2015年6月アーカイブ
個人面接を治療の主軸に据えることによる3つ目の問題に、BPD当時者の「反応傾向(癖)」を修正する機会や頻度が決定的に不足してしまうことが挙げられます。BPD当時者の「反応傾向(癖)」を修正することは当事者が自然なふるまいとして身に付けているふるまい方の癖のようなものを修正することなのです。
例:左利きの人が右利きに治したいと思った場合→長時間継続的に反復トレーニングが必要
厄介な点:
l 「自然なふるまい方の癖」は、上記の左利きを修正する例とは異なり、当事者自身が自覚していない場合が多い
l 修正はその場で繰り返しなされることが望ましい→当事者のそばにいて観察してくれる人でないと修正は難しい
修正すべき反応傾向には2種類ある
1. 他人が繰り返し指摘しやすい種類のもの
例:「ルールを守る」「きちんと通院する」
2. 繰り返しては指摘しにくい種類のものがあるという問題
例:「会社の新人研修で、<忌憚なく新人の意見を聞かせてもらいたい>と言われたので、研修中に気づいた仕事のやり方の可笑しさを忌憚なくその都度指摘していった」
2.の例を繰り返した場合、だんだん会社で居心地が悪くなり、辞める結果となることでしょう。所謂空気の読めない「反応傾向(癖)」について、一度や二度ならともかく、そうそう繰り返し指摘してくれる人はいないでしょう。そんな手間のかかる人とは距離を置くか縁を切った方が、他人にとっては楽なのです。
上記のような修正が適切になされるには、当事者の「反応傾向(癖)」に粘り強く付き合い、少なくとも半年や1年という単位で、100回でも200回でも繰り返し指摘し、修正していく必要があるのです。
治療者とBPD当時者の個人的関係では、このようなしつこい介入を行っても絶縁せずに済むほど強固なものではありません。
反復トレーニングを通してBPD当時者の言動をなんとなく修正していくプロセスなのです。最初のうちは双方にとって極めて手応えに乏しいという特徴がありますが、手応えが乏しくても繰り返し介入し続けていく必要があるという意味で、介入する側の忍耐力が大いに必要とされます。ですから、前回と同様このような役回りを担える人物は家族以外を想定するのは極めて困難なのです。
引用・参考文献:
「治療者と家族のための境界性パーソナリティ障害治療ガイド」 黒田章史著 岩崎学術出版社 2014年3月10日
文責:吉本
治療者が面接場面で得られる情報の量や質は、自然なふるまいという面に限ると極めて限られたものになるでしょう。
情報提供を行うだけでなく、BPD当事者の「反応傾向(癖」に踏み込んで修正する場合にも家族の協力は欠かすことができません。
BPD当事者の自然なふるまいを詳細に踏み込んで評価し、修正することは修正される側、修正する側双方にとってきわめてストレスの多いプロセスでもあります。前回挙げた、BPD当事者が「きちんと」通院するという例を、再び取り上げてみてみましょう。
例:BPD当事者はいつものように「きちんと」通院します。様々な攪乱要因が発生するまではBPD当事者は時間通りに面接に姿を現し、何らかの攪乱要因が起きた場合、面接時間に遅れたりドタキャンしたりすることになるでしょう。しかし、当事者にとっては、治療者や家族にまで「きちんと通院しなくては駄目だよ」等と注意されます。このBPD当事者は以前から「きちんと」通院しているつもりでしたし、実際に私たちの目から見ても通院できているときもあったのです。こうなると、BPD当事者にとって不快な経験になることは言うまでもありません。
BPD当事者側のストレスもまた、負担の大きなものなのです。
例:「きちんと」という言葉を患者の立場から見た場合の理解と指摘
BPD当事者「雨が降らなければ時間通りに受診する」
「なんとなく身体がダルくなければ時間通りに受診する」
周囲の人々の指摘「雨が降ったにもかかわらず時間通りに受診する」
「なんとなく身体がダルいにもかかわらず時間通りに受診する」
一見すれば、周囲の人々が当たり前のことをBPD当事者に教えているだけだと思うかもしれません。しかし、当事者側にとって、何らかの攪乱要因が起こる度に「きちんと」という言葉の使用ルールが、周囲の人々によって勝手に変更されているようにしか思えません。ですから、当然、当事者側の反発が起こるでしょうから、このような介入を行う側も多大な疲労感を伴うことは無理のないことなのです。
誰もがこのような介入を行えるわけでもなく、このように疲れる役回りを引き受けられるわけでもないので、面倒な役回りを担える人物は家族以外を想定するのは極めて困難なのです。
引用・参考文献:
「治療者と家族のための境界性パーソナリティ障害治療ガイド」 黒田章史著 岩崎学術出版社 2014年3月10日
文責:吉本