1. 他人の書いたものをなぞるように読み取る訓練
「人の気持ちや考えをなぞる」能力を向上させる訓練に、他人の言ったことを聴き取る場合と、他人が書いたものを読み取る場合とありますが、まず後者から説明していきます。黒田先生は、テキストとしてイソップ寓話集を用いています。テキストに用いる本は、話が短くて読みやすく、言い回しの内容が簡単で、人間関係の基本について比喩法で表現しているテキストでも問題ありません。挿絵のあまり多くないものが望ましいです。
例:『北風と太陽』の話
先ずは家族が傍で見ながら、当事者に大きな声で口をきちんと開けて、ゆっくり表情豊かに読むように促します。文章は簡単で内容も聞いたことがあるものでしょうが、決して馬鹿にしてはなりません。聖典でも読ませるように、真面目に読ませることが重要なのです。
ポイント:
・重要なことは当事者に一つ一つ確認していくこと(テキストの中に自分を投入させること)
・当事者がなぞりきれていないなと思ったら当事者を怒らせない範囲で何度もやり直しさせること
例:「北風が旅人の上着を吹き飛ばそうとした」という文章を読む場合
北風がどのような表情・仕草で 上着を吹き飛ばそうとしたかについて、出来るだけ身体を使って表現させるのです。また身体表現をさせる場合、当然ですが、なるべくユニークでない平凡ななぞり方(如何にも怒っている感じの怒り方、如何にも逃げている感じの逃げ方、如何にも眠っている感じの眠り方など)をさせることが重要となります。なぜならこの訓練の目的は「作者の言い分をなぞる」こと、つまり「作者に縛られる」ことの不自由さに耐えられる能力を身に付けるためのものであるからです。ですので、読み方が面白いだとか、当事者がどのような感想を持ったかということは問題にしていない点に注意しましょう。
この訓練をすることで、当事者の文脈の読み取りのズレが明らかになることも珍しくはないのです。以下に例を挙げます。
例1「北風と太陽」の場合
通常の人:「北風は太陽との力比べに勝つために、旅人に対して悪意はないが上着を飛ばそうとした」
当事者:「北風は太陽との力比べに勝つために、旅人に対して悪意があったので上着を飛ばそうとした」
例2「酸っぱい葡萄」
通常の人:「キツネは一生懸命葡萄を手に入れようと何回も努力したのに、うまくいかなくて悪態をついた」
当事者:「ちょっと葡萄が欲しくなって手を出したけれど、すぐにうまくいかなかったのでふてくされた」
例3「乳しぼりの娘とミルク桶」
通常の人:「(ミルクを売ったお金で、あれもできる・これもできると楽しいことを空想して)うっとりした」
当事者:「ニヤリとした」
上記の例をみると、例1は変わった意味把握をし、例2では読み取り方が通常の人と比べて変わっているのです。例3の場合でも、言葉の取り方自体が通常の人と比べて異なっている傾向を示しているといえるでしょう。
引用・参考文献:
「治療者と家族のための境界性パーソナリティ障害治療ガイド」 黒田章史著 岩崎学術出版社 2014年3月10日
文責:吉本