2013年8月アーカイブ

自傷行為の理由とプラスの作用

 
 一般に、自傷行為は人の関心を集めるため,人を操作するためにすると思われています。
 しかし自傷行為は隠されることがしばしばで、患者は自傷行為を深く恥じていることがよくあります。
 自傷行為を図る前には、患者はほとんど孤立しています。

 自傷行為の意図とその影響は区別すべきです。
 患者は感情に圧倒され、人に与える影響を気付いていないことも多いのです。

 けれども結果的に人の注目が集まると、元々感情の統制が目的だったのに、得られる関心が望ましくなり、自傷行為がやめられなくなることはあり得ます。

 以下は、患者から報告される自傷行為のプラスの作用です。

・感情統制
 極度の感情の緊張がほぐれて気分が良くなるように感じられます。

・注意をそらすこと
 精神的苦痛を紛らわすために行なわれることがあります。
 患者は自己陶酔に類似した体験として自傷行為に没頭します。

・自己懲罰
 激しい羞恥心,後悔,自分が疎外されているという、耐えがたい状態からの救いになるのです。

・精神的苦しみの具体的な確認
 目に見える証拠もないのに、自分が恐ろしく感じているのは信じがたいことです。
 傷痕やあざは自分の精神状態を具体的に証明するものになります。

・感情を制御すること
 患者は自傷をすると、でき事や感情を制御できると感じます。
 他者の行動やでき事から生じる苦痛を制御しようとします。

・感覚麻痺と離人感の緩和
 この働きを「現実回避」と呼びます。
 BPDの人は、感情的に過剰な負担を抱くと、感覚麻痺や離人感の状態に陥るかもしれません。
 自傷行為はそれを緩和させてくれる数少ない行為です。

・怒りのはけ口
 自分を傷つけることで、怒りの感情を行動に移すのは、他人に向けて怒るより安全で、罪悪感が生じにくいと感じられます。


 自傷行為のプラスの面として次のものがあります。
 感情的な辛さを具体的な辛さに代える(59%),自分を罰する(49%),不安と絶望感を和らげる(39%),感情を制御できると感じる(22%),怒りを表出する(22%),感覚麻痺や離人感の緩和(20%),人に助けを求める(17%),嫌な記憶を消し去る(15%)

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本
 

自傷行為の背景と定義

 
 自傷行為には2種類あります。
 ひとつは実際に死のうとする意図をもって行なわれるもの、もうひとつは自分にダメージを与えても死ぬ意図がないものです。

・自殺企図
 故意の自己破壊的行動で、少なくとも部分的に死を意図してなされるものと定義されます。
 しかし個人の主観的意図を知るのは難しいことです。
 事後の報告は、再解釈や行動の結果の影響を受けている可能性があり、自傷した時点の精神状態を表現していない公算があります。

 自傷行為の理由は様々で、しかも自殺の意図が曖昧なので不確かなことが多くなります。
 また、患者の意図の捉え方が歪んでいることもあります。

・自傷行為
 自殺の意思のない意図的な自己破壊行動と定義されます。
 BPDに極めて特徴的なものです。
 不安定になった感情を改善しようと企てられたもので、BPDの人はそれをはっきりと自覚しています。

・自殺関連行動
 自殺の意図のあるなしに拘らず、結果的に死に至らなかったいかなる自傷行為も含むものと定義されます。
 自傷行為およびあらゆる自殺企図がこの範疇に入ります。

○問題の頻度と重要性
 BPDの人の75%が自傷行為を行ない、50%近い人が少なくとも1回の深刻な自殺企図をしていると推定されます。
 さらにBPDの入院患者の80%が自傷行為を示します。

 自殺企図と自傷行為は、当人の中では別物であり、意図と方法が明らかに異なっています。

 自傷行為と自殺企図の両方を行なうBPDの人は、自分の致命率を低く捉える傾向があります。
 自殺の意図が曖昧でも、致命率が低いわけではありません。
 薬物の過剰服用は致命率が低いと思われがちですが、死ぬ意図が乏しいとは限りません。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本
 

自殺関連行動と自傷行為

 
 BPDの自傷行為には、矛盾した逆説的な性質があります。

 自傷行為は肉体的・精神的にも並外れた苦しみを引き起こす一方、苦しみを和らげるために行なわれ、実際そのように体験されることが多いのです。
 肉体的な苦痛は、精神的苦痛よりまだ耐えやすいと言います。
 また身体的な傷は目に見え、精神的苦しみの具体的な証拠となります。

 患者は「身体を傷つければ、本当に自分を殺さなくてもすむ」とも考えます。
 臨床家は入院させなければと考えますが、この行動が当人に生き続ける「許可」を与えてるとしたら、入院は不必要で逆効果になりかねません。
 自殺企図の場合もそうです。

 このような誤った判断や誤解は、自殺可能性に対する過小評価と過剰反応という、BPDの自傷行為のもうひとつの逆説的側面に関わるものです。

 BPDの人は自殺念慮を抱きながら、自殺を意図しない自傷行為,自殺の脅し,致命的でない自殺企図を行なうことがしばしばあります。
 周囲がそれを「オオカミ少年の訴え」と見なすようになることもあります。

 そうして真の自殺の危険性を、過小評価もしくは無視するようになってしまいます。
 自傷によって周囲の関心を集めようとしているという、誤解が生じるのです。

 自殺関連行動は多くの精神障害で起こりますが、致命的でない自傷行為が些細なきっかけで繰り返されるのは、ほぼBPDだけのものです。
 そのため臨床家のなかにはBPDの治療を嫌がる人もいますが、残念な状況です。

 BPDの治療はいかにストレスが多くても、やりがいのある実りの多い経験になります。
 患者は慢性的な自殺念慮を振り払い、自傷行為をやめることができるようになるのです。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より   

文責・稲本
 

BPDへの精神療法の効果

 
 精神分析的精神療法を受けたBPD患者は、標準的治療を受けた人たちと比較すると、うつ症状,対人関係機能,自殺企図と自殺行為の回数,入院回数が有意義に改善したという研究結果があります。
 BPDに対する応急処置はないけれど、長期間精神力動的精神療法を続けると、大いに改善する可能性があると結論付けられています。

 DBT(弁証法的行動療法)を1年間受けた患者では、自殺関連行動と入院日数が少なくなりました。
 また同じ治療者の下に長く留まっていたことや、薬物使用を減らす効果も明らかになりました。

○精神療法のまとめ
 BPDは特別のアプローチが必要な精神障害です。
 充分な期間適切な治療を受けることで、大多数の患者が確かに回復すると、臨床的にも実証研究からも裏付けられています。

 古典的な精神分析の初期の試みは成功しませんでしたが、それを修正した治療法は多くの患者に有効です。
 精神分析理論に基づく精神力動的精神療法では、意識されない思考,感情,行動のパターンを患者が認識することが援助されます。

 認知行動療法では技能訓練を通して、思考と行動の破壊的なパターンの認識と修正が行なわれます。

 全ての精神療法において、患者と治療者との治療同盟は、成功に欠かすことができません。
 第一に優先すべきは、患者が自分を傷つけないよう安全を確保することです。
 薬物療法やその他のプログラムが並行して必要なこともあります。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本
 

認知行動療法(2)

 
○BPDの認知図式療法
 発達早期に形成される適応不全をもたらす認知図式の概念では、それが幼少期に端を発し、長期にわたって広く浸透したテーマであり、個人の行動,思考,感情,他者との関係を既定し、適応不全をもたらすものとします。

 この認知図式は幼少期には有効でしたが、青年期になって否定的な感情やもたらすだけになっても、認知を支配し続けます。
 認知図式療法では、患者の思考の歪みを特定し、問題を繰り返しす考え方を見直します。

 BPD患者に見られる認知図式には、「見捨てられた子供」「怒っている衝動的な子 供」「懲罰的な親」「冷淡な保護者」「健康な大人」が明らかにされました。
 このうち「健康な大人」の様式をできるだけ強めていきます。

 面接の中で患者の様々な認知様式を見て取り、適切な対策を学びます。
 例えば、「見捨てられた子供」の様式で、幼少期に満たされなかった安全,ケアを受けること,自律性,自己表現への欲求を満たすように努めます。

 治療者は共感と慈しみを通して、患者の再養育を目指します。
 誘導されたイメージ,心理教育,自己主張訓練,ロールプレイなどの認知行動療法の技法が用いられます。

○BPDのSTEPPS集団治療プログラム
 感情の信頼性と問題解決のための訓練システム(STEPPS:Systems Training for Emotional Predictability and Problem Solving)には、ふたつの段階があります。
 20週間の基本的技能の集団療法と、1年間にわたる毎月2回の集団プログラムです。

 後者は、目標設定,信頼することと挑戦すること,怒りへの対処,衝動性のコントロール,対人関係行動,台本を書くこと,自己主張訓練,あなたの人生の旅路,認知図式の再検討から構成されます。

 STEPPSは、BPD患者が激しい感情を統制する能力に問題があるという仮説に基づいています。

 第1に、変化が可能であることが伝えられます。
 第2に、感情マネジメント訓練,認知図式と引き金になる状況を認識する技能,更にそれへの反応の訓練が行なわれます。
 第3には、生活上の問題に対応するため、行動マネジメント訓練を中心とする目標設定,リラクゼーション,虐待的行動の回避などの技能を習得していきます。

 家族やその他の重要な人々の参加も求められます。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本
 

認知行動療法(1)

 
 認知行動療法では、認識できる行動と思考に焦点が当てられます。
 パーソナリティ障害は、生まれながらの敏感さや早期の社会的学習,時には外傷的なでき事の結果、認知や思考の障害から非適応的反応や歪んだ信念が生じて発生します。

 固定化した非適応的な思考の枠組みがあり、障害された認知-対人関係が繰り返されます。
 このようなパターンは自動的になり、当人は自覚しにくくなっています。

 行動は環境からの条件付けによって強化されると考えられます。
 不適応行動も学習されたもので、患者は問題を学習の中で取り戻していくことによって回復していきます。
 社会技能訓練,自己主張訓練,系統的脱感作療法,リラクゼーション訓練などがあります。

 認知行動療法は行動と思考の破壊的パターンを特定して、修正していきます。
 治療者がより指示的な介入をすることで、治療期間が短くなります。

○弁証法的行動療法(DBT)
 DBTは、自殺の素振りや自殺企図に効果的です。
 命の危険となる行動を減らし、治療の妨げになる行動,生活を損なう行動を修正します。

 BPDは主に、生物学的な敏感さと、感情的に受け入れられなかった早期の環境との、相互関係による感情統制の欠陥から生じると考えられます。

 DBTでは、患者の変化を促す一方で、患者の現在のあり方をも受け入れなければなりません。
 患者を肯定すると同時に、不適応的な思考パターンを修正し、新たな対処方法を教えていくのです。

 DBTは次の8つの想定から治療が決定されます。
(1)患者は患者なりに最善を尽くしている
(2)患者は改善したいと望んでいる
(3)患者は一生懸命努力し、回復の動機付けを強めなければならない
(4)患者は問題を解決しなければならない
(5)自殺の危険性があるBPDの人の命は、今の生き方では持ちこたえられない
(6)患者は新しい行動を身に付けなければならない
(7)患者は治療に失敗することができない
(8)治療者にも支えが必要である

 患者は週1回の個人精神療法と週1回の集団技能訓練に、1年間参加します。
 個人精神療法はプログラムの中心で、治療者と電話で連絡することもできます。

 集団技能訓練は、マインドフルネス(気付き。瞬間ごとの自分に気付いていること),効果的な対人関係,苦難を耐えること,感情統制の問題への対応が、目指されます。
 患者が新しい反応のレパートリーを身に付け、それを用いていけるように援助します。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本
 

支持的精神療法,TFP

 
○精神分析に基づいた支持的精神療法
 これは同一性の問題に焦点を当てています。
 患者の行動と思考過程は、非常にもろい自己感覚に対処しようとするためだと考えます。
 患者が「分裂」を統合できるようにします。

 患者が最悪のときでも、治療者が患者に温かさや好意を示していくことが必要です。
 患者が自己感覚の変化を認識し、同一性を経験することを促し、支持することも重要です。
 患者は、否認したい部分も含め、自分自身のあらゆる部分の価値を認めていくでしょう。

○転移に焦点を当てた精神療法(TFP)
 患者と治療者が共同で、治療の条件の契約と構造を作り上げ、それを維持します。
 BPDの衝動的な自己破壊行動,混沌とした対人関係,歪曲された知覚,断片化した同一性は、精神の分裂のせいだと考えられています。

 患者の中では、相手のイメージと自分のイメージの組みが、様々な感情のパターンと関連しており、それが統合されることができません。
 好ましいイメージが忌ま忌ましいイメージに損なわれ、破壊されるのを防ぐために、内的世界は無意識に分裂し、断片と化しています。
 自己の部分同士が、互いに排除しあったり、否認しあったりすることが、その場限りの行動や認知,感情の原因と考えられます。

 TFPでは、患者が治療関係で混乱した場合、相手と自分のイメージの組みを特定します。
 今ここで起こっていることを話し合い、理解する共同作業を続けます。
 患者のイメージに働きかけ、それに伴う苦痛を扱うことによって、部分同士を統合していくようにします。
 安全な治療関係の中で、患者の心の理解し、変化をもたらしていきます。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」星和書店(林直樹訳)より

文責・稲本
 

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