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■特集 これでいいのか うつ病治療:どうしたらいい よくならない抑うつ症状Ⅱ

<小事例紹介:よくならない抑うつ症状をもつ人たち>
●なかなかよくならないうつ病をストレス反応(視床下部─下垂体─副腎系)から考察する
功刀 浩
 うつ病はストレスを誘因として発症することが多く,ストレスに対処するために必要な視床下部─下垂体─副腎系(HPA系)の機能異常が発症に重要な働きをすることが指摘されている。そこで,本稿ではなかなかよくならないうつ病について,HPA系に着目して考察した。重度のメランコリー型うつ病では,急性期にコルチゾールの非抑制を示すが,病状回復に伴いHPA系も改善することが観察される一方,慢性うつ病,非定型うつ病,長期休業者などでは,HPA系の過剰抑制と関連するという報告が多い。HPA系が低下する要因として,不遇な養育環境や過去のトラウマへの暴露が指摘されており,HPA系の亢進者も慢性化するに従ってHPA系の過剰抑制に転じる可能性がある。慢性疲労症候群やPTSDなどのうつ病類縁疾患においてもHPA系はむしろ過剰抑制されていることが示唆されている。以上から,なかなか治らないうつ病ではHPA系の過剰抑制があり,グルココルチコイドの低下によってストレスに対処困難となり,持続的にストレスを乗り越えることができず,病的状態が続くのではないかと考えられる。
キーワード Treatment-resistant depression,hypothalamic-pituitary-adrenal axis,コルチゾール,ストレス,コーピング

<長く続く抑うつ症状への治療・支援戦略>
●現代抑うつ症候群(現代うつ・新型うつ)に対する多軸的評価システムの構築──大学病院気分障害外来での取り組み紹介──
加藤隆弘,早川宏平,佐藤美那,下川憲宏,久保浩明,香月亮子,井上綾子,倉原啓太,堀川英喜,田中耕司,神庭重信
 「現代型うつ」「新型うつ」などと称される新しいタイプの抑うつ症候群は,場面依存的な抑うつ症状出現や回避傾向・自己愛傾向を特徴としており,医療・産業・経済・教育現場に深刻な影響を及ぼし社会問題と化しているが,診断ガイドラインやエビデンスに基づく治療法はいまだ存在しない。筆者らは,発生要因として,Bio-Psycho-Socialな側面,特に日本の文化社会的因子や,現代化・ネット社会化という世界共通因子を想定し,「こうした多軸的な因子を的確に評価することで本症候群をよりよく理解し適切な治療が可能になる」という期待のもとで,地域医療機関と連携し,大学病院内に「気分障害外来」を開設した。本外来では,従来の精神医学的手法に加え,文化社会的因子・行動特性を計りうるツールを活用し,抑うつ症候群の診断・重症度等の評価を行い,本人および紹介元医療機関にフィードバックする体制を整えている。本稿では,気分障害外来での取り組みを紹介し,新しい抑うつ症候群の評価と治療的介入に関する知見を紹介する。
キーワード ディスチミア親和型うつ病,新型うつ,現代型うつ,社会的ひきこもり,信頼ゲーム

●心理社会的治療をどう組み合わせていくか──心理職の立場から──
村中昌紀,松浦隆信,坂本真士
 本稿ではうつ病に対して心理社会的治療をどのように適応するかを心理職の立場から述べた。心理社会的治療とは,環境の中で生活する個人の適応を援助する治療である。心理社会的治療を導入するにあたっては,治療への動機づけなどの個人の心理的要因に加え,周囲の人々の理解などの環境的要因についても丁寧にアセスメントを行う必要がある。また,心理社会的治療にはさまざまな介入技法が存在するが,アセスメントに基づき適切な介入技法を選択する必要がある。最後に心理社会的治療を行うにあたって,留意すべき点として,うつ病の多様性と,治療者の陰性感情について述べた。
キーワード 心理社会的治療,動機づけ,森田療法,うつ病の多様性

●家族への支援をどう行うか
長谷川雅美
 うつ症状の現れ方は多様で,身近に接する家族は,当事者の病状やタイプなどうつ病を正しく知り,休息できる場の提供者,治療協力者として医療者と連携することが求められる。また当事者と家族の会話や対応への支援は,症状の緩和と回復をもたらす。特に家族に学習してほしい会話やかかわるときのポイントとしては,以下の通りである。
・批判したり,意見したりせず,途中で意見を挟まず,じっくり本人の話を聴くこと
・断定的な発言や考えを押し付けない
・うつ病のタイプや症状に応じて,励まし,悩みの解決を後押しする
・他者と比較するなど,焦らせたり,プレッシャーを与える言動は慎む
・自殺念慮がないか言動に気をつけ,不信感を招くことのない態度で接する
家族はうつ病者の生活リズムの調整役であり,共に実践することで,治療的効果を得る。看護師は,医療的視点と社会生活者としての視点でうつ病者や家族を迎え入れ,そのときの状況に応じた適切なサポートをしていく技術が必要である。
キーワード うつ病者の家族,うつを知る,治療協力者,対応ポイント,リズム作り

●復職・就労支援のポイント
松下満彦,徳永雄一郎
 うつ病は再発率,遷延化率ともに高く,再発を繰り返すことが予想され,すべてのメディカルスタッフの関わりを含め,中集団療法的なアプローチが有効である。入院治療では抑うつ症状と抑圧された感情が露呈するが,その背景にあるうつ病者の病理性と発症原因を理解し力動的評価が必要となる。うつ病者の同一化,几帳面,過剰適応による反動から,自己の感情の抑圧が家庭内で展開され,家族内の力動的な変化が見られない場合は,長く続く抑うつ症状への誘因となり就労はさらに難しくなる。
入院中に導入する復職支援プログラムは,グループ内で行われる的確な支持性と直面化から,感情の抑圧と表出が改善し,比較的短い期間で変化が見られやすい特徴がある。外来で導入する復職支援プログラムでも,活動中に生じた出来事を,会社内での出来事に照らし合わせて,個別的にスタッフが直面化しつつ,復職判定には,ブルドン抹消試験やウィスコンシンカードソーティングテスト(WCST)を活用している。
回復期においてHAM-Dの改善が認められても,症状の原因を内省に結びつけた精神療法が必要となり,勤労者のうつ病の背景にある病理性を理解し,個別的に力動的な視点を常に意識することが大切であると考えられる。
キーワード うつ病,攻撃性,復職支援,自殺,ブルドン抹消試験

●難治性うつ病に対する生活習慣指導を考える──「薬に頼らない治療」の実際──
石井惇史,井原裕
 難治性うつ病に対する生活習慣指導に関して,獨協医科大学越谷病院こころの診療科における実践を呈示する。まず,甲状腺機能低下症,鉄欠乏性貧血等の鑑別すべき疾患を否定し,高齢者の場合,パーキンソン病,フレイル等の可能性もチェックする。療養指導の中心は,①7時間以上(年齢による補正あり)の睡眠,②睡眠・覚醒リズムの安定化,③適度な活動性の維持,④アルコールの制限,⑤対人交流の機会をもつ,の5ポイントである。初診時に次回までの短期的目標を呈示し,再診時にはその成果を確認する。このプロセスを外来診察のたびに繰り返す。うつ病の治療においては,患者自身が治療の主役として,生活習慣の改善に主体的に取り組むことこそ重要であり,スポーツに喩えれば,医師は「コーチ役」を務めるにすぎない。
キーワード 難治性うつ病,睡眠負債,フレイル,アルコール,睡眠指針

●トラウマがつくる精神症状──抑うつの背景にあるトラウマ記憶へのEMDR──
大塚美菜子,市井雅哉
 1989年に発表されたEMDRは,2013年にWHO(世界保健機構)から児童,思春期,成人へのPTSDの治療に推奨されると発表された。さらに近年では,PTSD以外の精神疾患へのEMDRの適応可能性についても多くの研究結果が報告されている。本稿ではトラウマ記憶に関連して生じた抑うつ症状へのアプローチとして認知再構成法とEMDRを併用し寛解に至った2事例を紹介する。
キーワード 抑うつ症状,EMDR,トラウマ,PTSD,認知再構成法

<他の精神障害に伴う長引く抑うつ症状への対応>
●双極性障害に伴う長引く抑うつ症状への対応
辻 敬一郎,田島 治
 双極スペクトラムを始めとする新たな双極性障害概念や,新たな双極性障害治療薬の登場により,双極性障害への関心が一気に高まり,海外では20世紀下旬から,わが国では21世紀になってから,双極性障害の診断件数が急増した。その治療ターゲットは双極性うつ病に重きが置かれるようになり,これまで難治性の遷延性のうつ病とされていた患者の多くが双極性障害に診断変更となった。双極性障害はいまだ生物学的解明が十分になされておらず,双極Ⅱ型障害においては,明示された治療ガイドライン自体がほとんどない状況にある。双極性障害の有症期間調査から,「長引く抑うつ症状」を呈するのは双極Ⅱ型障害に多いものと推測されるが,その治療法や対応に関するエビデンスは乏しい。また,双極性障害の過剰診断の問題もあり,診断再考が必要な場合も考えられる。
キーワード 双極性うつ病,過剰診断,bipolarity(双極性),治療ガイドライン,抗うつ薬

●知的障害・発達障害と気分障害──主にうつ病エピソード──
野崎秀次
 知的障害や発達障害における抑うつの遷延は,遺伝や神経細胞の薬剤抵抗性,診断の遅れ・服薬に関することだけが原因ではない。治療にあたり,遷延防止のための要点・具体的方法を明確に示すことが,多くの知的・発達障害者支援に役立つと考え,知的障害者専門病院での自身の臨床経験に基づいて,発症から回復の維持までのプロセスについて考察した。
結果,遷延は器質的素因に加え,生活徴候を併せみての診断,生活治療過程での配慮,態度−対応支援の変更や維持が重要と思われた。生活徴候の何を診て,生活環境治療をどう進め,対応の際の態度・振る舞いを総括してみた。これらは,寄り添い・やりがいの実感・安心できる居場所,これらを構築していく際,変更や改善した状況を維持していくことに繋がり,この欠落によって遷延化が生じることを強調したい。
キーワード 知的障害と発達障害,生活徴候・症状と診断,周囲生活環境,対応・態度・振る舞い,変更や改善の維持

●認知症に伴う長引く抑うつ症状への対応
西 良知,藤瀬 昇,池田 学
 脳の器質性疾患である認知症に併存する抑うつ(うつ病,うつ状態を含めて)は,日常診療においてしばしばみられる。治療を進める上で,認知症および抑うつの病態の見極めは,せん妄やアパシーなどとの鑑別を含めて非常に重要である。
これまで認知症に併存する抑うつの報告の多くは,アルツハイマー病(AD)や血管性認知症(VaD)を対象としたものであったが,近年,ADよりも高率に抑うつを伴い,うつ病が認知機能の低下に先行することも多いレビー小体型認知症(DLB)なども注目されてきており,それぞれの認知症性疾患の特徴に応じて工夫しながら対応する必要がある。
認知症と併存する抑うつについては,高齢者が大部分であり薬物治療の効果が十分得られず長引く傾向もあることから,ここでは非薬物療法も併せてどのように適切な対応を行うかについて解説する。
キーワード 抑うつ(depression),認知症(dementia),レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies),アルツハイマー病(Alzheimer’s disease),アパシー(apathy)

●児童思春期の長引く抑うつ症状への対応──統合失調症との鑑別も含めて──
辻野尚久,舩渡川智之,山口大樹,水野雅文
 児童思春期のうつ病は自殺リスクの増加につながることから,より早期に診断し,治療していく必要がある。しかし,成人期のうつ病と異なる臨床像を呈することがあり,診断が遅れたり,適切な治療が行われずに抑うつ症状の遷延化につながっていることが懸念される。また,児童思春期に発症しやすく,抑うつ症状を呈することも少なくない,統合失調症やAt-Risk Mental State(ARMS)との鑑別も必要である。本稿では,児童思春期のうつ病の特徴や治療方針について概説し,さらに統合失調症やARMSとの鑑別についてまとめた。
キーワード うつ病,抗うつ薬,認知行動療法(CBT),統合失調症,ARMS

<長引く抑うつ症状への専門治療>
●電気けいれん療法
川島啓嗣
 電気けいれん療法(ECT)は,うつ病に対して最も迅速かつ確実な治療法として確立しており,本邦でも施行件数が増加傾向にある。一般的にうつ病の予後を最適化するためには,できるだけ速やかな寛解導入が重要と考えられており,適切なタイミングでECTの適応が検討されるべきである。ECTがうつ病治療の有力な選択肢の一つとして適切に提示され,患者が治療を選択できることが求められる。有効なECTを行うためには,適切な発作を誘発することが必要である。そのためには,発作の適切性の評価や適切な刺激用量設定,麻酔をはじめとした発作阻害因子に関する知識が必須である。術前のリスク評価を行ったうえで,認知機能障害や心血管系合併症などの有害事象に十分な注意を払いながら実施する限り,ECTは安全かつ効果的な治療法である。
キーワード 電気けいれん療法,うつ病,寛解,有害事象

●反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)
鬼頭伸輔
 うつ病患者の約30%は,適切な薬物療法を行っても治療に反応せず,このような治療抵抗性うつ病に対して,海外では反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)が認可されている。うつ病患者では,左背外側前頭前野の機能低下が認められるため,同部位に促進的に作用する高頻度rTMSが行われる。その有効性は,治療抵抗性うつ病を対象とした二重盲検比較試験では,6週間のrTMSにより15〜20%の患者が寛解に至る。薬物療法を併用した非盲検下では,その寛解率は30〜40%である。副作用としては,頭痛,刺激部位の疼痛,筋収縮などが20〜40%に見られる。けいれん誘発は,患者1人あたり0.1%未満である。rTMSの国内への普及にあたっては,適正使用や均てん化を目的としたガイドラインや講習会などの準備を進めていく必要がある。
キーワード 反復経頭蓋磁気刺激,うつ病,背外側前頭前野,有効性,副作用

●行動活性化療法
岡島 義,鈴木伸一
 行動活性化療法は学習理論に基づいた,うつ病への認知行動的アプローチであり,内側(例えば,考え方,気分)から外側(例えば,行動)を変える“inside-out”行動ではなく,外側から内側を変える“outside-in”行動を増やすことを重視している。この“inside-out”行動の理解としてTRAPモデル,“outside-in”行動の理解としてTRACモデルが提唱され,抑うつ症状を維持・悪化させる行動の特定とそれに変わる行動の促進に焦点が当てられる。
 行動活性化療法は,従来型の認知療法よりも治療後の効果が高いことが明らかにされている。また,うつ病に限らず,がん患者や喫煙者などの抑うつ症状に対してもその有効性が示されていることから,うつ病に特化した治療法ではなく,診断横断的治療(transdiagnostic treatment)としての側面が強いといえる。本稿では,行動活性化療法のアプローチ方法とその有効性について論じた。
キーワード 行動活性化療法,うつ病,抑うつ症状,認知行動療法,診断横断的治療

●認知行動分析システム精神療法(CBASP)──慢性うつ病の精神療法──
西山佳子,岡本泰昌
 認知行動分析システム精神療法(Cognitive-Behavioral Analysis System of Psychotherapy:CBASP)は,McCulloughが慢性うつ病の臨床実践のなかで練り上げてきた治療法である。状況分析と対人弁別訓練の2つの特徴的な技法を用いて,患者の社会的問題解決能力と社会的相互作用における共感反応性を促進することがCBASPの治療目標となる。その治療法のなかには,認知行動療法,対人関係療法などで用いられるさまざまな概念や手続きが織り込まれ統合されている。本稿では紙面に限りもあることから,CBASPの臨床知見,慢性うつ病とその精神病理,CBASPの治療原理,状況分析を用いた治療場面の順で紹介する。
キーワード 認知行動分析システム精神療法(CBASP),慢性うつ病,精神療法

<エキスパートの体験 1年以上続く抑うつ症状がこんな風に改善した>
●多剤併用の是正をしつつ良好な寛解が達成された遷延うつ病例
加藤 敏
 多剤併用事例では,患者の側も薬に頼り,薬がなくなることに不安を抱く薬物依存傾向を起こしていることも少なくない。その意味では,今日あらたに問題になっている多剤併用の背後に,医師と患者との共犯関係が関与している事例もあることだろう。減薬の努力は患者との共同作業であり,減薬しても病状が悪くならないならば,あるいはかえって多少とも改善が認められるなら,それはうつ病発症を端緒に挫折体験が反復しがちなうつ病患者にとり大きな達成感を導く。この経験は,無視できない重要なうつ病の改善因子となる。小論では,紹介時(単極性)うつ病の診立てのもとに4種類の抗うつ剤が投与されていた多剤併用事例に対し,双極性障碍の診立てに変更し,2年ほどで多剤併用をなくし,かなりの社会機能の改善をみせ,18年の治療経過で維持薬を服用した形ではあるが完全寛解に至った事例を提示した。治療者が意図せずとも「暗黙の裡に作動している精神療法過程」について注意を促した。
キーワード うつ病,双極性障害,多剤併用,精神療法,薬物依存


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