2016年1月アーカイブ

精神科学教室 活動報告ブログ

   以下に2013年9月~2015年9月の期間に発表した主要な論文,講演の概要をお示しします。基本的な研究テーマは,これまで通り,境界性パーソナリティ障害,自傷行為・自殺未遂です。さらに,精神科治療一般,精神科治療論にも手を伸ばすことができるようになりました。  

刊行論文の紹介

○ パーソナリティ障害・自殺関連行動に関連するもの

 ・原著論文

  林 直樹:総説 境界性パーソナリティ障害の回復過程とライフサイクル.帝京医学雑誌 37(2): 39-47, 2014

  境界性パーソナリティ障害(BPD)の患者さんたちが,ライフサイクルを経る中で経験したことから学ぶことによって,現実的な家族関係や対人関係を築き,彼らなりの目標に向かって

人生を歩むことができるようになることを文献的考察から論じました。

   Naoki Hayashi, Miyabi Igarashi, Atsushi Imai, Yuka Yoshizawa, Kaori Asamura, Yoichi Ishikawa, Taro Tokunaga, Kayo Ishimoto, Yoshitaka Tatebayashi, Naoki Kumagai, Hidetoki Ishii, and Yuji Okazaki: Pathways from life-historical events and borderline personality disorder to symptomatic disorders among suicidal psychiatric patients- A study of structural equation modeling. Psychiatry and Clinical Neurosciences 2015; 69: 563-571 doi:10.1111/pcn.12280

  これは,松沢病院自殺関連行動研究のデータから,発生(発症)時期が異なる自殺関連行の要因を並べて,構造方程式モデル(SEM)を作ったところ,モデル適合性の高いモデルを作ることができたという発表です。下の図に明らかなように,BPDが生育史的要因と症状精神障害(symptomatic disorders)を仲介する位置づけにあることが確認されます。また,この図からは,BPDを予防すること,治療することが,自殺患者の治療の要点となることが示唆されています。

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高浜三穂子,林 直樹,五十嵐 雅,今井淳司,石本佳代,徳永太郎,岡崎祐士:自殺関連行動を繰り返して入院した精神科患者の臨床的特徴.精神科治療学 29(8): 1059-1067, 2014

林 直樹,松本俊彦,黒田章史,奥野栄子: BPD当事者の家族状況について調査報告.BPD家族会ホームページ (URL:http://seiwa-pb.co.jp/bpd_family/info/investigation_about_the_burden_of_BPD_families_2015.pdf ) 2015.06.22

○ 暴力に関する論文

・原著論文

Atsushi Imai, Naoki Hayashi, Akihiro Shiina, Noriko Sakikawa, Yoshito Igarashi: Factors associated with violence among Japanese patients with schizophrenia prior to psychiatric emergency hospitalization: A case-controlled study. Schizophrenia Research 160 (2014) 27-32, http://dx.doi.org/10.1016/j.schres.2014.10.016

  この論文では,松沢病院の精神科救急で入院を受け入れた統合失調症患者のうち,暴力が入院事由だった患者420人と年齢・性別・診断をマッチさせた患者とを比較して,暴力的な統合失調症患者の臨床的特徴を抽出した結果が報告されています。

・依頼原稿論文

林 直樹:概説:暴力の精神病理と精神療法.精神療法 41(1): 8-14, 2015.02










「学び/学ばれる関係」に耐えられる能力と同様に、重要なことは、「人の気持ちや考えをなぞる」ように他人の話を聴き取っていく能力を身に付けることです。これは、家族だけでなく、他人の言ったことを、相手の気持ちや考えに忠実に沿って学ぶことが出来る能力を意味します。これには、他人が書いたものも含まれます。

このトレーニングは以下の3つからなります。


1.    他人の話をただ聞く、他人の書いたものをただ読むというよりも、習字の練習帳でもなぞるようになぞることを、家族の協力のもと、当事者に対して繰り返し促していくこと

2.    相手の気持ちや考えをなぞっていく際に、「相手の言っていること、書いてることのほぼ全てを、とりあえず理あるもの・正しいものとしてそのまま受け入れる」努力をするよう当事者に促すこと

3.    相手の気持ちや考えを当事者がなぞり切れていない時には、相手の側から「待った」をかけてもらうよう促すこと。また、当事者の側でも、そのような場合に自分や相手に生じる微かな違和感を敏感に察知し、細かく相手に確認していくよう指導すること。

上記の3つは相互に密接に関係しあっていますが、わかりやすくするためにこれらを個別に説明していきます。


1.    人の気持ちや考えをなぞるということは

 一つ目は、当事者が衝動的な話の聞き方や読み方をしてしまう傾向を防ぐことを目的にしたトレーニングです。衝動的な話の聞き方とは、「相手が話している内容のうち、当事者にとって刺激的な部分だけを掻い摘んで聞く」という態度を指します。もちろん、他人が書いたもの(手紙やメール、小説など)も含まれます。これは以前にも説明した様々な衝動性(忍耐力の欠如・興奮を追い求めること・プラスの衝迫)と関連した症状なのです。

 このような当事者は、自身にとってプラスマイナスどちらかの感情を強く引き起こしたり、「これは面白い」と興奮させられる部分だけ拾い上げて受け取り、残りの大部分が抜け落ちてしまうことが起こりがちです。つまり、彼らには刺激的な部分・面白い部分と、そうでない部分を選り好みすることなく丁寧にきく能力が不足しているのです。BPDの子を持つ親はよく「この子は人の話を聞いていません」と嘆くことがありますが、全く聞いていない訳ではなく、実際には衝動的な話の聞き方をしているのです。このようなことは人間だれしもあるのですが、BPD当事者の場合、このような聞き方や読み方ばかりだと、相手の意図とは関係のないことを学んでしまいがちです。

 「人の気持ちや考えをなぞる」ための訓練とは、当事者が相手の話を聞いたり・相手の書いたものを読み取ったりする上での過剰な自由を制限し、相手に適度に縛られる能力を身に付けるために必要なのです。

 

2.    人の話を鵜呑みにする訓練

 「相手が語っている、或いは書いている言葉の意味」を適切に把握するために必要なトレーニングです。皆さんはこんなことが必要なのかと思うかもしれません。しかし、BPD当事者にとって、このようなトレーニングをすることは、適切なコミュニケーションスキルを身に付けるのに必要不可欠なことなのです。なぜなら、BPD当事者は、相手が語る言葉の意味を適切に把握できていない場合が多いのです。ですから、他人とのコミュニケーションをとる場合、相手が話している・相手が書いている言葉の意味が解っている前提で出発し、相手の気持ちや考えを探っていく普通のプロセスを辿ることが難しくなります。


ポイント:

「相手の言っていることは、ほとんど正しくて理にかなっている」という前提からはじめる


注意点:

相手の言葉を好意的に解釈してあげるのとはほぼ無関係

 相手が語る言葉の意味」や「相手の気持ちや考え」どちらもわからないのであれば、好き嫌いは別にして、BPD当事者のために「ほとんど相手が間違ったことを言わない」という前提を元に「相手が語る言葉の意味」を探求する方法以外ありません。

上記のような探求を繰り返すことで、「相手が語る言葉の意味」が確定され、ようやく当事者が相手の間違いを指摘したり、相手の意見に反対することに意味をが成されるのです。当事者にとって、「相手が語る言葉の意味」が確定されるまでに時間がかかることも忘れてはなりません。

 他罰的な傾向の強いBPD当事者は、この原則に従うことが難しいのです。家族の言うことが自分と同程度正しくて理に適っているとは考えるだけでも虫唾が走るという当事者も多いと思います。しかし、事前に「これはあなたが、家族の言うことにきちんと(相手も納得するような形で)反論できるようになるための訓練なんだよ」と説明しておくことで、トレーニングを導入しやすくなるでしょう。

3については次回に説明していきます。

 

 引用・参考文献:
「治療者と家族のための境界性パーソナリティ障害治療ガイド」 黒田章史著 岩崎学術出版社 2014310

 

文責:吉本

3.    「飽きて」しまってからがトレーニングの本番

BPD当事者の中には、前回で説明したトレーニングの必要性を治療者が説明すると、喜び勇んで取り掛かろうとする人も少数ですがいます。しかし、この当事者が他の当事者と比べてトレーニングがはかどるとは必ずしもいえないのです。なぜなら、そういった当事者は2週間から1ヶ月ほどで「飽きて」しまいがちです。

やる気を出して自発的にトレーニングを始めた当事者でも、突然何もかも放棄して寝てばかりいる状態になってしまうことはよくあるのです。ですから、治療者は事前にこういったことが起こることを家族や当事者自身に説明しておく必要あります。そうでないと、家族はとても落胆しますし、当事者も自己評価がより低下する傾向があるからです。

 

しかし、実際にはここからがトレーニングの本番です。「自発的にやるのに飽きてしまった後も、さらにずっと続けられる」(括弧内原著, 黒田 2014, p.112)ような行動習性(「反応傾向(癖)」)を身に付けるためのトレーニングを改めて再開するのだということを、治療開始時に十分に説明しておくことで、当事者や家族が抱いてしまう失望・落胆を防ぐ効果があります。ここで当事者に求められていることは、「諦め(トレーニングを続けるほかに選択肢がないことを受け入れるプロセス)」であることも、忘れずに説明しておくとよいでしょう。



 引用・参考文献:
「治療者と家族のための境界性パーソナリティ障害治療ガイド」 黒田章史著 岩崎学術出版社 2014310

 

文責:吉本

 

BPD治療において最も重要なことの1つは、通常の対話関係である「学び/学ばれる関係」にいるために必要不可欠である方法を習得させることなのです。このことは、BPD当事者にとってしばしばストレスを引き起こすことになります。ですから、治療過程を円滑にするために、以下の2つの方法を併用することになります。


1.    自宅で家族が豊かな語り口で当事者と関わる

以前説明したように、家族は、定型化した関わり方である「豊かな語り口」を、自宅の中で多用していくのです。他人から物事を学んだり、自分のことを他人から学ばれたり、自分の正しいと思っていたことが間違っていた、自分が知らなかったことがわかった、または自分の言動によって他人の表情や口調が変化したといった場合に、当事者によく生まれる苦痛の度合いを和らげ、他人との交流から脱落しないようにするための介入なのです。

他人に言葉をかけたり・かけられたりといった経験による変化に耐える能力を向上させる会話のフリをした反復トレーニングなのです。メリットとして、自宅で起こる無用なトラブルを減らす効果もあります。

2.    小さな家事をさせる

自他の違いが露呈してしまうようなコミュニケーションのつまずきが生じた場合に、当事者がその状況に耐え、さらにコミュニケーションを取ろうとする能力を高めるためのトレーニングを行います。これは、当事者が自発的に望んでいませんが、家族が望んだ行動をするように指示される形で「自他の違いが明らかにされてしまう小状況」を、継続的に少しずつ家族に作り出してもらうトレーニングなのです。

このトレーニングは以下の2つの要素に分けて実施されます。

・自分のしたいことを他人によって切り上げさせられること

例:TV・ゲーム・インターネットなど当事者が好むものを1~2時間で切り上げさせる

・自分からしたくないことを、自分がやりたくないタイミングで他人からさせられること

 例:当事者がゲーム中、または、暇を持て余しているときに小さな家事を言いつける

 ここでいう小さな家事とはトイレ掃除、皿洗い、近所への買い物、洗濯物の取り込みといったものです。最初は小さな家事から始め言いつけるとよいでしょう。また、指示する内容やタイミングは、皿洗いに慣れてきてそれをしたがる場合、別の用事をわざと別のタイミングで頼むことで毎日少しずつずらしていく必要があります。さらに指示する内容自体も、最初はただ洗濯物を干せばよいというレベルから、「ピンとさせて干す」といった要求水準へと徐々に変化させていくことが重要です。

 

ポイント

当事者が自分でコントロールするのではなく、「自他の違いが明らかにされてしまう小状況」に直面しても、動きを止めることなく速やかに反応できる能力を習得するという過程である点


 上記のことは、新たな「反応傾向(癖)」を当事者に習得させるための反復トレーニングでもあるのです。ですから、例え身体を動かすことができなくても、家族から指示されたときに、最低でも「はい」「わかった」などの言語的動作だけは即座に返すように当事者に指導しておく必要があります。なぜなら、「このような反応が実際にできるかどうかは別にして、少なくともできるようになることが望ましい」といった治療的枠組みを作り上げていくことに治療的意義があるからです。

このようなトレーニングは、家族が思っている以上に当事者に苦痛を与えることになることを予め家族に説明しておくことが必要になります。そして、当事者が声掛けに無反応であっても、粘り強く継続的に指示を出し続けてもらうよう指導するのです。当事者が怒りだし、家族が退却する必要がある場合でも、「本当はやったほうが良いんだけどねぇ」などといって退出しましょう。家族側が諦めなければ3ヶ月ほどで当事者の「反応傾向(癖)」は変化しはじめることでしょう 

また、このようなトレーニングは辛いかもしれないが、人からものを学ぶ辛さに耐える能力を習得し、自分の気持ちや考えを人に学ばれてしまう辛さに耐える能力を習得するのに大いに役立つという説明を当事者に行うことで、治療プロセスをトラブルなく進めることができるのです。

 

 引用・参考文献:
「治療者と家族のための境界性パーソナリティ障害治療ガイド」 黒田章史著 岩崎学術出版社 2014310

 

文責:吉本


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