2013年10月アーカイブ

 
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○処方薬を依存するのは、「快感」ではなく、「苦痛の緩和」という報酬効果のため

 従来の覚醒剤などの薬物乱用の理由は、誘われて,刺激を求めて,好奇心・興味から,など、快感を求めてのものでした。

 それに対して、現在の処方薬による乱用は、患者が不安や不眠を軽減することが大半の理由です。
 つまり新たな快楽のためではなく、今の苦しみから逃れるのが目的なのです。

○気分障害などの併存が多い

 覚醒剤患者と、処方薬の乱用・依存患者が併発している障害を比べてみます。
 前者では、統合失調症,気分(感情)障害,パーソナリティ障害・行動障害が見られます。
 後者では、気分障害,うつ・パニック障害・摂食障害などが非常に多くなっています。
 患者の84%が、その治療過程で乱用・依存が問題化しているのです。

○処方薬の「売人」はお医者さん
(処方薬患者の84%が不眠・不安の治療過程で発症)

 依存患者の薬の入手元を調べると、覚醒剤では大半が不明、次に密売人で、つまりアンダーグランドです。
 一方睡眠薬・抗不安薬は、精神科医がトップ、続いて身体科医師です。
 医者は、「白衣を着た売人」と言われます。

○処方薬乱用者は自傷・自殺が多い

 覚醒剤患者より処方薬患者は、自傷・自殺やODが圧倒的に多く見られます。

 なお、依存は誰でもするものですが、健康な依存は色々なものにバランスを取って依存します。
 病的なのは一点集中で、ひとつのことだけに依存してしまうことです。
 人に依存する場合も、健全なのは何人かの人に頼ることですが、特定の人のみに依存すると、依存されたほうも倒れてしまいます。

〔*松本俊彦先生講演より〕

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文責・稲本
 

 
 10月20日「BPD家族会」定例会で、松本俊彦先生〔*〕の講演「向精神薬乱用と適量服薬の理解と対応」が行なわれました。
 その内容を掲載していきます。


〔*:「BPD家族会」顧問
  独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所
  自殺予防総合対策センター副センター長
  薬物依存研究部 診断治療開発研究室長〕

                  *

○わが国における乱用薬物の動向
(全国精神医療施設の薬物関連精神障害の実態調査(1996~2012年)より)

 戦時中ヒロポンと呼ばれていた覚醒剤は、戦後民間に広まりました。
 覚醒剤取締法が制定された結果、地下に潜ってヤクザの"しのぎ"となりました。
 注射から吸引に変わって、接種しやすくなったといいます。
 覚醒剤は各種薬物のなかで使用量がだんとつにトップです。

 2位のシンナーの使用量は徐々に減っており、薬物にも"流行り"があるようです。

 シンナーに変わって増えているのが、3位の睡眠薬・抗不安薬で、2004年にシンナーと順位が逆転しています。
 睡眠薬・抗不安薬は、ハルシオンなどベンゾジアゼピン系の薬で、これは不法に入手されたものではなく、医療施設で患者に治療として処方されたものです。

 患者は処方された薬を一度に大量服用したりし、乱用・依存になります。
 これが、現在の薬物乱用の問題点です。

 脱法ドラッグも増えていますが、これは覚醒剤より危ないと言われます。
 脱法ドラッグは法の規制を逃れるために次々と化学構造を変え、そのため危険になっているのです。

○いまや捕まらない薬物が問題

 1年以内に乱用が見られた薬物関連障害患者の薬物の内訳は、覚醒剤,脱法ドラッグ,睡眠薬・抗不安薬がほぼ4分の1ずつを占めています。
 このうち、脱法ドラッグと睡眠薬・抗不安薬は違法ではなく、捕まりません。

〔*松本俊彦先生講演より〕

(次の記事に続く)

文責・稲本
 

家族のストレスと負担を減らす

 
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 家族療法の第1の目的は、BPDの人の症状を軽減し、能力を向上させることですが、家族のストレスと負担の軽減が目標にされるものもあります。
 それは家族サポートプログラム,家族教育プログラムと呼ばれ、専門家による家族心理教育とは異なります。

 患者の家族自身である、教育を受けたボランティアによって指導されることが多く、医療施設ではなく、地域社会に基盤があります。
 治療ではなく草の根的なものであり、最小の費用で参加できます。

 「家族から家族へ」と呼ばれる家族教育もあります。
 教育と共感的理解を通して、家族が感じる偏見(スティグマ),孤独,絶望を減らすことが目的です。

 正式な家族心理教育とは異なりますが、家族が患者に不愉快や心配を感じることが軽減されます。

○家族の関与のまとめ
・治療プログラムを選択するときは、治療法の有効性についての情報を得ることが重要です。
・家族心理教育は、家族の強さを増すことに重点を置き、患者の問題を家族の責任と考えることはありません。
・DBT家族療法は、家族内のコミュニケーション技能を築き、家族内の相互作用を改善させるアプローチです。
・家族サポートプログラム,家族教育プログラムは、ボランティアの家族がリーダーとなって、問題解決と自助の技能や情報を提供し、相互サポートを促します。
 BPD家族の負担を減らす効果があります。


●訳者(林直樹)あとがき
 本書では、従来ないがしろにされがちだった家族へのサポートを強調している。
 専門家が、BPDの原因は養育環境や家族関係だという偏った考えに毒されて、家族のサポートは不充分だった。
 さらに本書は、家族が治療チームのメンバーとなってもらうべきだと示している。

 わが国(日本)では家族への支援は貧弱な段階にあり、今後の課題は大きい。
 しかし、家族同士がサポートし合う活動が大きな役割を果たしうることに、大いに励まされる。
 本書は米国の状況の記述だが、わが国でも有用性が高いと考えられる。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

(以上)

文責・稲本
 

現在の家族療法

 
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 家族のお互いの関係の改善を目指す療法は、家族にとって有効です。
 多くの家族療法は、患者の個人療法を促進したり、効果を増強するものです。

 DBT(弁証法的行動療法)家族療法は、家族内の技能の確立と、家族同士のコミュニケーションの向上に焦点を当てます。
 個々の家族,複数家族,若い患者の親のグループ,患者のパートナーのグループなどの様式があります。

 DBTでは家族は以下の課題を学びます。
(1)BPDがどのように発症するか、それに家族がどのように関わっているか
(2)ストレスに対処するために患者が学ぶ技能
(3)認知,感情,言葉の問題をどのように修正するか
(4)家族の相互作用の問題を修正する
(5)効果的なコミュニケーション
(6)家族関係と家族の活動をできる限り楽しむ

 感情の信頼性と問題解決のための訓練システム(STEPPS)も開発されました。
 この治療法に家族は不可欠であり、治療を促進する技能を学ぶことで、ネガティブな気分と衝動的な行動を減少させます。

○家族の関係と機能の改善
 家族療法は何十種類もあります。
 システム論的家族療法,行動療法(または認知行動療法),夫婦療法などと呼ばれます。

 数回の短期間のものから、1年以上の長期間のものまでありますが、家族全員が出席するのが一般的です。
 問題を話し合う技能を用いること,問題行動の動機・意味・機能を明らかにすること,家族関係の長所を活性化することなどに、焦点が当てられます。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

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文責・稲本
 

家族心理教育

 
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 統合失調症の治療では、家族心理教育を受けると、患者の再発が40%低下しました。
 BPDの心理教育では、BPDの情報が不足しており、対処する技能を発達させずに情報だけ得るとバランスが取れなくなるため、家族の負担感やストレスが深刻になることがあります。

 弁証法的行動療法〔*注〕に基づいた家族の心理教育的アプローチが開発され、DBT-家族技能トレーニング(DBT-FST)と呼ばれます。
(参照:10月23日の記事「家族のサポート体制を整える(2)」)

〔*注:DBT。リネハンが開発したBPDの治療法で、認知行動療法の技法を組み合わせている。
(認知行動療法は、患者の思考,感情,行動に焦点を当てて、問題を解決することを目指す。)
 DBTは感情をコントロールし、衝動性を抑制し、自己破壊的な行動を回避するための具体的なスキルを教える。〕

 DBT-FSTには複数家族の集団療法と、個々の家族の治療の両方が行なわれます。
 治療目標はふたつです。
(1)患者が個人療法で学んだ行動を、さらに強化する方法を家族が学び、個人療法の成果を高める
(2)家族全員の家庭環境を向上させる

 DBT-FSTでは、BPDの特徴や起源の教育をし、家族の理解と共感を促します。
 プログラムの参加者は、互いに相手の感情や経験を認め(有効化し)合って、否定的な反応を減らし、効果的なコミュニケーションを学びます。
 

 BPDの患者に対しては、自己学習療法があります。
 専門家との相談と組み合わせて、自己学習のテキストを用いて進めます。
 自分で本を読むより効果があり、治療を避ける人にとって有用なことがあります。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

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文責・稲本
 

治療への家族の関与

 
 治療に家族が関与することは、患者にとっても家族にとっても有益なものです。
〔*注:ここに紹介する治療は、アメリカの一部で行なわれているものです。〕

 (1)基本的に患者を援助しながら、家族の人間関係や家族機能の改善も目的としている治療法,(2)家族の苦痛と負担を減らし、家族の相互の支援を強化するための集団プログラムが、役に立ちます。

 治療法は少なくともふたつに分類できます。
 家族心理教育と、家族療法です。

 前者は、病気の情報と対処技能を提供するプログラムで、患者の機能を向上させ、家族の負担を減らすことを目指す治療です。
 後者は、一般に家族全員を対象とする治療で、家族内の対人関係と相互作用を改善することを目指します。

 家族心理教育のプログラムは、患者の個人療法(精神療法や薬物療法)を補うものです。
 家族の苦痛を軽減して、家族の患者へのサポートを強化することが期待されます。
 家族療法には、個人療法を補ったり強化するためのものもあり、成果を上げています。

○家族心理教育
 統合失調症の家族心理教育では、家族が患者の障害について正確な情報と支援システムを手にし、他の家族の成功と失敗から学ぶことができたときに、患者は最もよく回復しました。

 家族心理教育プログラムは、専門家が複数家族を指導する集団療法です。
 家庭内の機能不全に焦点を当てる伝統的な家族療法とは異なり、家族の強さと回復力を増すことが目指され、患者の問題を家族のせいにすることは行なわれません。

 家族が敵意や怒りなど否定的な感情を強く表すと、患者は精神症状を再発しやすくなります。
 家族心理教育によって感情を表すパターンを変えると、患者と家族に非常に有益な結果がもたらされます。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

(次の記事に続く)

文責・稲本
 

家族のサポート体制を整える(2)

 
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○関係を再建する
 虐待的な言葉に対しては、冷静な反応で和らげます。
 不当な非難の根底にある、見捨てられ恐怖を理解しましょう。

 抗議したくなる気持ちに耐え、「いつもあなたのためにいてあげるよ」と保証してあげることは、根底にある恐怖に適切に応えるものです。
 そして、「あなたにも私のためにいてほしい。私たちはお互いに心配しているし、必要としているから」と言うことで、個人として対等の関係を再確認できます。

○DBT-家族技能トレーニングモデル
 患者の感情や経験の意味を認める「有効化」は、相手をなだめることではなく、耳を傾けて理解することです。

 多くの親は、「もし私がこの病気を引き起こしたのなら、私はそれを一掃することができる」という不可思議な願望を持っています。
 しかし家族にとって重要なのは、BPDは家族の責任ではなく、家族にはBPDの状態を治すことができないという現実を受け入れることです。

 「無効化」は、相手の見方を否認,軽視することで、相手の苦しみを過小評価することが最も有害です。
 相手が別の見方をしていることを認め、その上で、互いの一致している事柄を探すのは難しくありません。
 無効化の環境が病気を生み出すのではなく、自分の話を聞いてもらえなかったり、理解されないことが、患者のパニックと怒りを強めるのです。

 BPDの人は、恐怖を呼び起こす断片化された内的世界と闘っています。
 彼らの厄介な行動は、安心感を得ようとする試みでもあります。
 家族のサポート体制は、型,境界を与えることで、世界の断片化に対抗します。

 家族は自分たちの欲求を満たす権利を尊重し、他の人の権利も尊重されるべきという認識を患者に促します。
 それは混沌とした内的世界の周りに、安全な境界を引くことになります。

 家族がBPDについて学び、家族同士で経験を共有し、患者支援を行なうことで、自分たちだけでなく、BPDの人たちや他の家族たちの助けとなるのです。

○家族のサポート体制のまとめ
 BPDを発症しやすい遺伝的傾向があるのが明らかなのにも拘らず、専門家の間で家族に障害の責任があるという考えが消えません。
 それは治療が失敗するだけでなく、患者と家族を傷つけます。

 家族が病気を引き起こしたのではないのだから、家族はそれを治せないと受け入れる必要があります。
 家族は、BPDの人を拒否することなく、感情的な混乱に巻き込まれないよう抵抗し、関係を再構築することができます。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本
 

家族のサポート体制を整える(1)

 
 家族のサポート体制を作るために、家族は、問題を認識する事(recognizing),病気に抵抗する事(resisting),関係を再建する事(reconstructing)という、3つのRを学びます。

 第1段階は、目的のある行動と、病気のためにコントロールしがたい行動を区別することです。

 第2段階は、感情統制不全と不合理な行動に巻き込まれないよう抵抗することです。
 それは、患者に必要なことと家族に必要なことを区別する境界を定めることを意味します。
 見守るだけにすべきか、行動を起こす必要があるかを決定することでもあります。

 第3段階は、愛する人との有意義な関係を再建することです。

○問題を認識すること
 自分を犠牲者だと感じているのは、BPDの当人であると認識する必要があります。
 彼らは人が自分を理解してくれないため、犠牲となっていると感じているのです。
 けれども彼ら自身は、自分が他者に及ぼす影響を認めることができません。

 BPDの人は、自分が家族に依存して仕事ができないせいで、家族が経済的負担に苦しんでいると知ると、後悔します。

 BPD患者は見方が相違しているためコミュニケーションが困難であり、そのため家族は無効化する環境を作り出します。
 家族は、無効化によって相手の見方をつまらないものと思ってしまいますが、無効化はコントロールできることができます。

○病気に抵抗すること
 家族の怒り,批判,拒絶は、患者のコントロール不能な世界をますます崩壊させます。
 家族が要求を拒否すると、BPD患者は感情的に爆発します。

 家族の課題は、敵意を示したり自分の身を守ることではなく、困難な要求に従わないまま、患者の感情を理解することです。
 挑発的な態度を前にして冷静さを保ちながら、拒絶せずに境界を維持することを目指します。

 精神疾患の患者は親を否定的に、両価的に表現します。
 親が自分にどれほど満足または不満を与えるかに集中し、親も欲求を持つと捉えていません。

 患者は強い愛着を持てば持つほど、相手が完璧でなく自分を失望させたと言って、一層激しく攻撃するのです。
 かつては全能だった親が自分を救えないと、パーソナリティが脆弱な人は恐怖と怒りが引き起こされ、自我の境界がぼろぼろに崩壊するのです。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

(次の記事に続く)

文責・稲本
 

家族の経験

 
 BPD家族が経験するのは、次のようなことがあります。
 誤診や症状の過小評価,不確かな複数の診断・合併精神障害,不適切な薬物療法,専門家の矛盾したメッセージ,患者による病気の否認・治療拒否,彼らの未熟な行動への対応,家庭内での対立,患者と同居するか別居するか,予後と将来の心配。

 家族の回想による調査では、親は多くの苦しみを味わってきており、状況の改善は想像もしていません。
 家族が求めるのは、気休めの回答ではなく、同じ家族との出会いで癒されることです。

 患者の感情や経験を無効化する(意味のないものとする)養育環境を家族が知ることで、家族は行動を修正する指針を与えられます。

 BPDの人は、感情的な関わりすぎに対して肯定的に反応するようです。
 強い感心や過保護が、自分を確認してくれるものと感じられると考えられています。

 BPDの人は、他の精神障害の人より高い機能を示します。
 無気力,無快感という陰性症状は通常ありません。

 自殺のそぶりが耐えがたい絶望から生じているとすると、家族はそれによって生じる痛みを理解しやすいかもしれません。

 BPDの人は、不安定な感情と操作的な行動のゆえに、脳内物質ではなく性格に原因があると見なされてしまいます。
 彼らが他の点ではうまく機能しながら、人とのやり取りでは一貫性のなさを露呈するとき、病気と見なすのは非常に難しいことです。

 それでもBPDの人の家族は、異常な行動を病気のためだとすることで、許すことができるでしょう。
 家族の立場を困難にしているのは、患者が自分の行動を説明する責任があるのかないのか迷うこと,取るべき態度が分からないこと,予想できない問題行動が周期的に起こることです。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本
 

原因究明で誰かを非難しない

 
 この種の説明モデルの危険のひとつは、犠牲者を非難することです。
 実際に性的虐待は、犠牲者の不注意や愛情欲求によって引き起こされるものではありません。

 生物学的にBPDを発症する傾向を持った人は、ストレスや非難・罰に対して過敏です。
 扱いづらい子に対して親は非難や罰が頻繁となり、のちに虐待として思い出されると考えられます。

 多くの家族は、我が子が何故こうなったのか理解できません。
 BPDが虐待的な親の存在に関係するという説と、親の不在に関係するという説との間には、明らかに食い違いがあります。

 虐待をするような人なら、子供のために自ら家族療法を受けたりはしません。
 患者を心配し、治療に協力的なこれらの親は、戸惑い,怒り,罪悪感の中で揺れ動くのです。

 正しい原因の理解が、治療の基礎になるものです。
 養育に問題を求める理解は、原因についての専門家の態度に影響を及ぼします。

 BPD患者には障害の生物学的基礎があり、うまく噛み合っていない家族関係と組み合わさり、障害を発生させます。
 家族関係だけが障害を引き起こすという根拠は全く存在しません。

 BPDの原因は養育の問題にあると臨床家が考えていると、家族との協力関係に大きな問題が生じます。
 症状改善に失敗し、家族や、家族と患者の関係を傷つけるでしょう。

 家族に批判的な臨床家から、家族に伝えられるダブルバインドのメッセージは、疾患を悪化させます。
 家族を助けようとする裏側で、家族に対して暗黙のうちに非難が行なわれ、しかもその矛盾が否認されるのです。
 対等の関係を強化し、過干渉と罪悪感が軽減されなくてはなりません。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本
 

家族とBPDに関する研究(2)

 
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○さらなる説明モデル
 研究論文では、幼少期の虐待,養育放棄,見捨てられた経験を重視していますが、その大半は患者自身の記憶による報告に基づいています。
 それに従うと、BPDの人の親は他の親より多くの虐待をしていることになります。
 さらに、虐待への対処機制として解離や、ストレスへの過敏さが生じると考えられます。

 ところが、BPDの遺伝的素質の存在が認められています。
 BPDの素質を持つ人が、通常の養育環境や罰に対して例外的に敏感で、その結果、虐待されたという極端な記憶を持つようになったのかもしれません。
 この傾向を持つ人が扱いづらい子供であり、親が消耗して、わが子に八つ当たりするのかもしれません。

 子供は生まれながらにして、扱いやすい子,扱いづらい子,人を受け入れにくい子の、3つの範疇に分かれるとされます。
 扱いづらい子は、過敏で、他の子と異なる生物学的特性を持っており、親と頻繁に争いが生じます。

 境界性・自己愛性パーソナリティ障害の素地のある子は、他者を操作する能力はもちろん、非常に欲求が強く、自己中心的であり、人並みはずれた感受性と反応性を持っていると言われます。

 自己報告による研究では、BPDの人は養育者に充分な絆を感じていないといいます。
 BPDの特徴によって、不安定な愛着と親の養育が足りないという認識が、幼少期の不幸な体験から説明できないほど強くなることが、明らかにされました。

 BPD患者の親が、実際に思いやりがなかったのか、それとも生物学的要因によって、BPDの人が親との絆を築きにくかったのか、判断するのは困難です。
 彼らの親のほうは疎外を感じていないと報告されています。

 BPD患者は他の患者と比べ、人との交流で誤解や誤った記憶を生じやすいことが明らかにされました。
 破壊的な性的関係に巻き込まれやすく、愛情を求めて不適切な性的関係や満たし得ない期待に走り、裏切られたと感じるのです。

 これらの記憶が、性的に虐待されたという確信を導くのでしょう。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本
 

家族とBPDに関する研究(1)

 
○幼少期の虐待と養育放棄についてのスティグマ(偏見)

 BPDに関する多くの研究が、BPDの引き金として幼少期の虐待に注目しています。
 幼少期の心的外傷を病因と想定し、養育の問題と結びつけてしまっています。
 けれども原因を明確にすることは、適切な治療,家族・患者・専門家の協力関係,患者の怒り・家族の混乱と罪悪感の軽減のために、極めて重要です。

 性的虐待は、BPDの大きな引き金のひとつと見なされています。
 しかし、何らかの虐待を受けたと言う人々の大半は、BPDのような精神障害を発症していません。
 幼少期の性的虐待は、成人のうつ病のほうに強い関連があります。

 BPDはその他のパーソナリティ障害よりも、養育者からの精神的虐待,身体的虐待を報告することが優位に多いものの、精神的虐待についてはそうでないことが明らかにされました。

 精神的虐待が生みの親からということは稀です。
 親への記憶が否定的な場合、それは、親が虐待者から守ってくれなかった不満の可能性が大きいでしょう。


*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本

(次の記事に続く)
 

家族の外傷体験から家族のサポート体制へ

 
 BPDの研究では、概して病因--障害を生じさせたでき事や対人関係--に焦点が当てられてきました。
 家族の困難についてはごくわずかな情報しかありません。

 家族の負担は数多くあります。
 家庭生活の混乱,刑事的問題に費やされる時間とエネルギー,経済的負担,家族の犠牲,外の世界との関係が損なわれること,愛する人の苦しみに共感する苦しみ、などです。

 家族は、怒りをぶつけられること,言葉による虐待や身体的虐待,治療の拒否といった困難に取り組まなければなりません。
 専門家の冷たい視線,治療の不充分さが問題を増大させます。

 問題の解決には組織と患者支援活動が必要です。
 BPDの人の家族会は重要な第一歩です。
 家族の心的外傷の治療は必要ですが、家族の心理教育,情報の提供,サポートが最も効果的です。

 家族は以下のようなことを知る必要があります。

 BPDの病因や症状,生物学的・心理学的基盤,薬剤,障害が顕在化するサインをどのように認識するか。
 適切なコミュニケーション,行動のマネジメント,問題解決策などの基本。
 家族自身の怒り・罪悪感・不安・欲求不満は正常な反応であること,愛する人の混乱をコントロールできること。
 どうしたら限界を設定し、自分自身の権利を尊重できるか、などです。

 家族は、悲しみと希望を他の人々と共有し、支えられることによって、彼ら自身が愛する人をサポートすることができるのです。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本
 

家族の経験についての考察(3)

 
(前の記事からの続き)

○私たち自身が変わる
 楽観的で、同時に現実的でいるのは、BPDの人に要求されていることでもあります。
 患者にも家族にも、感情や考え方のパターンを観察しながら、内面的な変化が求められます。

 失敗を繰り返す患者を見守るには、強い信念が必要となります。
 失敗は故意ではなく、未熟さのためだと捉えれば、幸せを探す動機となるでしょう。
 BPDの人は、苦しみを癒す技能が不足しているのです。

 自分自身の面倒を見ることができないなら、他の誰の面倒も見ることできません。
 家族は、BPDの人のために快適な家庭環境を作る努力をし、自分たちの精神的健康を維持しなければなりません。

○有効な治療を見つける
 精神医療サービスでは、患者を助けるための精神的援助が家族に行なわれます。
 将来は、統合失調症や自閉症と同様に、BPDの原因と治療の研究がさらに広がるでしょう。
 恐らくいつの日か、BPDの正確な診断,効果的な治療,家族や友人へのサポートが可能になるでしょう。

 BPDの診断にはそれに先立つでき事があります。
 家族への援助が大きな違いが生じるのはこの時です。
 家族の外傷的経験を癒してくれるサポートが得られたとき、家族は治療チームの重要な一員となれるのです。

○自分自身の人生を生きる
 何もかも失われてしまったように思われる時でも、希望は生き続けることができます。
 自分の人生を犠牲にしがちですが、自分自身を大切にすることが重要です。

 あなたのお子さんが病気になろうと自ら選択したのではないのと同様に、あなたがこの病気を引き起こしたのではないのです。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本
 

家族の経験についての考察(2)

 
(前の記事からの続き)

○虐待のスティグマ(偏見)への対応
 BPDへの偏見で、家族や医療スタッフとの関わりが歪められることがあります。
 論文や資料には、BPDの人に虐待が行なわれてきたという仮説が紹介されています。
 それは、家族の心構えに強い影響を残します。

 自分が虐待を行なっていないなら、他の家族が虐待したのではないかと疑いの目を向けてしまうでしょう。
 自分と治療者の関係にも変化を及ぼします。
 治療者が自分をどう見ているか悩むのは、非常に辛いものです。

 偏見のために批判的な視線にさらされると、家族の孤独と重圧は計り知れないほど大きくなります。
 疑いという忌まわしい雰囲気の中で、BPDの人の支えになるのは難しくなります。

○家庭環境の中でBPDに対処する
 BPDの人は時々、とてもしっかりしていて、素晴らしい能力を持っているように感じられるため、家族は当人に何を期待できるのか、判断に迷うことがあります。
 でも、自分がもろい患者にとって、家族が統一して関わることはとても大切です。

 家族は、課題の優先順位を設定し、緊急連絡の方法などを知っておくべきです。
 限界設定をすること,必要なことを正直に明言するのは、考える以上に難しいですが、支持的なことと甘やかすことの違いを理解することが必要です。
 喧嘩して最後通牒を渡すより、冷静なときに必要なことを説明するほうがずっと容易です。

 決断を下すときは、全員がそれに参加することが必要です。
 家族は、批判に対して反応しないことが重要です。
 感情をエスカレートさせず、注意深く話を聞くことです。

 大きな問題を見いだして、それに小さなステップで対応するのです。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本

(次の記事に続く)
 

家族の経験についての考察(1)

 
○慢性疾患としてのBPD

 家族が直面する問題は、患者の年令や同居しているかどうかで左右されます。
 親が医療費を負担している場合、親も治療の情報を入手できるでしょう。
 患者が自宅から離れていると、家族のサポートを得るのは非常に難しくなります。

 同居していても、患者が適切なサポートを受けているかどうか知るのは課題です。
 家族にとって重要なのは、精神的・財政的な問題を話し合う場を求めていくことです。

 家族が機能不全で親が原因だと、治療者が見なしている場合、家族が患者の支えになるのは二重の意味で難しいでしょう。

○適切な治療者を見つける
 家族がBPD以外の問題を抱えていると、家族の機能を維持するのは非常に困難です。
 うつ病や摂食障害などの合併精神障害を抱え、BPDに取り組んでいないなら、患者の変化はいっそう難しくなります。

 最も重要なのは、信頼のおける治療者を見つけることです。
 患者にとって大切な人が協力できるなら、もっと効果的です。

 治療者は、家族が罪悪感を抱いて自責的にならないよう援助すべきです。
 しばしば親は、BPDの責任が自分にあるなら、自分が障害を治せると感じるかもしれません。
 複数の要因が組み合わさってBPDは発症するので、精神療法,サポート,薬物療法の組み合わせが必要でしょう。
 高度な技能や思いやりをもって治療に取り組むべきです。

○入院治療について知っておくべきこと
 BPDの症状は、外来患者の約10%、精神科入院患者の20%に認められます。

 施設の方針は、必ずしも家族に好意的ではありませんし、閉鎖病棟に慣れるのに相当苦労するでしょう。
 家族は、患者との関係が問題視されていると感じるかもしれません。
 病院生活を経験していくことで、スタッフにどう話しかけたらいいのか,いつ医師に会えるか,ソーシャルワーカーの部屋はどこかなど、家族は学べるでしょう。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本

(次の記事に続く)
 

家族の視点--ある母親の経験(2)

 
(前の記事からの続き)

 私たちは、遺伝子の問題なのか、子供のときの環境が原因なのか、自分たちを責めました。
 親戚から偏見も経験しました。
 私たちは現状を誰にも話したくなくて、社交的な場に顔を出すのを避け、親戚との関係はギクシャクしたものになりました。

 多くの臨床家が、私たちの話に耳を傾けてくれず、治療困難であり、家族の過干渉だとして、見離されたことを思い知らされました。
 精神疾患の支援団体までもが、BPDにほとんど関心を持っておらず、私たちの声を抑圧しようとさえしたのです。

 私たちは、多くの治療者,デイケアに援助を求め続け、5回の入院のあとエネルギーと望みは消えてしまいました。
 ある日、娘は大量の薬を服用して救命救急質に運ばれ、四肢を拘束されて、様々なチューブが取り付けられていたのです。

 私は弁証法的行動療法(DBT)を知らされました。
 週に1度、複数の家族による集団療法に参加しました。
 安全な状況の中で、しっかり嘆くことによって自分を責めるのをやめること,深く悲しむことによって罪悪感の重荷を下ろすこと,偏見の苦しみから逃れることに取り組んで、大いに助けられました。

 教えの多くは、BPDの人から学んだものです。
 どうすれば押しつけがましくなく支持できるか,どんな場合なら罪悪感を抱く必要がないか,偏見や差別に対して娘をどのように助けていったらいいのか、などです。

 私たちは、娘が自ら責任を持って回復できるよう、援助するチームの一員になったのです。
 それは長く、辛い取り組みでした。

 娘はもう一度働くようになって大学を修了したいと強く望み、一歩一歩目標へ向かっています。
 彼女には再び友だちもでき、リーダーとして見られています。
 私たちのもとに、かつての娘が戻ってきたのです。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本
 

家族の視点--ある母親の経験(1)

 
 学校の先生は、発達上の問題についての知識はごくわずかです。
 成長すれば治るという神話が広がっています。

 BPDへの関心は深まりつつありますが、実際に話をする人は誰もいません。
 BPDに苦しむ家族の物語を紹介しましょう。

                   *

 娘は美しく、すらりとした女性に成長しました。
 成績優秀で、絵の才能がありました。

 しかし彼女は自分のことをよそ者と捉えていました。
 彼女は自分の状態や、何が起こっているのか、何の手がかりもないと感じていました。
 私にはそれがなかなか理解できませんでした。

 BPDと診断されのは20代の初めでしたが、それまで理解しがたかった症状に説明ができるようになって、安心しました。

 彼女は摂食障害や過食症の症状を示していましたが、自分の食生活について嘘をつき、標準体重スレスレに留めていたので、医師や私はまんまと騙されていました。
 薬物とアルコールの問題も生じました。

 にも拘らず、娘は名門大学に入学しました。
 私は、病気がすでに彼女を蝕んでいることに思い至りませんでした。
 彼女が絵をやめてしまった時、良くないことが起きているとに気付くべきでしたが、勉強のために時間が必要と彼女が言い張ったので、安心してしまったのです。

 2年生になったとき、娘は大学をやめて自宅に帰ってきましたが、身長1m68,体重39㎏でした。
 娘は助けを求めるのをためらっていました。

 私と夫は、良くないことに気付いていましたが、なおも否認していたのです。
 優秀な娘が、ごく普通の活動に対応できず、自己破壊的な行動に走るなんて、どうしてあり得るでしょう? 

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本

(次の記事に続く)
 

 
(前の記事からの続き)

 第3の要因は、場当たり的な行動を防止する具体的な手段です。
 私はデイケアプログラムに参加しました。
 セラピストと、必死に奮闘している仲間たちは、私を理解してくれ、私は徐々に変わり始めました。

 弁証法的行動療法では、自分の心に焦点を当てる方法を教えられました。
 そして、否定的な感情も、肯定的な感情も受け入れられると理解できるようになりました。
 不信感の認識の仕方,衝動的に行動しないための技能,人と関わる方法を教えてもらいました。

 苦痛を和らげるためのその場しのぎの行動は、健康的な行動に置き換えられるようなりました。
 それには練習を重ねる必要があります。
 容易ではありませんが、充分努力のしがいのあることでした。

 第4の要素は、家族の愛と支援です。
 あなたを信じてくれる人の大切さは、どれほど強調しても足りません。
 家族のいなかったら、私は今日ここにいることさえできなかったでしょう。
 夫が諦めないお陰で、BPDとともに生きていけるようになったのです。

 現在、私は幸せと悲しみの両方を安全に感じられるようになりました。
 感情的になっても耐えることができ、衝動を感じても行動する前に考えます。
 自分の敏感さを恐れませんし、いつ助けを求めていいか分かります。
 「分裂」することもそれほど多くありません。
 自分の心の中をどのように表現したらいいか学び続けています。

 問題の引き金に向き合うため、自分にかける優しい言葉を書き留めたり、混乱した感情を言葉で表現するために、日記を持ち歩いています。
 人生には良いことも悪いことも両方あることを知っていますが、安全に対処していけます。

 この数年、私は仕事に復帰し、心理学の修士号を取りました。
 精神病の人とその家族に、弁証法的行動療法と対処技能を教え始めました。

 混乱を感じながらも、私は毎日自分にこう言っています。
「BPDと手をつなぐのよ。恐れちゃだめ!」

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本
 

 
(前の記事からの続き)

 とうとう私はBPDと診断されました。
 自己コントロールが失われる、それは恐ろしいことでした。
 私はこれまで何もかもちゃんとコントロールして、よくやってきたんじゃないの? 

 しかし最も大切なのは、私がBPDということではなく、私が現在、健康で幸せな生活,喜びと悲しみ,穏やかなときと辛いときに満たされた生活を送っているということです。
 4つの要因のお陰で、私はBPDとともに生きていけるようになったと思います。

 第1の重要な要因は、自分の考え方を進んで変えていこうとする姿勢です。
 私は診断されてから2~3年かかり、その間はほとんど進歩しませんでした。
 新しい方法で世界と向かうことを不快に感じ、耐えようとしませんでした。
 内面から変わらなければいけないと気付いたとき、私の回復は始まりました。

 第2の要因は、患者を支持し、情報を提供してくれる医療チームの存在です。
 個人療法は、プライバシーが守られた環境で、自分の体験を安心して吟味することができます。
 集団療法は、自分と同じように苦しんでいる仲間の支持や、自分の所属を得ることができます。
 対人関係を学び、感情や欲求を言葉で表現する練習もできます。

 私は自分に対して批判的でしたが、先生は安心できる環境を作り、共感的に私の考えを変えようとしてくれました。
 私は頻繁に嘘をついたため、自分がついた嘘を忘れてしまうほどでした。
 私の行動を理解し、次の予防戦略を長時間考えました。
 自分が自分との関係を築き、自分が何者なのか明らかにしようとしていたのです。

 私は、自分の課題をこなすことを求められました。
 自分の選択とその結末の関係を学ぶのは、一貫した支持が非常に重要です。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本

(次の記事に続く)
 

 
 私の問題はかなり早い時期に始まりました。

 11歳の時に、母と揉めていたことを覚えています。
 母は酷く怒っており、私は自分の内側の世界に逃げ込むと、ふたつに「分裂」しました。
 自分の身体から内的な自分を取り出し、箱の中に入れるのを想像しました。
 私は「消えて」、自分の好きなときに戻ってこられましたし、その時の記憶を持つ必要もありませんでした。

 現実は、精神疾患なんて言葉が許されない世界でした。

 高校生の時、私は二人の人間がいるように「分裂」する練習をして過ごしました。
 別々の世界に出入りして精神的な漂流をしていました。

 独りぼっちでいることが恐くてたまらず、その場しのぎの薬,アルコール,自傷行為,自殺企図に走りました。

 成長するにつれて私は、愛らしく、人に受け入れられる見せかけの姿を装うことができるようになりました。

 大学卒業後、働きに出て結婚しました。
 子供を持つようになり、26年を経た現在でも、夫と私はお互い深く愛し、尊敬し合っています。
 自己同一性がないために発生する問題を抱えていましたが、いつでも「分裂」することができました。

 母が亡くなると、またしても私は疑い深くなり、自殺の思いに捕らわれ、向こう見ずな衝動に走るようになりました。
 虚しさや恐れ,自己嫌悪に耐えられず、しばしば解離状態に陥りました。

 もし家族が私について本当に知ってしまったら、彼らは私を見捨てるだろうと考えていました。
 でも私の家族は、私が苦しんでいることを知っていました。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本

(次の記事に続く)
 

 
(前の記事からの続き)

 私はいつも、変化したのは私以外の人だと想像したものでした。
 まるで夢の中で、誰かがその人でないように意地悪くひねくれたと感じるみたいに、周りの人に対する自分の気持ちが分からなくなることがよくありました。

 友だちとして付き合いたい人や、傷つけたくない人から、離れることを決めかねてぐずぐずしていることがよくありました。
 しかし、その人たちの所へ戻ったことは一度もありませんでした。

 一緒に働いていた人のことも恐れました。
 体調が悪くて、電話するのが恐ろしくてできない時は、大量に薬を飲みました。
 全てから逃げてしまうほうが楽だったのです。

 かつては無鉄砲で図々しかったのですが、尻込みして怯え、内部が破裂しそうでした。

 26歳の時、転移に焦点を当てた精神療法を始めました。
 するとすぐに自殺企図をしなくなりました。
 私の中に生きたいと思う部分があり、治療を台無しにしないためにはどうしたらいいのか、自分でも分かったのです。

 先生は、私の最も強烈で、最も混乱した感情にも耐えてくださいました。
 それらの感情は、以前は何らかの危険な行動化をしていたのですが、転移の中で詳しく探求できたのです。

 治療はセラピストにとって、知性と理解の両方を必要とし、単なる知的な経験ではなく、患者の激しい感情の世界に溺れることなく、それにさらされることを必要とする感情的な経験でもあるといいます。

 治療を初めて8年、理性を失わせる激しい怒りは、普通の怒りになりました。
 圧倒的で強烈な欲求不満は、単なる欲求不満になりました。
 幸せを死に物狂いに求めて何も思いつかない空虚感を、ほとんど思い出せません。

 私はそれまで、風変わりもしくは創造的であるということと、正気ではないことの違いを分からない恐ろしさから、しばらくの間なにもかも放っておいたのです。
 今は風変わりでも気にしません。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本
 

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