2019年11月アーカイブ

新しい治療への道のり

  精神分析は最初フロイトによって提案され、その後彼の多くの弟子たちによって長年にわたり洗練され、拡張されたものです。この種の理論はある種の心理的問題にとっては非常に有効ですが、自傷を行なっている青年期の子どもたちにとっては有効性が証明されませんでした。そのため別の援助方法を探してきました。

  弁証法的行動療法(DBT)と呼ばれる治療法を学び始めたとき、それがずっと望んでいた答えとなりうることを知りました。

  DBTには自傷に効果的に効率よく取り組める次のような長所があります。


1DBTは問題行動を直接ターゲットとする


DBTは「子どもが自傷を行うとき、その行為が本人にとってメリットとなる何をもたらすのか」ということに直接目を向け、同じ目的に役立つ他の、より健康的な方法を提供します。自傷は、直感的にはそう思われないかもしれませんが、明らかにある目的に役立っています。子どもが自傷を行う瞬間、それは本人の気分を身体的にではなく感情的に改善させるのです。


2、子どもは自傷を有効と感じる一方で、家族とセラピストはそのような行動はやめてほしいと望んでおり、DBTは、両者のこのような対立が変化を妨げる主な障害となっていることを認識する


DBTにおける「弁証法」とは、皆さんが変化に向けて取り組める場所を、白か黒かという両極端なところではなく、その二極間の中間地点を見つけるための方法なのです。皆さんは、子どもの心の痛みと、それを和らげようという子どものニーズを皆さんが理解していることを子どもに伝えます。そしてもう一方では、その痛みを軽減させる新しい方法を子どもに与えることで自傷をやめる方向へと子どもをそっと後押しするのです。


  次回以降2人の子どもの例を紹介します。彼らの例はこの二つのポイントを具体的に示しています。


次回は「アイシャ ー 複数の視点を織り込んで」を紹介します。


「自傷行為救出ガイドブック ー弁証法的行動療法に基づく援助ー」 マイケル・ホランダー著

  精神分析医・フロイトの時代以来、心理学者は人の行動の裏に隠された意味に関心を持ってきました。この種の探索活動は、精神療法における重要なツールとなりえます。しかし、こと自傷に関する場合、それはセラピストと子どもたちを雲をつかむような追求へと導くことになりかねません。

  自傷が持つ象徴的な意味を探索しようとするのではなく、自傷が果たしている機能を認識することで新たな理解が得られ、それによって彼らが自傷をやめられるよう援助することが可能になるのです。彼らにとって自傷がどのような目的に役立ってきたのかを理解すれば、その目的に役立つ、より健康的な方法を発見することにつながります。治療においても、自宅においても、私たちは子どもたちを助けることができます。では、ここで例を挙げてみましょう。


テイマーと子犬

  テイマーは非常に聡明な大学生です。彼女には自傷と摂食障害の長い経歴があります。

テイマーは、より伝統的な個人精神療法を何度か試みたことがあります。それは摂食障害であることの「意味」を模索する治療法でした。彼女の両親は彼女が小学生のときに離婚しました。父親と母親はいずれも精力的な専門家で、出張で家を空けることもしばしばです。

テイマーと両親との関係は良好でしたが、彼女は両親がそれぞれ自分の考えに従うよう彼女にプレッシャーをかけているように感じました。摂食障害のためにテイマーは大学通学が困難になり、何度か入院もしました。

  テイマーにとって特に困難な問題は、真夜中のめちゃ食いでした。治療で習得したスキルを用いていくらか進歩したこともありましたが、治療を始めて3ヶ月に入ろうとする頃、症状は逆戻りし始めました。

「めちゃ食いは父が出張から帰ってくることと関係があります。父が家にいると私は本当に緊張するんです。私がちゃんと自制して行動するのを父が望んでいることを、私はよくわかっています。私がどれほど苦しみもがいているかを、父はわかっていないんです。」と彼女は言います。

  やがて、テイマーが最近子犬を飼い始めたことと、その子犬のトイレ・トレーニングをしていることがわかりました。トイレ・トレーニングの一環として、テイマーは外にその子犬を連れて行くために真夜中に起きることがよくありました。彼女は子犬を連れて夜遅くに出かけるとき父親を起こしてしまうのではないかといつも冷や冷やしていました。また、父親は子犬の行動に対して寛容的ではありませんでした。

  テイマーは、子犬を外に出してやらなくてはいけないとき、極度に緊張していたのです。話をしていくうちに、彼女は、自分が階段から下りて玄関から出たときにはめちゃ食いをしないけれども、階段を下りて台所を通って裏口から出たときにはめちゃ食いをすることに気づきました。冷蔵庫を目にすることがめちゃ食いの引き金となっているようでした。冷蔵庫を見なければ、彼女が自分のストレスに対処するのに役立つ新しいスキルを利用できる見込みはより高くなります。

  彼女のめちゃ食いが果たした役割とは、彼女の高まったストレスを引き下げることだったことが明かになりました。その後の改善策は、ただ玄関から出るというだけでよかったのです。

  これは自傷を治療する中で、その行為が持つ隠された意味を発見しようとするのではなく、むしろその行為が果たす機能に目を向けたときに改善可能になるのと同様の解決法です。引き金となることを状況から取り出し、めちゃ食いが果たす機能をよりよく理解することで、私たちは、テイマーのめちゃ食いを終わらせる治療戦略を編み出すことができました。


  皆さんが子どものセラピストと話をする際は、そのセラピストが子どもの自傷についてどのように考えているかに注意深く耳を傾けてください。そうすることで皆さんは、行動の意味をその機能から区別することができます。


次回は『新しい治療への道のり』を紹介します。


「自傷行為救出ガイドブック ー弁証法的行動療法に基づく援助ー」 マイケル・ホランダー著

 

  今ではたいていの臨床家は自傷と自殺企図とを区別できるようになっています。しかし、この判断は複雑な臨床的努力によってなされるものです。子どもの自傷が自殺企図である可能性の有無に関わらず、まずは専門家の評価を受けるべきです。

  自殺を考えている子どもたちの大部分は、そのことを身近な人に打ち明けます。「本当に自殺しようと思っている人は他人に打ち明けない」という社会通念は誤りです。さらに注意が必要なのは、子どもの心はめまぐるしく変化するということです。「以前受診して大丈夫だったから」とは思わず、心配ならば何度でも受診してください。自殺は青年期における主な死因の一つです。


  非常にはっきりしていることがあります。それは、過去に自傷あるいはそのような試みをしたことがある場合は、それが実際に自殺行動を起こす最も強力な危険要因となるということです。

  多くの場合、意図的な自傷は自殺企図が失敗したものでも、半ばそのつもりだったというものでもありません。しかし、以前紹介したマリーの例のように、子どもたちの中には、自殺思考を抱き、そして自分を傷つけるという両方を経験する子どももいます。さらに、ある種の自殺予防として自分を傷つける子どももいます。先にも触れましたが、精神医学の専門家にしか、これを判断することはできません。自傷を経験した子どもはすべて、専門家による綿密な自殺評価を受けることが重要です。皆さんの子どもが自殺企図や自殺の衝動と戦っているとしたら、治療チームと家族は、子どもの気分の悪化を示す兆候や根拠、失望についての話、「死にたい」などという言葉について、常に警戒の目を光らせている必要があります。

 

次回は「自傷の理由を理解するための新たなアプローチ」を紹介します。

 

星和書店『自傷行為 救出ガイドブック - 弁証法的行動療法に基づく援助』 著マイケル・ホランダー

 

 

  青年期の子どもたちに彼らの自傷行動について尋ねると、彼らは、心の痛みよりも身体の痛みに耐えるほうが楽だと答えます。しかし、こうした子どもたちと幾度となく話し合ってきて、彼らが意図的に自分の経験を歪めているのではないかと確信するようになりました。

  おそらく、こうした子どもたちにとって安らぎを提供するメカニズムは、神経生理学的に説明できるでしょう。人によっては、感情が高ぶったときに皮膚組織にダメージを与えると、ある意味の落ち着きと安らぎを経験することがあるようです。これは、身体にダメージが及んだ瞬間に脳から放出されるエンドルフィンという物質と関係がある可能性があります。この物質は一種の鎮痛薬のような役割を果たします。そのため、子どもたちが、「身体の痛みのほうが心の痛みよりも対処しやすい」という言葉で表現すると考えられうるのです。

  心理学者もマーケティングの専門家も知っていることですが、人が自分の行動とその背後にある本当の動機に対して与える理由は、まったく別の問題であることが多いものです。「帰属理論」と呼ばれるものがあります。(本来あいまいな因果関係を特定の原因に帰属させることを帰属過程といいますが、帰属過程に関する理論の総称を「帰属理論」といいます。因果関係の原因を行為者の内部の属性に求めるものを「内的帰属」といい、外的事象の側に原因があるとするものを「外的帰属」といいます。)これは私たちのジレンマとどのように関係しているのでしょうか?

  自傷を行った瞬間にはまったく痛みを感じないが、それでも自傷を行うのは心の痛みよりも身体の痛みのほうがうまく対処できるからだ、と青年期の子どもが言うとき、私は、他の要因が働いている可能性に彼らが気づくことができるよう援助するために、優しくその矛盾を指摘します。彼らは自分が心の痛みに効果的に対処できないと信じています。(実際、それは本当です。)そして彼らはしばしばそのことを、自分の弱点、ネガティブな側面として認識します。一方、身体の痛みにうまく対処できると信じることは彼らにとってポジティブな側面となりえます。そのため彼らは自分自身を騙し、自分は、自分のポジティブな側面をうまく利用する方策として自傷をするのだ、と信じ込ませるのです。彼らは自分の行動を、心の痛みと比べて身体の痛みによりうまく対処できるという内的帰属に基づいて説明します。この説明にはいくらか正当性がありますが、彼らの自傷を正確・完全に説明することはできません。

 

次回は「誤った社会通念⑥:自傷は失敗した自殺企図である」を紹介します。

 

星和書店『自傷行為 救出ガイドブック - 弁証法的行動療法に基づく援助』 著マイケル・ホランダー

 

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