詳細目次ページに戻る

展望
●持効性注射製剤の歴史と治療原則
藤井康男
 持効性注射製剤(LAI)の50年の歴史を振り返り,得られた知識や教訓を整理し,LAIの治療原則について考察を深めることを本稿の目的とした。まず第1世代LAIの誕生と普及,少量維持治療の探求,欧州での地域精神医療とLAI,LAIへの反感と偏見,日本におけるLAI治療の歪みなどについて整理した。その上で,第2世代LAIの特性とその開発思想について試論を展開し,欧州,米国そして日本の添付文書の差異についてまとめた。少量投与が適切である症例への配慮が第2世代LAIにおいて必要なことを指摘した。これらの議論を集約するとLAIの治療原則は「患者自身の受け入れに取り組む」「患者特性や状況の多様性に対応する」「連携や治療構造を整え,その中で用いる」の3点に集約できる。我々はLAIによるベネフィットとリスクを冷静に評価し,これらの治療原則への対応を深める中で,わが国なりのLAIによる統合失調症臨床を展開すべきである。
Key words : schizophrenia, long-acting injections, depot antipsychotics

特集 持効性注射製剤のベネフィットとリスク
●持効性注射剤(LAI)の経口抗精神病薬に比した効果と副作用についてのエビデンス:メタ解析に基づく検討
岸本泰士郎
 統合失調症維持期治療において,経口抗精神病薬を用いるのか,あるいは持効性抗精神病薬注射剤(Long Acting Injectable Antipsychotics: LAI)を用いるのかは,治療戦略上の重要な判断となる。LAIはアドヒアランスが十分に保てない症例において有効な治療戦略であるが,一方で注射部位の反応が生じうること,あるいは薬剤による副作用が生じた場合に直ちに薬剤を中断できないことなどから,LAIを選択するかどうかの判断のためには経口薬に比した効果や副作用のエビデンスが鍵となる。本稿では,筆者らが行ったメタ解析を中心に,LAIの経口薬に比した効果,副作用のエビデンスについて概説する。効果について今までの無作為化比較試験では,LAIと経口薬の差が認められなかった。しかし無作為化比較試験においては選択バイアスなどから臨床におけるLAIの効果が必ずしも反映されていない可能性がある。そこで筆者らはミラーイメージ試験を対象に同様のメタ解析を行ったところ,ミラーイメージ試験においてはLAIが経口薬の効果を大きく上回っていることが示された。対照的な2つの試験デザインによる結果はそれぞれのデータの性質を理解し,注意深く解釈する必要がある。副作用に関しては,注射部位の反応などの問題はあるものの,経口薬とLAIで明確な差は認められなかった。
Key words : schizophrenia, long acting injectable antipsychotics, oral antipsychotics, meta-analysis, relapse

●持効性注射製剤への切り替えにおけるポイント
宮田量治
 本稿では,抗精神病薬の持効性注射製剤(LAI)への切り替えのポイントを総論,及び,製剤ごとに各論としてまとめた。総論においては,LAI開始前の経口薬による観察期間,LAI開始後の観察,LAI投与量の決定について言及した。各論においては,モーズレイ処方ガイドラインによる推奨方法,製造者による推奨方法をもとに,RLAIへの切り替え,PPへの切り替え,AOMへの切り替え,HP-D/FDへの切り替えについて順次言及した。LAIは,製剤ごとに相当異なっており,臨床医は,それらを一括りにとらえず,LAIへの切り替えにおいては各製剤の特徴や違いをよく理解し,適切に用いることが大切である。しかし,製造者の推奨する方法は,臨床的にすべての例に適応できるとも考えられず,建前(製造者の推奨に従うべき)と本音(臨床判断を優先させたい)のバランスをどこに求めるべきか現在大変悩ましい状況もある。本稿ではその本音に言及しつつも,LAIの基本的な切り替え方法について理解することを目指した。
Key words : antipsychotic agents, delayed-action preparations, intramuscular injections, switching strategy, antipsychotic dose equivalence

●持効性注射製剤導入と患者・家族への説明・意思決定
澤田法英
 持効性注射剤治療の導入は,判断能力を欠く超急性期や急激な精神運動興奮等の症状がある場合には行うべきではなく,急性期でも判断能力がある程度,回復した時期,または判断能力を十分に有している時期にのみ導入が可能である。持効性注射剤治療が侵襲的な側面を持つ治療であることから,治療導入に際しては,患者からの意思確認を十分に行った後に実施することが必須であり,意思決定共有モデル(Shared Decision Making)のアプローチで治療の導入について相談することが好ましい。その際には血液検査,心電図検査などの事前検査や,同成分の経口薬の忍容性の確認をしたのちに,治療導入の可能性について,患者および家族,治療者の3者で相談を行う。持効性注射剤の有効性や安全性情報などについては,患者・家族に対し十分に時間をかけて適切な手法で説明を行うべきであり,本稿では,持効性注射剤治療の導入の際の患者・家族への説明と意思決定の手法について論述する。
Key words : long-acting injectable antipsychotics, paliperidone palmitate, Shared Decision Making, informed consent, physician-patient relationship, schizophrenia

●当事者の立場から見た持効性注射製剤治療のメリット・デメリット
肥田裕久
 我が国では2015年3月現在,新規抗精神病薬としてはrisperidone持効性注射製剤およびpaliperidone持効性注射製剤の2種類のLAIが使用できる状況であり,またaripiprazole持続性注射製剤の上市が控えている。このような状況で当事者の感じているLAIのもつメリット,デメリットを考えていくことは意義あることだと思われる。LAIはフルアドヒアランスを確保できる有用な治療法だが,いまだ十分な拡がりをもつものではない。そこには懲罰的あるいは強制的な陰影が影響しているからかもしれない。今回,当事者の望む生活,LAIを継続していくうちに当事者の気持ちがどう変わるのか,などを考察した。また,自己決定を時間とともに変化するものと捉え,医療者が取るべき態度にも言及した。LAIのもつメリット,デメリットは当事者に聞くことが一番である。その声を些少ながら拾い集め,当事者の持つ夢や希望にLAIが寄与できることを述べた。
Key words : normalization, viewpoint of patients and their families, pros and cons of LAI treatment, self-descision, acceptance of disability

●Aripiprazole once-monthlyの国内外の治療成績と使用上の注意
松田勇紀  大矢一登  松永慎史  岸 太郎  岩田仲生
 持続性注射剤は服薬アドヒアランス不良,再発を繰り返している統合失調症患者に対して,有効な治療法であることが示唆されている。Aripiprazole once-monthly(AOM)は持続性注射剤の中で初めてdopamine partial agonist作用を有する薬剤である。AOMは無作為割付試験の結果から,有効性評価項目ではプラセボ群と比べて,急性期では陽性症状,陰性症状,社会機能障害の改善を示した。維持期では再発予防および脱落までの期間を延長させた。またAOM群は経口aripiprazole群と比べて維持期における脱落率が低く,脱落までの期間を延長させる可能性が示唆された。安全性評価項目において急性期では,AOM群はプラセボ群と比べて体重増加を認めたが,維持期ではプラセボ群,経口aripiprazole群と変わらなかった。錐体外路症状は,急性期,維持期どちらにおいてもAOM群はプラセボ群,経口aripiprazole群と変わらなかった。これらより,AOMは有効性,安全性に優れた薬剤であることが示唆された。
Key words : schizophrenia, aripiprazole once-monthly, long-acting injectable antipsychotic

●治療抵抗性統合失調症に対する非定型抗精神病薬持効性注射剤の有用性
金原信久  木村 大  渡邉博幸  伊豫雅臣
 統合失調症患者の治療経過中に観察され,難治化の一因ともなり得るドパミン過感受性精神病は,離脱精神病や抗精神病薬の薬効への抵抗現象,また遅発性ジスキネジアなどを特徴とする概念であり,統合失調症患者の長期治療経過中にしばしば見られ,難治化の因子でもある。背景には抗精神病薬によるドパミンD2受容体遮断によって惹起される代償的な受容体の密度増加と過感受性獲得が推定される。このような特徴を有する患者には,適度な遮断をいかに達成するかという視点が重要となるが,その1つの方法として長半減期型の薬剤が安定した薬物動態から貢献できる可能性がある。その意味で非定型抗精神病薬の持効性注射剤を用いた治療は一考に値する戦略である。
Key words : clozapine, dopamine supersensitivity, schizophrenia, tardive dyskinesia, treatment-resistant

●<総説>我が国の統合失調症治療の課題と治療の質の向上を目指した取り組み:持効性注射剤(LAI)の適正使用を軸として
西園昌久  丹羽真一  安西信雄  池淵恵美  後藤雅博  野中 猛
 統合失調症の再発予防に関して,経口剤に比べ持効性注射剤(LAI)の優位性は先行研究が示すところであるが,患者の社会復帰を支える選択肢の1つとしてLAIは十分に認識されていない。この背景には,LAI治療への偏見も挙げられるが,医師と患者の治療同盟を目指す関わりが不十分であることが最大の要因と考えられる。つまり,shared decision makingを介したLAI導入時の患者家族教育の実施をはじめ,その先の治療ゴールの明確化や共有化が医師と患者の関係の中で十分に行われていないと考えられることである。したがって,回復モデルが唱えるような患者への支援を実現するためには,医師が患者との関係性を改めて見直し,必要な支援を行うスタンスを確立することが必要であろう。これらは,LAI治療と統合失調症治療の共通な根底の課題であり,PPST研究会は医師と患者の治療同盟の強化が図れるように活動を継続している。
Key words : long-acting injection, shared decision making, recovery model, alliance, Pharmaco-Psycho Social Treatment

原著論文
●統合失調症患者に対する日常診療下でのblonanserin12週投与の安全性・有効性の検討──使用成績調査より──
増田孝裕  川口奈美  園田純子  大藤恵子  長尾宗彦
 統合失調症患者を対象に日常診療下でのblonanserinの安全性・有効性を検討するために観察期間12週間の使用成績調査を実施した。安全性評価対象3,130名での副作用発現症例率は23.32%で,副作用別ではアカシジア(4.35%)が最も高く,次いで高プロラクチン血症(2.84%),錐体外路障害(2.40%)であった。承認時と比べて新たに問題となる副作用は認められなかった。発現したアカシジアはblonanserinの減量・中止や抗パーキンソン病薬投与などにより95.56%が回復・軽快していた。有効性評価対象3,017名では,最終評価時には投与前よりBPRS合計スコア,全項目の項目別スコアが有意に減少しており,blonanserinの最終評価時1日投与量が多いほどBPRS合計スコア変化量が大きい傾向が認められた。以上より,日常診療での統合失調症治療においてblonanserinは有用な薬であることが示された。
Key words : blonanserin, schizophrenia, post-marketing surveillance, safety, efficacy

●健康成人男性を対象としたbitopertinの単回経口投与試験における安全性,忍容性及び薬物動態の検討
佐藤慎一  前田 彰  入江 伸  首藤典史  船渡川 隆  河西武彦  齋藤智久  大場康博  Meret Martin-Facklam  平安良雄  樋口輝彦
 統合失調症の病因として,NMDA受容体機能低下仮説が注目されてきた。グリシン再取り込み阻害薬であるbitopertin(本薬)は,この受容体機能低下を改善することが期待される。そこで,日本人健康男性を対象として,プラセボ対照,単盲検下で,本薬3〜80mgを単回経口投与し,薬物動態,忍容性,安全性及び薬力学的特性を検討した。本薬の曝露量(AUC及びCmax)は用量依存的に増加し,海外試験での曝露量と類似していた。本薬を投与した被験者では,有害事象,生理学的検査,標準12誘導心電図,視力検査及び色覚検査において異常変動は認められず,良好な安全性プロファイルが示された。また,本薬は赤血球への3H-glycine取り込みを用量依存的に阻害した。以上より,本薬80mgまでの単回投与において,良好な忍容性,薬理作用,曝露量の用量依存的な増加が確認され,さらに薬物動態は日本と海外で実施した試験の間で類似していることが示された。
Key words : bitopertin, glycine reuptake inhibitor, glycine transporter 1, pharmacokinetics, schizophrenia

●統合失調症患者を対象としたaripiprazole持続性注射剤のアジア国際共同実薬対照無作為化二重盲検比較試験における薬物動態成績
山﨑有美子  金 盛烈  清水直明  塩境正子  島 智子
 統合失調症患者を対象として実施したaripiprazole持続性注射剤(以下,aripiprazole LAI)のアジア国際共同実薬対照無作為化二重盲検比較試験におけるaripiprazole LAIの薬物動態成績を報告する。Aripiprazole LAI 400mgを4週間に1回,52週間,臀部筋肉に投与し,血漿中aripiprazole濃度及び主代謝物であるOPC-14857濃度を測定した。薬物動態解析対象228例のaripiprazole LAI 400mg又は300mg/4週を反復投与したときの血漿中aripiprazoleトラフ濃度は,aripiprazole LAI 4回目投与前(初回投与後12週)までにほぼ定常状態に達したと考えられた。Aripiprazole LAI初回投与以降から初回投与後52週までの血漿中aripiprazoleトラフ濃度は,aripiprazole錠剤6mg/日投与時の定常状態における血漿中aripiprazoleトラフ濃度からaripiprazole錠剤24mg/日投与時の定常状態におけるaripiprazoleのCmaxまでの範囲内を推移した。血漿中aripiprazole濃度と主な有害事象の発現率を,375ng/mL以下と375ng/mL超の各群で比較したところ明らかな差異を認めなかった。また血漿中aripiprazole濃度とQTcF間隔との相関を検討したが,明らかな相関関係は認められなかった。
Key words : aripiprazole, long-acting injection, pharmacokinetics, Asian patients, schizophrenia


本ホームページのすべてのコンテンツの引用・転載は、お断りいたします
Copyright(C)2008 Seiwa Shoten Co., Ltd. All rights reserved.