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■特集 生活の視点から薬物療法をとらえなおす
第1章 総論:日常生活をよりよくしていくことを目指すときに,薬物療法はどのような役割を果たすのか
●治療構造全体の中での薬物療法の役割
西園昌久
今日の精神科領域における薬物療法の進歩は神経科学ならびに薬理,薬学の発達によって目ざましい。これは,20世紀に人類が到達した科学の進歩の一環であり,同時にそれは人権尊重の思想と連動するものである。そのような理解からすれば,精神科治療は統合失調症を例にとれば,1)適切な薬物療法と心理教育,2)社会生活技能の障害に対する生活指導(SST,作業療法,スポーツ療法など),3)自己喪失の挫折感から救出するための精神療法,4)家族機能,社会的支持の回復による社会的不利益の改善,などを必要とする。薬物療法自身について言えば,“薬を使いこなす”ことが求められる。
キーワード:科学の進歩と人権尊重,転帰から見た精神科治療,精神科医のジレンマ,治療の回復モデル,PPST 研究会
●薬で「治る」とはどういうことか?――脳科学への期待――
小出隆義,岩本邦弘,尾崎紀夫
DSMによる精神障害の診断が一般化しているが,DSMにおける診断分類は,病因・病態ではなく,症状と社会的機能に基づく操作的診断基準によって下される。これまでの精神科治療薬のうちの大半は,病因・病態ではなく,精神症状を改善するという観点で開発され使用されている。現在,症状によって分けられた精神障害(統合失調症,双極性障害,大うつ病性障害など)の病因・病態解明にむけた脳科学は進みつつあり,今後,これらの知見をもとにして,精神障害の病因・病態・症候を加味した診断および薬物治療を含む治療体系が構築されることが期待されている。本論では,現在における精神医学・脳科学の成果について概説する。
キーワード:DSM,診断の細分化,病因・病態の研究,脳と体の変化
第2章 薬物療法で生活はどう変わる?:薬にできること・薬ができないこと
●統合失調症:急性期
三澤史斉
抗精神病薬は1950年代の後半に登場して以降,統合失調症治療の中心を担ってきた。そして,第二世代抗精神病薬の登場は統合失調症治療に大きな発展をもたらし,認知機能,社会的機能,そしてQOL(quality of life)などの生活全般を反映する,より幅広いアウトカムにも目が向けられ,治療の目標としてremission,さらにはrecoveryといった概念が提唱されるようになった。これらの目標を達成するために薬物治療は不可欠であるが,それだけでは不十分であり,さまざまな心理社会的介入も行い,包括的な治療を継続していかなければならない。
急性期治療では,陽性症状の改善がもっとも大きな目標であるが,さまざまな薬物治療によっても十分な改善を示さない薬物治療抵抗性の統合失調症患者も少なくない。これに対し,薬物治療以外で電気けいれん療法やさまざまな心理社会的治療を組み合わせることが有効であるという報告もある。また,急性期治療では拒薬により薬物治療を行うことさえできない場合もある。この時に強制投薬を行わなければならないこともあるが,長期的な影響も考慮し適切に行わなければならない。また,remission,recoveryという長期的な治療目標を達成するためには治療継続が不可欠であり,治療継続性を高める準備をすることも急性期治療の役割である。このために,急性期の段階から薬物治療におけるさまざまな工夫や心理社会的介入を行っていかなければならない。
キーワード:抗精神病薬,心理社会的介入,薬物治療抵抗性,拒薬,治療継続性
●統合失調症:リハビリテーション期
中込和幸
統合失調症の治療目標は,主観的満足感の向上を重視したリカバリーへと広がりをみせている。その実現のために,さまざまな心理社会的アプローチが取り入れられてきている。リハビリテーション期は,社会機能の改善や主観的満足感を損なう再発の予防に努める時期となる。この時期の薬物療法に関しては,リハビリテーションの効果を高めるために認知機能の改善を目指した薬物選択,再発予防にとって重要なアドヒアランスを維持するために主観的副作用である薬原性ディスフォリアに注意する必要がある。特に,薬原性ディスフォリアは,リハビリテーションへの積極的参加を支える内発的動機付けの低下につながるという側面も併せ持つ。さらに再発が神経生物学的なダメージにつながる可能性や,抗精神病薬の神経保護作用の可能性について言及した。
キーワード:統合失調症,リハビリテーション,認知機能,再発予防,薬原性ディスフォリア
●統合失調症:クロザピンに期待できることとその限界
中野英樹,中野和歌子,中村 純
本邦において,2009年4月より治療抵抗性統合失調症患者に対してclozapineの使用が可能となった。無顆粒球症の重篤な副作用をきたす経緯から,血液モニタリングを導入し厳しい管理のもと運用がなされている。本稿では,われわれが治験の段階から関わり著明な精神症状の改善を認めた症例を紹介し,clozapineの有用性,限界などを概説した。Clozapineの限界として,白血球減少,糖尿病などの副作用があげられ対象患者が限られる。また,運用上の課題として,施設基準から処方可能な施設が限られていること,また実際にclozapineの使用経験がある医師が少ないことがあげられた。Clozapineを安全に使用することと処方の簡便さは相反するが,少しずつ本邦にも広がることを期待したい。
キーワード:統合失調症,clozapine,薬物療法,抗精神病薬,治療抵抗性
●うつ病――抗うつ薬にできることとできないこと――
田島 治
なかなか治らないうつ病患者の増加に伴い,国際的にも抗うつ薬の有効性と安全性に関する信頼が大きく揺らぎ,精神医学や精神医療のあり方,向精神薬の有用性に対する批判や,反対する活動も再び活発になりつつある。こうした状況を反映して,なかなか治らないうつ病患者による薬物療法の自己中断すなわち,いわゆる減薬・断薬の動きも起こりつつある。そこで本稿では,抗うつ薬にできることとできないことというテーマで,うつ病治療における抗うつ薬の役割を新たな視点で考えてみた。遷延したうつ病患者では,次々に新たな薬剤を試みる「足す治療」が主体となっているが,回復プロセスにおける薬物療法の役割を見直し,場合によっては慎重に薬物を減量中止し,仕切り直しを行う「引く治療」も考慮すべき状況となっている。
キーワード:うつ病,抗うつ薬,SSRI,情動変化,レジリアンス
●双極性障害
鷲塚伸介,加藤忠史
双極性障害の治療において,薬にできること,できないことを概括した。薬物療法の効果がもっとも期待できるのは,躁病相急性期においてであり,ここでは他の治療法の追随を許さない。しかし,うつ病相および維持療法期においては,薬物療法がまず行われることが当然としても,その効果は限定的である。急性期のエピソードから回復後は,心理教育を通して患者に病気を理解し受容してもらうことが再発予防のためにまずなすべきことであり,それが薬物療法の効果を引き出すことにもつながる。あわせて,ストレスマネージメントや生活リズムの安定化のために,認知行動療法,対人関係-社会リズム療法など,心理社会的治療を組み合わせて行うことも維持療法期に重要である。
キーワード:双極性障害,薬物療法,再発予防,心理社会的治療
●不安障害
越野好文
アメリカ精神医学会は1980年に『精神障害の診断と統計マニュアル第3版(DSM-Ⅲ)』を発表した。その中で,病的な不安を中心とする疾患が不安障害としてまとめられた。不安障害の中心症状は浮動性不安と憂慮(worry)である。不安障害の生涯有病率は9.2%と報告されているが,精神科的治療を受けたことのある人はそのうちの30%程度にすぎない。不安障害の治療において薬物にできることは,不安障害を直接に治癒させることではない。不安によってもたらされる精神的・身体的な不都合を軽減することである。薬物によって不安・憂慮が軽減されると自然治癒力が強まる。憂慮には選択的セロトニン再取り込み阻害薬が,そして浮動性不安・心身の緊張にはbenzodiazepine系抗不安薬が優れた効果を示す。個々人の不安障害を構成する症状に合わせて治療薬物を選択することが必要である。
キーワード:不安障害,選択的セロトニン再取り込み阻害薬,benzodiazepine系抗不安薬,浮動性不安,憂慮(worry)
●認知症における薬物の使い方
野本宗孝,小田原俊成,平安良雄
本邦において2011年から新たに3つの抗認知症薬が使用可能になった。これにより認知症の中核症状に対する治療の幅は広がったものの,根本治療につながる手立てはいまだない。精神科臨床においては認知症患者の抑うつ,幻覚・妄想,徘徊,介護抵抗が問題となるケースが多く,それらの症状に対し抗認知症薬以外の薬物療法を行うことがある。一般に高齢である認知症患者に対しどのように薬物を用いるのが適切であるか,薬物の効果と副作用を中心に,より効果的で安全な薬物療法を行うためのポイントを示した。また薬物療法以外にも,個別ケアによって環境と介護を整備することにより精神症状を改善することができる方法が報告されている。薬物療法に先立つ方法として示唆に富む取り組みであり,参考にされたい。
キーワード:認知症,抗認知症薬,中核症状,周辺症状,個別ケア
第3章順調でない経過は薬のせい?
●薬物療法における「治療抵抗性」をどう捉え,どう支援するか――多職種協働の視点から――
西倉秀哉,岩田和彦
従来,薬物療法による「治療抵抗性」は,心理社会的治療の観点が欠落していることが指摘されてきた。適切な薬物療法とともに心理社会的治療を行っていくことが臨床現場では求められるが,精神科医だけでは心理社会的援助の視点が不足しがちである。そこで心理社会的な介入にあたっては,多職種協働によるチームアプローチが有用である。筆者は,多職種チームによる治療の成否を左右する要因として,チームが機能的であるかという点と,チームが患者や家族の視点を大切にしているかという点を重視している。前者では,各職種に連携・協働するといった認識が求められ,後者では,チームに患者や家族から意見を聞こうとする姿勢が求められる。これらの基本的要件の上に,多職種協働による薬物療法とさまざまな心理社会的治療が有機的に展開されるものと考える。
キーワード:治療抵抗性統合失調症,薬物療法,心理社会的治療,多職種協働
●治療がうまくいかないとき,薬物療法をどうとらえ,どう突破口を開くか:医師の立場から
宮田量治
治療がうまくいかない臨床ケースとして,山梨県立北病院の長期在院者59名が退院できない最終的理由を検討したところ,薬物療法で改善の期待できるケースは59名中23名(39%)であった。さらに,自験24ケースの分析により,治療がうまくいかない状況は多種多様であり,薬物療法については,服薬アドヒアランスが「Poor」ないし「Partial」とされたケースが2/3に及ぶことが確認された。
このような状況を踏まえて,薬物療法により改善の期待できるケース,および治療困難ケースへの対応における医師の役割について述べた。また,薬物療法の見直しに有用な「薬物療法改善マニュアル」を紹介し,薬物療法によって問題点の突破口を開くための一般的治療戦略について簡単に言及した。
キーワード:精神科薬物療法,処方の点検,多職種チーム,抗精神病薬
●治療がうまくいかないとき,薬物療法をどうとらえ,どう突破口を開くか:薬剤師の立場から
齋藤百枝美
医療の急激な進展に伴い,高い専門性をもつ医療従事者が協働して患者中心の医療を実践するチーム医療が推進されている。精神科専門薬剤師認定制度も始まり,精神科医療における薬剤師の役割は今後大きくなっていくと考えられる。今回,薬剤師が関わることでアドヒアランスが向上した症例,TDM 解析により患者に最適な処方設計に関与した症例,服薬自己管理を可能とした症例について紹介する。
キーワード:チーム医療,服薬自己管理モジュール,副作用モニタリング,TDM 解析
●治療がうまくいかないとき,薬物療法をどうとらえ,どう突破口を開くか:看護師の立場から
富沢明美
看護師として,治療がうまくいっていないと感じるのは,薬物治療をしても精神症状の良い変化が見られない「治療抵抗性」の場合である。また,入院のエピソードが「服薬中断」であり,それを繰り返す場合に治療や看護の行き詰まりを感じる。また,多職種スタッフ間の治療の方向性のコンセンサスが大きな要素となる。患者の生活の一番身近にいて生活を看ている看護師として「薬物に対する患者の思い」を理解し,寄り添うことが,うまくいっていないと感じる際の最初の「治療の鍵」であり「突破口」となると考える。
キーワード:治療抵抗性,服薬中断,薬物に対する患者の思い
●薬物療法の効果を十分に発揮するために作業療法ができること
福島佐千恵,河埜康二郎,大西あゆみ,小林正義
実践例を通して「薬物療法の効果を十分発揮するために作業療法ができること」を考察した。薬物療法と作業療法は相補的な関係にあり,構造化された作業療法の場では,薬物の作用と副作用を患者の作業遂行の特徴から捉えやすいメリットがある。心理教育は薬物療法にまつわる不安や誤った認識を解消させ,アドヒアランスを向上させる効果が大きいが,服薬に対する抵抗感が強く,物事の捉え方や誤った信念の修正が必要な統合失調症患者の場合には,年余にわたる認知行動療法的な関わりが必要かつ有効と思われた。
キーワード:薬物療法,作業療法,心理教育,認知行動療法
●治療がうまくいかないとき,薬物療法をどうとらえ,どう突破口を開くか:PSW の立場から
安西里実
PSWの立場から,薬物療法をどうとらえ,どう介入するかについて事例を挙げながら論じた。筆者らが長期入院からの地域生活移行として取り組んできた福島県郡山市における「ささがわプロジェクト」の実践からは,長期入院から地域生活を送っている当事者らの服薬自己管理支援の実態を報告し,支援のあり方について考察した。結果,心理教育とスキルの獲得の両面から服薬アドヒアランスへ向けて多職種チームで関わることが鍵となると考えられた。また2つの事例から,心理教育などの直接支援と危機介入時の支援について報告し,PSWとして薬物療法をどう捉えるかについて考察した。PSWとして当事者の「生活」という切り口から薬物療法を捉え,bio-psycho-socialのそれぞれの視点からアセスメントを行うことが不可欠である。
キーワード:服薬アドヒアランス,長期入院,心理教育,危機介入,エンパワメント
●治療がうまくいかないとき,薬物療法をどうとらえ,どう突破口を開くか:臨床心理士の立場から
齋藤夕季
本稿は,薬物療法に対して難治性を示した症例に対し,チームで治療法を組み立て,心理社会的アプローチを用いて介入した2症例について論じたものである。介入の際には,再発予防の3大目標である「気づく力を高めること」「生活スタイルの変容」「対処行動の獲得」を意識した。その結果,機能別デイケアの中でこれらを意識して利用者に関わることの重要性が改めて示された。
一方,能力面に限界があったり心的機能が低下してしまったりしている方の場合,患者様自身の力だけでは再発予防の3大目標を達成するのが難しいことも示唆された。このような場合,スタッフが相手の体験していることを理解し,利用者に代わって目標を立て,対人機能や生活の質の向上を図るようにすることが重要になると思われた。
キーワード:機能別デイケア,心理社会的アプローチ,再発予防の3大目標,積極的傾聴,対処法
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