これまで述べてきたように、BPDを治療していく上で、「言葉の意味のプロトタイプを常識的なものに設定し直す」という作業は避けて通ることはできません。しかし、家族がこの作業をおこなうことは、実際はたいへんなことなのです。「あなたの言葉の使い方は間違ってはいないけど、変わっているから直しなさい」と勧めているのですから、患者からの反発は無理もないことなのです。
言葉の意味のプロトタイプとは、本来刷り込むものであって、説得されたから身に付くものでもないのです。黒田先生はこのような介入方法を家族に勧める際、「刑事コロンボみたい感じでやってもらえると良いのですが」と説明しています。
※刑事コロンボについてご存知でない方はこちらをご参照ください
それでは、コロンボが捜査する際の、犯人とのやりとりの特徴を見てみましょう。
コロンボが捜査する際の、犯人とのやりとりの特徴:
1. コロンボはとても丁寧な柔らかい口調で、婉曲な表現を用いて「犯人にとって都合の悪い事実」と、そこから引き出される極めて常識的な犯人にとって都合の悪い結論を指摘する。
2. 犯人は同じデータから、論理的に考えられないことはない(間違ってはいない)が、変わった-犯人にとって都合の良い-解釈の可能性があると主張し、コロンボに対抗する。
3. コロンボはそれに対して直接対決したり反論したりすることはなく、「はい、そういう解釈も可能です......考えられないことはない」と、比較的あっさり受け入れて去って行こうとする。
4. 去り際になって突然「ああ、うっかり忘れるとこでした。もう1分だけ!」などと言って犯人のもとへ戻り、「犯人にとって都合の悪い別の事実」と、そこから引き出される極めて常識的な-犯人にとって都合の悪い-結論をさらに指摘する。
5. 犯人が諦めて-真犯人は自分であるという-常識的な結論を受け入れる時が来るまで、1に戻って気長にこれを繰り返す。
(上記原著,黒田,2014,p.64)
ポイント:
コロンボが行っていることは説得ではなく、「普通のものの捉え方」を繰返し犯人に示して見せているだけなのです。
コロンボがこのような介入を行うのには、多少なりとも犯人の神経を逆なですることは避けられませんが、(怒らせ過ぎて犯人とのやりとりが完全に断たれるのも)、(このプロセスを繰り返すことができなくなるために)、困るのです。
コロンボの原則適用例:
母親「こんなことがあったのだから、普通は傷つくものだけど、あなたはそうでもないかしら」
BPD当事者「いや、別に」
母親「うん、それはそういうこともあるかもしれないね」
※ここで一旦引き下がるが、事実に基づいてさらに一言
母親「でもまあ、口汚く罵られたわけだし、気分が重くなってと疲れたというんだし、食欲は落ちたし、眠れなくなったというんだから、まあ普通にいって傷ついたといってもいいのかもねえ」
(上記原著,黒田,2014,p.65)
上記は、「心が傷つく」という言葉の意味のプロトタイプを、常識的なものへと再設定するための反復トレーニングなのです。そして、この反復トレーニングを成功に導くために刑事コロンボの原則は必要不可欠なのです。
BPD当事者が反発した場合:
BPD当事者「しつこいなあ、別に傷ついていないって言ってるでしょう。いい加減にしてよ!」
母親「いやいや、あなたが傷ついてるんて全然言ってないよ。ただまあ、そういうふうに感じる人も多いんじゃないかと思っただけで」
※ここでもう一度引き下がる(上記原著,黒田,2014,p.65)
このように、BPD当事者が傷ついていることの徴候となるような別の事実が見出されるたびに(通常比較的容易にそれらを見出すことができます)、同じような介入を気長に繰り返すことなのです。
引用・参考文献:
「治療者と家族のための境界性パーソナリティ障害治療ガイド」 黒田章史著 岩崎学術出版社 2014年3月10日
文責:吉本