本書は『精神分裂病の薬物治療学――ネオヒポクラティズムの提唱』の続編である。
そもそも薬物治療学とは「薬の使い方を研究する学問」である。しかし、前書を書き進めるうちに、それは薬物療法の技術論にとどまらず、精神病(分裂病)という病気の見かた(疾病観)や治療の考えかた(治療観)の問題にまで及ぶことになった。今回はこの部分をさらに増幅して、問題を提起しようとするものである。
そのために本書では、分裂病を中心とする精神病の治療にいま使われている心理社会的手段(精神療法、生活療法)と生物学的手段(薬物療法、ときにショック療法)が開発される歴史をたどり、その基盤にあった臨床的事実とそこから生まれた作業仮説に目を向けることにした。またこれと並行して、過去に試みられて現在では廃れたおびただしい数の治療法のうち、代表的なものについてその背景をさぐってみた。これらを対置することによって、今日の分裂病治療の底流をなす医療思想が浮かびあがってくることを期待したのである。
第一部では、西欧近代医学の成立が精神病者の処遇と治療にどのような影響を及ぼしたかを検討する。その基本思想は今なお現代医学の主流として、精神科医の分裂病観にも少なからず影響しているであろう。近代医学的な思考パターンはこれまでどんな光を投げ、どんな影を作り出してきたのか。それを考えてみたいと思う。
第二部は、今日の心理社会的治療の起源とその後の発展をたどろうとする試みである。本書はそれを、病気の原因解明によって治療を開発しようとした西欧近代医学ではなく、病人の自然治癒力に基礎を置いたヒポクラテス医学の系譜とみなしている。いま活発化しつつある生活技能訓練や家族介入は、科学的な検証を経ているという点で、単なる観察と経験の医学を超えているが、開発思想のうえではその延長線上に位置すると考えられる。
第三部は本書の中心をなす部分である。今日の抗精神病薬療法と代替手段であるショック療法の起源にさかのぼり、その背景に「自然治癒力の科学的解明とその治療的応用」という新しい医学思想(ネオヒポクラティズム)を読みとろうとした。その開発史は古代医学と近代医学とを統合するひとつのモデルを提示しているのではなかろうか。
第四部は、現在の精神科医が共有していると考えられる疾病観と治療観を点検し、そのあるべき姿をさぐろうとする試みである。著者は、患者の回復に役立つ病気の理解とは、病因や「過程」の解明ではなく、回復を促進し、再発を防止しうる心理的および生理的な条件の発見であると考えている。本書はここで、発病の論理から回復の論理へと、読者の視点変換を要求しているのである。
最後に、精神病(分裂病)の疾病観と治療観はいわゆる心身問題、すなわち心と脳の関係をどうみるかという問題と無縁ではない。それどころか、心に働きかける精神療法と脳(体)に作用する身体療法との併用を論ずるにあたっては、この問題を避けて通ることができない。終章で著者は心身一元論の立場から、心理社会的手段と生物学的手段の理論的統合を試みたつもりである。
前書にくらべて理屈が先行する内容になってしまったが、気楽に読み流していただきたいと思う。