2015年1月アーカイブ

 これまで述べてきたように、BPDを治療していく上で、「言葉の意味のプロトタイプを常識的なものに設定し直す」という作業は避けて通ることはできません。しかし、家族がこの作業をおこなうことは、実際はたいへんなことなのです。「あなたの言葉の使い方は間違ってはいないけど、変わっているから直しなさい」と勧めているのですから、患者からの反発は無理もないことなのです。

 言葉の意味のプロトタイプとは、本来刷り込むものであって、説得されたから身に付くものでもないのです。黒田先生はこのような介入方法を家族に勧める際、「刑事コロンボみたい感じでやってもらえると良いのですが」と説明しています。

刑事コロンボについてご存知でない方はこちらをご参照ください

 それでは、コロンボが捜査する際の、犯人とのやりとりの特徴を見てみましょう。

 

コロンボが捜査する際の、犯人とのやりとりの特徴:

1.       コロンボはとても丁寧な柔らかい口調で、婉曲な表現を用いて「犯人にとって都合の悪い事実」と、そこから引き出される極めて常識的な犯人にとって都合の悪い結論を指摘する。

2.       犯人は同じデータから、論理的に考えられないことはない(間違ってはいない)が、変わった-犯人にとって都合の良い-解釈の可能性があると主張し、コロンボに対抗する。

3.       コロンボはそれに対して直接対決したり反論したりすることはなく、「はい、そういう解釈も可能です......考えられないことはない」と、比較的あっさり受け入れて去って行こうとする。

4.       去り際になって突然「ああ、うっかり忘れるとこでした。もう1分だけ!」などと言って犯人のもとへ戻り、「犯人にとって都合の悪い別の事実」と、そこから引き出される極めて常識的な-犯人にとって都合の悪い-結論をさらに指摘する。

5.       犯人が諦めて-真犯人は自分であるという-常識的な結論を受け入れる時が来るまで、1に戻って気長にこれを繰り返す。

(上記原著,黒田,2014,p.64

 

ポイント:

コロンボが行っていることは説得ではなく、「普通のものの捉え方」を繰返し犯人に示して見せているだけなのです。

コロンボがこのような介入を行うのには、多少なりとも犯人の神経を逆なですることは避けられませんが、(怒らせ過ぎて犯人とのやりとりが完全に断たれるのも)(このプロセスを繰り返すことができなくなるために)、困るのです。

 

コロンボの原則適用例:

母親「こんなことがあったのだから、普通は傷つくものだけど、あなたはそうでもないかしら」

BPD当事者「いや、別に」    

母親「うん、それはそういうこともあるかもしれないね」

※ここで一旦引き下がるが、事実に基づいてさらに一言

母親「でもまあ、口汚く罵られたわけだし、気分が重くなってと疲れたというんだし、食欲は落ちたし、眠れなくなったというんだから、まあ普通にいって傷ついたといってもいいのかもねえ」

(上記原著,黒田,2014,p.65

上記は、「心が傷つく」という言葉の意味のプロトタイプを、常識的なものへと再設定するための反復トレーニングなのです。そして、この反復トレーニングを成功に導くために刑事コロンボの原則は必要不可欠なのです。

 

BPD当事者が反発した場合:

BPD当事者「しつこいなあ、別に傷ついていないって言ってるでしょう。いい加減にしてよ!」

母親「いやいや、あなたが傷ついてるんて全然言ってないよ。ただまあ、そういうふうに感じる人も多いんじゃないかと思っただけで」

ここでもう一度引き下がる

(上記原著,黒田,2014,p.65

 

このように、BPD当事者が傷ついていることの徴候となるような別の事実が見出されるたびに(通常比較的容易にそれらを見出すことができます)、同じような介入を気長に繰り返すことなのです。


引用・参考文献:

「治療者と家族のための境界性パーソナリティ障害治療ガイド」 黒田章史著 岩崎学術出版社 2014310

 

文責:吉本

 「ルール」という外的な対象を指す言葉だけとも限りません。「怒る」「悲しい」「困る」など、心の内面を示すために用いられる様々な言葉も同様です。家族のこのようなかかわりを通して、患者は自分の振舞い方と「普通の怒り方」との距離を繰返し意識させられることになります。

  前回でもふれたとおり、「言葉の意味には常識的なプロトタイプ」それ自体に関しては絶対に譲れないということがたいへん重要になってきます。以下の例を見てみましょう。

 

例:

極端に仲の悪い妹と当事者が久しぶりに会ったとき


妹「うわー、キモい奴がきた。ウザイから早くあっち行けよ!」

母親「こんなことがあったのだから、普通は傷つくものだけど、あなたはそうでもないかしら」

当事者「いやー、もともと妹とは仲悪いし、<疲れた>だけで別に傷つかないんだけど」

(括弧内原著,黒田,2014,p.61


 罵声を浴びせられた後に気分が重くなって疲れたことを認めながらも傷つかないと言い張っています。多くの場合、家族はこのような反応に違和感を覚えても、そのままだまって引き下がることでしょう。なぜなら「心が傷つく」かどうかは本人にしかわからないことなのです。
しかし、BPD当事者の多くは「変わった傷つき方」「変わった怒り方」「変わった悲しみ方」「変わった困り方」をすることが少なくないのです。ですので、「普通の傷つき方」「普通の怒り方」「普通の悲しみ方」「普通の困り方」が出来るように援助することは不可欠な介入なのです。
ただし、「本当は傷ついているはずだ」などと家族が反論することは全く無意味です。しかし、妹から口汚く罵られたという状況と、気分が重くなって疲れたことという兆候から、これは典型的な普通の傷つき方があることを示すことに大きな価値があるからです。「普通の傷つき方があること」をBPD当事者に繰返し示すことが目的であるため、その場で説得したり受け入れたりする必要はないのです。

 

ポイント:

 当事者の変わった傷つき方を家族が反論するのではなく、普通傷つき方があることをそのようなことがある度に、100回、200回と繰返し示していくことが重要となります。

「家族という他人から示して見せられることを通して知らず知らずに習得していく」と黒田先生はおっしゃっています。また、これらを習得することは他人とコミュニケーションの中で、他人の心を探求する「足場」を設定することにも繋がるのです。

 

引用・参考文献:
「治療者と家族のための境界性パーソナリティ障害治療ガイド」 黒田章史著 岩崎学術出版社 2014310


文責:吉本

ご本人の話しをよく聞いてあげることは必要です。
(ただし、聞く時間を決めておきましょう!)
しかし、甘やかしや過保護にならないように気をつけながら、
ご本人の回復に寄り添う気持ちで接してゆきましょう。
子ども扱いせず、(やらない・やりたくないと言っても)
本人ができることはしっかりやらせることが大切です。
一人の大人として接し、本人のプライドを尊重することが肝心です。

●話しをよく聞いてあげましょう
 本人が過剰に反応していても
 家族は釣られて過剰に反応しないように注意しましょう。
 じっくりと話しを聞き、その「本質」を理解するように努めて下さい。

●巻き込まれすぎないようにしましょう
 ご家族は、BPDの反応に困惑し、ついつい
 「放っておく・関わらない・逆に甘やかす・過剰に反応」してしまいがちです。
 情緒的な反応・過保護な反応・極端な自己犠牲はご家族が苦しみに巻き込まれ過ぎて
 いるサインです。一定の距離を保つように心がけて下さい。
 距離を保つポイント
 ★当事者ができることは手をださない。(本人がやらないから家族がやってしまうことが多々有ります)
 ★家事手伝いなどの役割をはっきりさせる(手伝わせると怒る・やらないので家族がやってしまう)
 ★当事者のやり方やペースを尊重しつつも、悪いことは「悪い」と恐れず毅然とした態度で伝えましょう。

●短期目標と長期目標を作る
 焦らないようにしましょう。
 病院、医師につながったから「直に回復」することはまずありません。
 回復とは本人が変化してゆくことです。
 変化するには、「時間がかかることを認めてあげましょう」。
 対応して失敗してもくよくよせずに、できることを「繰り返しながら」少しづつ経験を積み重ねて下さい。
 数回やっても「変化しない」と当事者は諦めやすいのですが、
 実は、家族も同じように「諦めてしまいがちです」。
 回復のプロセスには家族の協力が欠かせないので、諦めないように対応してゆきましょう。
 そのためには、短期目標・長期目標を定めて目標に向かって治療に取り組んで参りましょう。
 家族が疲れ切ってしまったら、ご自身は自分自身の限界を認めてメンタルケアを心がけてください。
 (やらなくていいということではなく、ご自身のケアをすることが必要です)

●希望をもって接しましょう
 病気がなかなか良くならない。病院につながらない。攻撃が激しいなど、
 改善しない場合であっても、家族は前向きな態度を示すことが大切です。
 当事者の状況をありのままに受け入れる気持ちを持ちつつ、
 「あなたが悪い」と責め立てる当事者の言葉に一喜一憂しないようにして下さい。

●社会一般で通用する役割を持ってもらいましょう
 当事者のできることと、毎日の生活でしなければならない手伝いをさせましょう。
 BPDさんは、分かっているようで、全く理解できていないことが多いので
 必要ならやり方を教えて下さい。
 当事者が「やらない」から・・・ではなく、
 やらせないとできない、学べません。

●当事者に役割を持つことの重要性を辛抱強く繰り返し、繰り返し(責められても)伝えて下さい。
 できる簡単な作業から、重責の仕事を徐々に任せて責任感を持てるように教育します。
 当事者さんは「やる気があります」しかし、継続できず、すぐに辞めたり、諦めます。
 そのため、自信が育ちません。
 「例えば」
 ずっと仕事をしていなかったのに、責任感が育っていない状態で直に再就職するケースが多いのですが、
 それは、まるで、陸上選手が複雑骨折してしまい数ヶ月もギブス生活をしていたのに、
 ギブスが外れて、リハビリ無しで、直に猛スピードで走り出すのと同じことです。
 このような無理はかならず再発してしまいます。
 
 まずは、責任感を育てるウォーミングアップとして、昼夜逆転の生活を辞めさせる。
 継続的に仕事を果たせるようになるために、家の手伝いを行わせることで
 徐々に責任感が育つようにサポートすることから始めてみましょう。

 ご家族はそれができるように十分援助し、できた時はほめ言葉や感謝の言葉を忘れないようにして下さい。
 そして、当事者が家族の一員として役割を果たしていることを評価してあげて下さい。

●自立心を育てる。愛情のある適切な距離を保ちましょう。
 自立心が育って欲しいと(願う)だけでは残念ながら自立心は育ちません。
 また、
 本人がやらないから家族がやってしまう。
 本人が出来ないからやってあげる。
 本人にやらせると怒るから家族がやってしまう。
 本人が辛がって可哀想だからやってしまう。
 本人が責めるので、責めれられるのが嫌だからついついやってしまう。
 このような理由で「家族がやってしまっては」本人の自立心は育ちません。
 ご家族は、保護することと、自立心を育てることのバランスを考えながら
 援助をする必要があります。
 何をどのようにすればよいのか分からないのであれば、是非家族も対応法を学習し続けて下さい。
 1、2回学習したところで、理解できるものではないので、
 時間をかけて繰り返し継続的に学習してゆくことで、対応法も上手になってきますし、
 問題が深刻であっても、家族ご自身の感情の調節や安定感を保てるようになってきます。
 干渉しすぎたり、過保護にすることは(再発の原因)にもなると言われていますので
 是非、ご家族ご自身の取り組も積極的に取り組んで下さい。

 次回は

 ご家族が知っていただきたいことPart3
 家族は当事者の回復に寄り添う気持ちで接する
 の続きをお伝え致します。

 BPD家族会代表 奥野栄子
 


 
 

ご家族の皆様へ

BPDの回復には、ご家族の協力が大きな助けになります。
発症した当初は、ご家族も動揺し、混乱されたと思います。
そんなご家族の皆様が困難な状況の中にあっても
少しでも自分らしく元気に過ごしていただければと願っています。

 「ご家族に知っておいていただきたいこと」
1、病気になったのはあなたのせいではありません
 BPDの障害は社会的要因・生物学的要因・環境要因の3つだと
 言われていますが、最近注目されているのは、社会的要因が
 大きな要素と言われています。
 ご家族はご自身を責めたり、本人の将来を悲観する必要はありません。
 大事なのは、「今から何をすべきか?」「今後どう対応してゆけばいいのか」
 を考え、実行してゆくことが大切です。

2、「家族は味方」だというメッセージを送り続けて下さい
 BPDの症状は暴力・暴言など、表面に出て来る症状が目につきやすく
 その対応に追われます。また、何を言っても責められるので
 家族は怯えてしまい、本人を遠ざけます。
 しかし、BPDの主な症状は「見捨てられ不安です」
 背後にある感情の部分を考慮に入れることで何に不安を感じているかが
 見えてきます。まずご家族が「私たちはあなたの味方」という
 メッセージを送ってあげることが大切です。

3、回復に向けた良いイメージをもって接してゆきましょう!
 家族の接し方が治療の進み方に大きな影響を与えます。
 家族は症状や正しい治療法を理解し、回復に向けたイメージを
 しっかり持つことは不可欠です。
 家族の(軸)がぶれないことで、当時者も徐々にではありますが、
 回復の必要性や回復のイメージを持ち始めるでしょう。

4、暴言。暴力。泣く。暴れる。シカトする。など
  当事者が他者を責めている時は、
  BPD症状がコントロールできない状態です。
  本人もご家族も性格だと思っていることが多いのですが、
  このような言動はBPDの「症状」であり、「障害」です。
  当事者は様々な出来事=刺激で、酷く感情が乱され、苦しんでいます。
  まずは、家族はその苦しみを理解し話しを聞いてあげてください。
  (ただし、話しを聞く時間をしっかり決めておくことが大事です。
   そうしないと、朝方まで話しを聞かされることになりますのでご注意!)
  そして、苦しみを少しでも軽くできる、治療があることを
  わかりやすく、優しく説明してあげて下さい。
  (決して、あなたはおかしいから、病気だからと言わないように
  して下さい。プライドが傷ついてしまい、一層病院を避けてしまいます)

 *治療・カウンセリングを開始しても、すぐにはよくなりません。
  かなりの時間がかかり、忍耐が必要になります。
  家族も焦って本人を追い込まないようにして下さい。
  また、家族も治療道中はかなりのストレスを受けるので
  ご自身のケアも忘れずに!

5、当事者らしさの発見に努めて下さい。
  どんなにBPD症状が激しくても、当事者が本来持っている
  その人らしさが完全に失われてしまったわけではありません。
  BPDの障害で、愛する家族を苦しめていることに
  当事者はとても罪悪感を持っています。
  「責めることをやめよう!」そう思っていても、激しく責めて
  しまうことで、本人も自信を失っている場合もあります。
  ご家族は、BPDの症状に振り回されることなく、
  当事者本来の「良いところ」や「ご本人らしさ」を
  発見してあげて下さい。
  こうして、家族がご本人らしさを発見してあげることで
  当事者らしさを実現していく過程を支えることになります。


  次回は当事者と家族が回復に向けて
  どのように一緒に取り組むことができるか。
  お伝えしたいと思います。


  BPD家族会代表 奥野栄子

   
  
  


 


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