者の食生活および身体的健康により配慮すべきかもしれない。
Key words : schizophrenia, obesity, antipsychotics, hospitalization, acute phase

症例報告
●Blonanserin投与後にBPSD(妄想,徘徊)が改善した2例
長岡 徹  森 一也
 認知症は認知障害だけでなく,様々な精神症状や異常行動を呈することは広く知られている。これらの症状は,behavioral and psychological symptoms of dementia(BPSD)と呼ばれている。薬物治療においては,高齢者に対する副作用の少なさから,近年は第二世代抗精神病薬が多く用いられる。今回,Alzheimer型認知症に伴うBPSDとして妄想,不穏,興奮や暴力行為等を認める症例に対しblonanserin 4~6mg/日と比較的低用量を投与した後に顕著に改善した症例を経験した。薬剤への忍容性が低い高齢者に貴重な選択肢になると考えられることから,blonanserinは認知症患者のBPSDに第一選択として使用できると思われる。
Key words : blonanserin, BPSD, delirium, pharmacotherapy, Alzheimer's disease

短報
●Escitalopramが奏効した夜間摂食飲水症候群の1症例
山口成良  森川明子
 夜間に覚醒して摂食,飲水するため,睡眠維持の困難を訴え,約6,7年間,睡眠薬,その他の向精神薬の投与によっても改善しなかった夜間摂食飲水症候群を呈する1症例に対して,新規SSRI抗うつ薬escitalopramを就寝前に投与したところ,夜間の覚醒回数と摂食・飲水行動が著明に減少した。
Key words : nocturnal eating / drinking syndrome, escitalopram, SSRI, allosteric site


本ホームページのすべてのコンテンツの引用・転載は、お断りいたします
Copyright(C)2008 Seiwa Shoten Co., Ltd. All rights reserved.